第16話。手加減


試合後の待ち時間は控え室にて飛影と静紅は本を読んで過ごしていた

会場のスタッフに呼ばれ、リングへと向かう


「飛影君、手加減してみたら?」

「ん?」


静紅のいきなりの提案の意図がわからないので、聞き返す


「だからね。飛影君虐殺は得意だと思うのだけど、戦いが下手だと思うのよ」

「…舐めてんのか?」


膨大な殺気が飛影から放たれる、目の前を歩いているスタッフは直接当てられてるわけではないが、その殺気に精神が壊れそうになり無意識的に気絶する

直撃を受けている静紅は気にせず微笑んでいる。二人して気絶したスタッフを踏み越えて歩みを進める


「多分、飛影君が戦ったことがあるのは、私・アギトの2回くらいなのよ。だからつまらなくなったと考えたわ。だから、相手の魔力ピッタリに調整してれば戦いになるはずよ」

「…」


殺気を引っ込める。その静紅の提案は試してみる価値があった。

そして二人は歓声が鳴り響くリングへと入場する


二戦目の相手は戦えるとは思えない病弱そうな肌の色が悪い15歳程の少女と傭兵のように胸当てや腕など所々に鎧を身に付けた男である


〈さぁ…今回のバトルは強すぎる子供達…飛影選手と静紅選手VS一人だけで勝った傭兵スザクと悠々と見学していた病弱少女ステラの戦いだぁ!!平均魔力値は二万八千と四万です!!しかし前回の試合で魔力差で僅かに負けていましたが圧勝した飛影選手と静紅選手がいるためどちらが勝つかはわかりません!!〉


飛影と静紅の相手であるスザクは武器は持っていない

手甲に包まれた自らの拳が武器である


「…雨が降りそうだ」


しかし飛影は興味無さげに空を見ている


「雨…あらほんと雨雲が凄いわね」


やはりどこまでも緊張感がない二人


「先に言っておくが戦うのは俺一人だ…こいつはすぐにリングアウトするから攻撃しないでほしい」


スザクの提案

ステラは戦うことはできず、病気を治すための手術代を払うためにこの大会に参加している

スザクが一人で戦い優勝するつもりである


「べつにいいわよ?あくまでも私達は戦う人を倒すだけだから」


微笑む静紅。倒すのが一人ですむなら楽で助かるのだ

雲の動きが早く雨が降り始めるのも時間の問題で、忌々しそうに空を睨む飛影


〈試合開始!!〉


試合開始が宣言されると同時にステラはリングから出る


「さぁて…やろうか!!?ガキだからって手加減はしねぇぞ!!」


開幕魔力を解放するスザク


「あらあら?」

「…へぇ」


全魔力を解放したスザクは垂れ流し状態の飛影や静紅の二倍以上の魔力である

微笑む静紅と笑う飛影から余裕は消えない


「実力差がわかるんだったら棄権しろよ…弱いものいじめは苦手なんだ」


余裕を見せてる飛影と静紅

スザクからすれば感じる魔力量からして敵では無い


「…舐めてるのか?」


スザクの言葉は飛影に喧嘩を売るには充分なものである


「ど~ど~!!」


危険を察知した静紅は飛影の頭を地面に無理矢理叩きつけて動きを封じ込める

リングにすっぽりと頭が埋まり、罅が拡がる


「っ!!?」

「落ち着いてね飛影君…」


静紅は笑顔のままだが飛影が起き上がろうとしてもびくともしない


「なんだ?喧嘩か?…ガキが喧嘩するもんじゃねぇ」

「あなた…意外と優しい人間ね…でも、加減はしないでね?負けた時の言い訳に使われたら面倒だから」


妖艶な笑みを浮かべる


「あぁ?」

「それじゃ…頑張ってね、飛影君」


静紅は一歩退くと同時に飛影が起き上がり、静紅に蹴りを放つが軽々と防がれて舌打ちし、諦めてスザクと相対して観察する


「……これは…強いな」


コートの防御力がありすぎるので脱いで静紅に渡し眼を閉じて集中して魔力を解放する

蛇口を少しずつ少しずつ捻るように魔力を解放。今までに行ったことが無い魔力のコントロールである


「ん!?」


最初に違和感を感じたのはスザクであった。自分の全開の魔力に近づいてきていることに気付いた


「こんな感じか…」


眼を開けた飛影。全くの互角の魔力量

今までは垂れ流しか全開しか魔力操作をしていなかった飛影

初めて相手の魔力量に合わせた


「…なるほど」


改めてスザクを観察し、ゾクリと背筋が震えた飛影

相手と同じ魔力量。今までのように戦いにならなかったものとは違う


「これは面白い」


約二年ぶりの緊張感


「こっちは別の意味で愉快だ」


格下の子供と考えていたスザクだが、飛影の余裕の表情と威圧感

どちらをとっても自分よりも遥かに上の実力者だと感じ取れ、冷や汗が1滴頬を流れる


〈互いに動きません!!緊迫した睨み合いが続きます〉


静紅はリングに座ってお茶を飲んでおり、手出しをするつもりはない

一対一の勝負


「改めて名乗ろうか…スザクだ…傭兵スザク」

「飛影だ…魔王飛影」


幼い子供が名乗るにはおかしな称号

普段ならスザクも笑い飛ばしていただろうが、対峙したスザクにとってはそれは冗談でもなんでもない


「魔王…かよ」


信じるに値する実力者だと察するしかない


「行くぜぇ!!」

「来い」


《アシッド》

《炎舞》


二人は同時に魔法を発動

スザクの右手には水の塊が、飛影の右手には炎の塊が作り出される


接近し合い同時に拳を放つ

水が沸騰し炎が鎮火され拳がぶつかり合う


「ぐぅ…!!?」

「はは!!」


全くの互角

しかしスザクは歯を食い縛り飛影は笑った。手甲をつけているため痛みとしては飛影の方が大きい

スザクはすぐさま蹴りを放つ


「面白い!!」


それを見た飛影も同じく蹴りを放ちぶつかり合う。体重で勝っていたスザクの蹴りが飛影を吹き飛ばす

いつもの全力であればただの雑魚に吹き飛ばされたのは初めてである。笑いが止まらない


《アシッド・ウィップ》


その手に水の鞭が形成され飛影を追撃する


「ふん…」


予測不能な変幻自在の軌道で襲ってくる鞭を飛影は素手で殴り落とし、ジュウと何かが焼ける音と変な臭いと僅かな痛みが襲う


「なんだこれ?」

「俺のはただの水じゃねぇ…酸だ…触れると溶けるぜ」


鞭から一滴の酸が滴りリングを溶かす。酸という言葉は本で覚えた飛影は自身の身体が焼ける経験を紐付ける


「なるほど、理解した」

「距離を詰めたら危ないからな…まだまだ行くぜ!!」


《アシッド・ウィップverダブル》


両手に鞭が形成。同時に二方向から攻める


《炎舞・掌》


素手で掴むのは危険だと判断した飛影の両手を炎が包む

人間の眼の特性上絶対に追えない軌道で放たれる鞭を軽々と打ち落とすが、完全に蒸発まではいかず酸は少し蒸発するだけ。

それもすぐさま復元される


《アシッド・水鉄砲》


打ち落としている飛影にスザクは追撃、飛影の背後に巨大な酸の塊が出現した

巨大な塊から小さな針の形をした酸が射出され飛影に襲い掛かる


「おぉ…!!」


アギトや静紅で経験した命のやり取り

自身が殺されるかもしれないという危機感が発生し、楽しそうに笑みを浮かべた


《炎舞・炎球》


飛影は横に飛びながら魔法を構築

全て焼失させようと口から緑色の炎の大玉を放つ


「甘い!!」


巧みな操作でスザクは炎の軌道線から離れて鞭を飛影に直撃させる。酸の塊は消滅するが、確かなダメージを与えることが出来たのでスザク的には問題ない


「ぐっ!!?」


吹き飛ばされる飛影


《炎舞・昇揚》


両手足に炎を作り出しジェットの要領で制止して、リングアウトを免れる


(やっぱり予想通りね…)


静紅はお茶をすすりながらその様子を見ている

飛影は戦闘経験はたったの三回。静紅、アギト、そして今回のスザク

他のは戦いではなく虐殺である。つまり飛影は恐ろしく戦闘経験がない


同じ実力にすると戦闘経験に勝るスザクが押している。これからを生き残るには経験は何よりも必要なものである。静紅はもしかしたらという程度で試しにレベルで言ったが静紅の予想が当たった


(飛影君にとっては良い経験…もし負けても私がいるし)


「あははは!!お前…強いな!!」


楽しそうに笑う飛影


(だから今は楽しんで戦いなさい)


静紅は懐から煎餅を取り出し再びお茶をすする。飛影は速度に任せてスザクに接近


「軌道が単純すぎるぜ!!」


飛影の一撃は片手で弾かれた瞬間に背筋が凍る。本来なら反射で避けるべきものだが飛影には反射の経験が少ない。


「っ!!」


飛影が後ろに跳躍する前にがら空きになった胴体に酸を纏った一撃が直撃する


《炎舞・防御》


「ぐっ!!?」


酸を無効化するために咄嗟に炎を生成

しかし咄嗟にであったため充分な魔力を込めることができず完全に酸を無効化できずに飛影は吹き飛ばされる

その方向は静紅がお茶をすすっている所であった


「あら」


静紅は片手で飛影を受け止める


「飛影君…攻めすぎよ…まずは受けに回って相手の動きをよく観察すること」

「…わかった」


攻撃が直撃した飛影の腹は焼けただれているが戦えないほどではない。この間にも徐々に徐々に災厄としての身体は自己治癒が始まっている


静紅は自分自身より遥かに強いことを理解しているので、飛影はおとなしく言うことを聞く

静紅からある程度距離を放すと腕を下ろし自然体になる。

まだまだ子供であり、発展途上、強くなるのはこれからである


スザクは両手足に酸を纏うと飛影に接近し、様子見とばかりに速度と連射を意識した拳を放つ


「…」


飛影はただそれをよく観察して避ける。反撃は一切行わない

自然体のまま回避する


「ふっ!」


スザクはあらかた眼が慣れたであろう飛影へ拳から酸を射出しその後を追うように拳が襲う。少しのパターンの変化に動きに慣れてきた飛影は対応できない


「っ!!?」


拳が飛影の頬を掠めるが、観察を続ける。

更にパターンを変えてスザクは攻め続け、酸を射出した軌道とは別の軌道で拳を放ったり、拳ではなくフェイントをいれて蹴りを放ったり、足から酸を作りリングの下を移動させ飛影へ奇襲をかけたりと

しかし最初の一発のみしか当たることは無かった


惜しいところまではいけるのだがかすることすらない

五分以上スザクの一方的な展開の試合であるが、先に焦れたのはスザクであった

さっさと決めてしまおうと大振りの拳を放つ


飛影は初めて反撃にうつる

迫りくる拳を態勢を低くすることで避けて同時に距離を詰める


《炎舞・双掌》


両手に炎を纏い双掌打をスザクの胸に直撃させる


「ぐぅっ!!?」


胸当ては粉々に砕けちり吹き飛ばされたがダメージは無く、吹き飛ばされながらも態勢を安定させ魔法を構築


《アシッド・キャノン》


手に魔力を集中し着地と同時に巨大な酸の塊を放つ


「わかってきた…」


飛影は避けるのではなくスザクに接近し、腕を軽く叩き向きを変える

ただそれだけで飛影に攻撃は当たらない

そのまま飛影は回転し側頭部目掛け裏拳を放つ


「くっ!!?」


後ろに倒れこむように反ることで回避するスザクは倒れながらも飛影へ前蹴りを放つ

飛影はそれをわかっていたように足で蹴りを流す


「身体の全体的な動きと魔力の流れで先を予測…最小限の動きで対応…生じさせた隙を叩く」


飛影の拳が打ち下ろされスザクの顔面を捉える


「がっ!!?」


地面に身体が叩きつけられリングにヒビを入れる


《アシッド・レイン》

《完全領域》


しかしまだ終わらない

スザクは残りの全魔力を使って魔法を構築。その魔力を察知して距離を離す飛影


「…雨…か?」


リングだけを被うように雲が出現し雨が降り始めた


「っ!!」


《炎舞・防御》


雨に当たり鋭い痛みを感じた飛影はすぐに炎を纏う。戦闘経験の差のため静紅はそれよりも早く魔法を展開していた


「俺に酸は効かないからな…」


ゆっくりと起き上がるスザク

雨がリングを溶かし始める


「ここは…俺の領域だ…そう簡単にはやらせん!!」


雨が流れを変える


「っ!!?」


無数の雨が意思を持つように飛影へと襲い掛かる


《炎舞・壁》


炎の壁が顕現し酸の雨を防ごうとするが


「甘い!!」


雨はどこからでも侵入し壁とは逆方向から雨が襲う

前後左右に上からと五方向からの攻撃に炎の壁の防御が追い付かない


「…」


諦めたかのように飛影は腕を下ろし、魔力を全解放


「うざい」


《炎舞・三歩》


飛影の足を炎が纏う


《一歩》


力強く地面を踏みつけると、足に纏う炎が爆発し周囲の雨を吹き飛ばす


《二歩》


力強く地面を踏みつけると、火柱が立ち上ぼり酸の雨を吹き飛ばす


《三歩》


最後の一歩

炎の柱が立ち昇り、空高く延びて雨雲を焼失させる


「…」


唖然とするスザク


「雨は嫌いだ」


桁が違っていた。勝ち目が0だと察すると魔力を抑え降参の意を込めて両手を上げる


「俺の負けだ」


一番強力な魔法が打ち消されてもう手は残っていない


<試合終了ぉぉ!!まさかの二対二の戦いが一対一になってしまったがかなり接戦した勝負でした!!勝者は飛影&静紅ペアァァァ!!>


「良い天気だ」


雨雲で覆われていた空は晴れており。日の光が照らしていた

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