第3話 安堵
和やかな空気に一番安堵したのは実は坂本先生だった。残りを2人をどうしようかずっと考えていたからだった。
「先生、私もここで着替えます」
「え、いいの?」
意を決した表情で柏木さんが他の3人よりも大きいナイロン袋を坂本先生に差し出した。
「ハイ、みんな同じだってわかったんで…」
坂本先生はわかったわ、とつぶやいて柏木さんから袋を受け取った。袋に手を入れると、三つ折りになったテープタイプの紙おむつと、同じく3つ折り状態になったビニールの尿とりパッドだった。
「ごめん、柳さん。ちょっと押し入れから枕を一つとってもらえるかな?」
柏木さんは恥ずかしそうにハーフパンツとパンツを脱いだ。坂本先生は柳さんから受け取った枕を畳の上に置き、柏木さんに横になるように指示し、テープのおむつを広げ始めた。
4人の夜尿の症状は様々だが、もっとも重症なのが柏木さんだった。生まれてから一度もおむつなしで夜を過ごしたことはない。夜尿外来にも長いこと通っているが、快復の兆しすら見えない。発育も良くスポーツ万能な彼女が引っ込み思案なのは、夜尿症というコンプレックスが原因なのかもしれない。3、4年生ごろまでは子供用の紙おむつを履いていたが、急激な体の成長に伴い、サイズ、尿量ともに子供用では賄いきれなくなっていた。そのため彼女は、大人用のテープタイプのおむつに、尿取りパッドも併用して使っている。当て方がマズイと漏れることもあったため、家ではお母さんにあててもらっている。今回もお母さんからの連絡で、養護の先生にお願いしたいということだった。
「ごめん、あの、あんまり…」
自分たちもおむつのお世話になっているとはいえ、同学年の生徒がテープのおむつを当ててもらうことなど見たことはない。ついつい残りの3人の目線は柏木さんにくぎ付けになってしまう。あまりの視線に柏木さんもお願い口調で別の方向を見ているように伝えた。それでも金川さんだけはしっかり見ていた。やっぱり変わっている。
「じゃあお尻を上げて」
「ハイ」
わざとらしく壁の方を向いている二人には、先生と柏木さんのやりとり、紙おむつが当てられていくカサカサという音だけが聞こえる。金川さんだけは、横目でおむつ交換を見ながら布団を敷き始めたのだった。
特別支援の必要な生徒を除けば、坂本先生も生徒におむつを当ててあげるのは初めてだった。何度も「これでいい?」、「きつくない?」と確認しながら手を動かす。160センチ近い柏木さんは、傍目には大人の体と変わらない。お尻の下におむつを敷きこむときにくッと上げたお尻、引き締まった太ももは立派な陸上選手のものだった。
「慣れてなくてごめんね。はずかしいよね、すぐ済ませるからね」
坂本先生はおむつの前当て部分をギャザーを立てながら股繰りに合わせた。きつくないようにテープを留めたが、最後は柏木さんが寝転がったまま自分でテープの締め具合を調整した。さすが毎日のこととあって手馴れていた。
「先生、ありがとうございました」
丁寧にお礼を言っておむつタイムは終わった。後ろで小林さんは「まだー?」と急かす。坂本先生が「もういいよ」と言って小林さんが振り返った時には、柏木さんはすでにハーフパンツを履いた後だった。しかし、大人用のテープタイプとパッドを当てたお尻は大きく膨らみ、ハーフパンツの上から見ても一発でおむつだとわかるようなシルエットだった。
「わかり、ますよね…」
柏木さんは誰に向かって言うでもなくつぶやいたが、すかさず小林さんが「どうせみんな同じだから~」とフォローしてくれた。ウィンクしながら少しだけハーフパンツをめくっておむつをチラ見せしてくる。「私なんて子供用だよ~今日なんてイチゴだし」とおどけながら、柄をギリギリ確認できるところまで見せてくれたのだった。
柏木さんが先生におむつを当ててもらっている間に金川さんはすでに布団の準備を終え、布団に入ろうとしていた。小林さんを中心に少し雑談していたが、気付くと柳さんの姿が見えなかった。柳さんは自分に視線が集まらないうちに、4人の中で一番小さいポーチを持って個室のトイレに入っていた。
(おむつって言葉を聞くだけでもドキッとするのに、みんなが見てる前で履くなんて無理だよ… それに私は毎晩するわけじゃないし。他の3人とは違うの)
決して3人のことを見下しているわけではない。6年生になってもおねしょしてしまうという強烈なコンプレックスは、柳さんの考え方を極端に変えていた。委員長として修学旅行をきちんと終えたい気持ちと、おむつをするくらいなら行きたくないという狭間で悩み、最終的にはおねしょパッドを使うという妥協案を受け入れたのだ。
小さなポーチからは、小さなパッドが出てきた。夜用の生理用品と大して大きさは変わらない、多少こちらの方が分厚いかもしれない。貼り付け用のビニール部分にはかわいらしいパンダのイラストがついているが、子供が喜びそうなイラストは羞恥心をくすぐるのに効果は抜群だった。ショーツを膝まで下ろし、生理用品と同じ要領で貼り付け、一気に引き上げた。剥がしたビニールは丸めてサニタリーボックスに捨て、足早に部屋に戻った。
「あれー?柳さんトイレで着替えたの?ハーフパンツの上から全然わからないねー」
普段は気さくで面白い子だけれど、こういうときは言葉に気を付けてほしいものだとも思う。最初に比べればお互いの秘密が明らかになってホッとしたのは確かだけど、おむつを履いていると正面から言われると胸に来るものがあった。
「うん、私毎日じゃないから。パッドだけで」
我ながら自分の言葉にトゲを感じた。小林さんも敏感に感じ取ったのか、それ以上おねしょやおむつのことを柳さんに聞くことはなかった。
おねしょに悩む者同士の牽制にも坂本先生は慣れている。おねしょはおむつの程度でなんとなく立場が出来上がるのも毎年のことだった。それでも妙な結束感ができるのは、お互いに絶対に外にバレたくない秘密を共有しているからだろう。
「じゃあ私は管理棟の102号室にいるから、何かあったら呼びに来てね。もうすぐ教頭先生が消灯の確認に来るから寝る準備はきちんとしとくのよ」
坂本先生は自分の荷物を持って部屋を出た。4人は歯磨きや布団の準備を済ませて、いつでも寝られる体制に入った。先ほど教頭先生が巡回に来ると聞いていたので、金川さん以外の3人はしっかり掛布団をかけて待機した。もちろんおむつを履いていることをハーフパンツの上から勘付かれないためだ。金川さんだけは掛布団を足元に丸めて足をそこに乗せて寝転んでいた。ハーフパンツの腰回りからはおむつのゴムが少しだけ見えていた。しばらくすると教頭先生がやってきた。
「お、PP部屋の子たちは優秀だな!じゃあ消灯するからな」
そういうと、部屋の明かりを切った。出ていく間際に「金川、風邪ひくなよ」と言っていたのは教頭先生なりの気遣いだったのかもしれない。
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