第23話。椿の成長

飛影がカリスと戦って数日後のこと

椿は変わらず、アイステンペストにいた


城の敷地内にある訓練所でシュガーと対峙していた


10年の月日が経っても明るい茶色のふわふわした髪でアホ毛が飛び出ているのは変わらずだが、身長は158cmで アホ毛を入れて161cmと若干ながらも飛影の身長よりも僅かに大きい


いつもの微笑みは浮かべておらずその表情は真剣そのものである

剣を構えているシュガーと無手で態勢を低くして構える椿と審判役として椿と同じく10年分成長したスノウの姿があった


身長は椿よりも小さいが癖の無いきれいな髪は顕在で美しく可愛いという矛盾だが矛盾していない容姿。その髪には飛影から貰った何かよくわからないが国すら買えるような価値がある髪飾りが付いていた。これを見ると椿が良いなー私はそんなの貰ったことないのになーと拗ねるが、悪戯遊戯という今もなお盗賊としての悪名が響いている存在から肌身離さず持ってろと言われたからには付けない訳にもいかない


「じゃあ行くよ椿!!」


元気よく上げた手を降ろす


「オッケイ!!」

「ふっ!!」


高速で接近するシュガーは手加減無しに思いきり振り抜く。訓練だが木剣などではなく正真正銘の真剣である


椿はそれを避けない

避けられないではなく避ける必要がないから避けないのだ


「せい!!」


掛け声と共にしっかりと足を地面に踏み締めて拳を降り下ろす

軌道をずらそうとする椿の狙いに対してシュガーが行ったことは力で負けないようにしっかりと振り抜くことだった


充分に椿の対応を読むことができたシュガー


椿の拳が剣を叩いても軌道にズレはないが、それを読んでいた椿は剣を叩いた拳を支点にくるりと一回転

シュガーの一撃は空を切り裂き、回転しながら放たれた椿の蹴りがシュガーの顎を捉える


「ぐっ…」


脳が揺らされて脚が崩れ


「よし!!」


椿が倒したと気を緩めた瞬間、シュガーは崩れ落ちる前に体勢を立て直し、椿の首に剣を置く


「…参りました~」


両手を挙げて降参する


「最後に気を抜いたのが敗因だな」


まだ脳が揺れていて剣を地面に突き刺して杖がわりにする


「う~」


悔しそうに口をへの字にする


「だが実力自体は既に充分なものを身に付けている…これなら外出許可を出してもいいだろう」

「それって…」


そのシュガーの言葉は椿にとって一番嬉しい一人前と認められた証拠である


「まだあの少年を追う気があるなら追ってもいい」


椿は10年間、飛影を追いかけてぶん殴るために鍛えてきた

そしてシュガーからの評価を得た


「ありがとう!!シュガーさん!!」


花のような笑顔


「おめでとう椿!!」


横から椿に抱き付くスノウ


「ありがとうスノウ!!」


きゃっきゃと手を取り合って笑う椿とスノウ


(しかし、まさかここまで強くなるとは思わなかったな…)


勝負自体はシュガーの勝利だが実力がすでに自分を越えている


(色々と気になることがあるが…)


シュガーは椿の身体が普通とは違うことに気付いた


「御父様に報告しよ?」

「そうだね!!王様に報告しよう!!」


スノウと椿は王に報告するために二人は駆け足で向かう


「…」


二人とも歳的にはそろそろ落ち着いてほしいのだが、そんなシュガーの軽い願いは届かない


椿の異常はシュガーがわかっているだけでも二つある


一つは毎日魔力量が上昇していること、魔力は年月を重ねて修行すればある程度は量が増えるが、毎日増えることはあり得ない

一般の少女と変わらない魔力量だった椿が今ではシュガーよりも高い、まるでどこからか魔力を貰っているように増える


一つは身体的成長が無くなったことである。椿は一年前より何も成長していない

魔力量が高いものは不老になることはシュガーも知っているが、そこまで椿の魔力量は高くない


「まぁ気にすることは無いか…」


例え椿が人間でなくても椿は椿である

自身が守るべき大切な姫君の大切な友人であることは変わらない


二人が走り去った方を見るシュガー


(無事に王を説得できているか心配だな…)


娘に甘い王

そしてこの十年間で王が椿を養子にしたいと何度もぼやいていたのだ

王は椿を実の娘のように思っている

果たして旅立つことを許すかどうか、シュガーはそれが心配であった


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「王様!!私旅立ちます!!」


謁見の間にいる王に対して、椿は仰々しい扉を開け放ち開口一番に言い放つ


「それはならん!!」


そして、アイステンペストの王はそれが何を意味するかを理解し即答する


「…なんでですか!!?」

「危険だぁ!!」


シュガーの懸念通りに王と椿は戦っていた

旅立ちたい椿と旅立たせたくない王

スノウは本当に無理なら椿に加勢しようと後ろにいた。怒られようがこっそり椿を夜逃げさせる準備は既に済んでいる


「私シュガーさんに、合格もらいましたよ!!?」

「…いや、でも駄目だ」


最初の椿と王の約束は旅立つことができる実力をつけることである

椿は約束を果たしたのだが、いかんせん王が許可を出さない


「なんでですか!!?」

「私は椿のことを実の娘のように思っている。だから危険なことはさせたくない」

「…ぅ」


王の言葉に椿は黙ってしまう


「ここは椿の居場所にはなれなかったのか」

「そんなわけ…ないじゃないですか…」


椿がこの城にいたのは10年である

スノウや王にシュガーをはじめ城の者には感謝の言葉しか浮かばない

ここは椿の居場所であった


「けど、とりあえず飛影君をぶん殴らないと気が済まないですし、飛影君をぶん殴ったら戻ってきますし、ちょっと旅するだけですし…」


真摯にお願いする椿


「駄目だ」


しかし王は頑なに拒否する


「あぁちなみにこれは一人言だが…」


何かを思い出したかのように上を向く王


「旅立ちに必要な装備は一式揃えていたな…衛兵に場所は知らせているから聞けば快く渡してくれるだろう…あとそうだな…シュガーに旅立ちの際に必要なことを再確認する必要があるな…あとは深夜か早朝に旅立つのが良いな…なんせ俺に見つかったら引き留められてしまうからな…まぁこんなところか」


長い一人言を終えた王

それで何を言いたいのかは椿にきちんと伝わった


「王様…ありがとうございます!!」

「御父様ありがとうございます!!」


椿とスノウは満面の笑みを浮かべて謁見の間から飛び出す


「寂しくなるが…しょうがないか…」


王にとって椿は本当の娘のようなものだ。大切だから危険な目には合わせられない

だが、娘の幸せを願わぬ親などいるものか

10年ほど殴る殴る言って色々と勉強していたのは知っているが、ホントに殴るだけではないことは理解していた。椿が本当に幸せになるためには、しょうがないことだと割りきろうとして王はその場に崩れ落ちる


「寂しくて死んだらどうしよう…」


早くも後悔中であった


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スノウは用事があると別れ、椿はシュガーのもとへと戻る


「許可貰ってきました!!旅立ちの際に必要なことを再確認しにしました」


満面の笑みを浮かべて戻った椿


「再確認の必要は無いだろう…そうだな…少年の居場所を教えようか」

「へっ!!?」


シュガーの言葉に戸惑う椿


知っているとは思ってもいなかったのだ


「今は荒れていてな…大国同士で先日戦争が行われていた…サニブル王国とイニシアチブ国という国が戦争をしている時に現れたそうだ…イニシアチブ国にいる間者からの報告では少年はサニブル王国の魔法使いを全員殺して倒れたそうだ…そして今は敗戦確定だったイニシアチブ国で救世主として丁重に保護されている」


イニシアチブ国からすれば敗北確定だった戦争をひっくり返した存在である。どこの誰かは知らないが、英雄として奉るつもりであるとの報告だ

だがそれは、イニシアチブ国の運が良いだけである


飛影は怪我が一定量を超えて倒れたのだが、もし飛影がまだ戦えた場合はイニシアチブ国の魔法使いでさえも殺していただろう。単純にサニブル王国の魔法使いの質が良かったため優先して殺されただけだ


しかし、それ以上にサニブル王国の方が重傷だった。国自体はまだ無事だが、魔法使いが一人もいないのである

戦争の勝敗を決定付けるのは魔法使いという存在である

まだ国は残っているが、他の国から攻めこまれ崩壊するのはそう遠くない


「イニシアチブ国にまだ少年はいる。追い付くとすれば今が好機だ…それにここから近いこともある…配分を間違えなければ10日でつくはずだ」

「ありがとうございます!!」


深々と頭を下げて感謝する椿


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椿は深夜に国を囲む結界の境界にいた。見送りにはスノウただ一人がいた

椿的にも決心が鈍るからとバレないように脱け出してきたのだが、それを予想していたのかスノウは椿を待っていた


「まったくもう…私にまで内緒はひどいよ」

「ご…ごめん」


「もう行っちゃうのね…」

「うん、飛影君はせっかちだからね。すぐ戻ってくるから」


椿の服装は旅用の軽くて丈夫な素材でできた厚着の服

少しデカイ鞄を背負っているが無駄な物が入っておらず見かけよりも軽い


「じゃあ椿にはこれをあげるわ」


スノウが渡したのは、ネックレスであった


「鎖は丈夫にできてるし、それに私の持ってるネックレスと対になってるの」


椿のネックレスは鍵の形をしている

スノウは自分の首にかけている錠の形をしたネックレスを見せる

鍵穴が空いてあり椿のネックレスは綺麗におさまる


「ありがとう!!」

「どういたしまして…飛影さんと合流したらちゃんと戻ってきてね」

「うん!!約束する!!」


別れるのは寂しいが、再会することを約束してしまえば少し別れるだけである


「じゃあそろそろ行くね」

「わかった…いってらっしゃい」


「行ってきます!!」


手を大きく振り魔力を解放、椿は一度屈んで跳躍する

すぐに椿の姿は吹雪で見えなくなった

スノウは10分ほどその場で椿が去った方向を見続けていた


「椿の旅路に幸あらんことを…」

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