第9話。街へ


「ねぇ、飛影くん」


それはある日のことだった。飛影の名前が決定してから数日後のこと

椿が話しかける


「なんだ?」


いつものことである。飛影は自分から特に話しかけないので、椿が話しかけて飛影が反応する。そんなやりとりが続いていた


現在、飛影と椿は食事をしていた

飛影は災厄の子として食事をしなくとも生きていけるが、椿はそうはいかない

五歳の少女の目の前には動物の丸焼き


「これは食事じゃない!!」


今まではどんなものが出されても我慢していたがついに堪忍袋の尾が切れた

ここに第3者がいれば、5歳児の我儘に見えるが視界に映るものを見たらその場で嘔吐するだろう


「なぜだ?…食べれるぞ」


そう言って飛影は丸焼きの腕をもぎ取り食らい付く


「だってこれ…人間でしょ!!?」


椿が指差すのは、動物の丸焼き

より具体的には、先程飛影と椿に襲いかかり飛影が返り討ちにした盗賊


「だからなんだ?食える」


飛影は頭をかち割り脳を取り出す。椿に渡そうとするが、全力で首を横に振る

ならばとそれを口に含む飛影


「人間は食べ物じゃない!!」

「お前がまともな食い物にしろって言ったんだろ…?」

「そういう意味じゃないよ!!?」


椿がお腹減ったと言ったのが始まりで、ちょうど良く盗賊が来た

飛影はとりあえずで首を切り落としてぶち殺し、それを椿に渡した


いや、まともな食べ物にしてよ

と椿がそれを断り、飛影は炎舞で丸焼きにした後が今である


「普通に考えて人間は食べ物じゃないの!!」


「…食えれば食べ物だろ?」


常識と非常識の戦いが始まる。椿の言うことは常識的なことである。

飛影の言うことは非常識だが、事実だ


「肉は固いし臭いし見映え悪いし」


「固いのは知らん。匂いが出ないように燃やした。見映えは我慢しろ」


「意味がわからない!!」


「俺も意味がわからない」


椿の常識と、飛影の常識。椿の常識は確かに一般的な常識だ

しかし飛影の常識は非常識だ。どっちが悪いと言えば飛影が悪いのだが、飛影にはそれが駄目であることなどはわからない


「美味しいと兎の肉を食べたり魚を食べたりしてただろ?」

「…え?うん、あれは美味しかったよ」


濃い味では無かったが出来立て熱々なこともあり、素材の味だけで美味しいと感じることができた


「同じ動物だろ?」

「…」


なるほど、と椿は合点がいった。飛影は人間を人間と見ておらず、あくまでも獲物である。

だから飛影にとっては、食用の動物も愛玩動物も人間も同じでそこに違いはない。飛影のその考えは正しく真理ではある


「う…」


何も言い返せない

一応それは正しいのだ、道徳を考えなければ


「違うのは違うの~」

「だからなぜ?」


弱々しい抗議

飛影にとっては同じ殺せるものであり食べられるもの、違いはない

流石に相手が土くれだったりすると食べない


「あ~う~」


椿は頭を抱える。理解させるための言葉が何も出ない


「よし!!街に行こう」


常識が無ければ常識を知らせようと椿は決断する。美味しい料理を食べさせれば変わるはずだ、と考えた


「まち?」


しかし飛影はまず街の存在すら知らない。遺跡の森から出たことがない飛影にとって街が理解できない


「えっと…私も詳しくはわからないけど…人がいっぱいいて、賑わってるところ」

「どこにあるんだ?」


興味が湧いた飛影。椿の説明では獲物だいっぱいいて、退屈しないところが街と認識した


「…わからない」


飛影が興味が湧いたのは椿にとっても良いことだが問題は二人共に街の方向がわからないことである


「待ってろ」


飛影は大きく屈むと、魔力を解放し全力で上に跳躍

地平線の彼方まで森のみ。今いるところは遺跡の森のほぼ中心部。広大な森のため町の方角はわからない


「無い」

「ん~盗賊の人に聞いてみるとか?」


盗賊なら遺跡の森の近くの街に詳しいだろうとあたりをつける椿


「そうするか…」


飛影は常時展開している感覚200メートルを拡げる



500メートル。いない



一キロ。いない



二キロ。で飛影は止める


「いた…」


少し離れたところにいる盗賊を知覚した。獲物は3匹


「えっ?ほんと!?」


飛影はおもむろに椿の首根っこを掴む


「ちょっ!!?まっ!!?やることはわかってるけどぉ!!私は死ぬぞこらぁ!!?」


飛影がやろうとしたことは、首根っこを掴み投げ飛ばすこと

静紅運搬法である。


しかし、静紅と椿で大きく違うこと。椿はただの子供である

二キロほど離れた場所に投げ飛ばされれば投げた瞬間に頭が吹き飛ぶことは確定していた。命の危険を感じジタバタと暴れて飛影にボディブローを直撃させる


「…」


まるで効いていない飛影


「死ぬからね!!優しく運んでよ!!?」


しかし椿の本気の説得が効いたのか飛影は手を離す。顔面から地べたに落下しながらも、いそいそと椿は飛影の背中から首を掴んで脚を飛影の腰にホールドさせる

なすがままの飛影


「ゆっくり前進~」


準備ができた椿

飛影はゆっくり前進の意味を、自分の中のゆっくりで認識


ゆっくりと脚を曲げて、跳躍する


「キャァァァァァァア!!?微速微速微速微速!!」


速度が尋常ではなかった。椿の予想の遥か上の微速であった

一回の跳躍で、二キロほど離れた場所に着地、対峙するは三人の盗賊


「災厄か!!?」


盗賊達は一目で飛影が何なのか理解する。構えて殺気を放つ盗賊達


「あはは!!死ね!!」


「…死ぬ」


笑う飛影と死にそうなほど顔が真っ青な椿。椿の力が緩み飛影の背中から落下

落下するまでには盗賊三人の細切れが出来上がっていた

その場で膝を折り移動のGで内臓にダメージが入ったのか、嘔吐する前の出来事である。


「あっ…」


吐いてすっきりした椿は、飛影から貰った水の量が減らない水筒から水を大量に飲みこんで


「馬鹿なの!!?」


一つツッコミする。街の場所を知りたいのに殺してしまっては意味がない

死人に口無しとはこのことである


「…どうも殺気に反応する…」


椿に頭をバシバシと叩かれながら考える飛影。それはしょうがないことではあるのだ

いつ殺されてもおかしくないこの場所に5年間いたのである。殺気や敵意に反応するようになってしまっている


「飛影くん我慢だよ!!」


「…努力する」


再び飛影は索敵範囲を拡げる

再び発見する


「もっとゆっくり!!私が死ぬから!!」


椿が念を押して再び飛影にしがみつく。飛影は椿の言葉を考慮して跳躍する

割とゆっくりめに


「まだ速いまだ速い!!ゆっくりだって!!ゆっくりだってぇぇぇぇ!!?」


>>>>>>>>>>>>>>>>>>


次の日


「あっ…」


「に…27回目の失敗…」


まだ飛影と椿は街の場所がわからないでいた。それどころか話を聞く態勢にすらなっていなかった

再び惨殺死体が複数出来上がった


「…これは無理じゃないか?」


「やだ!!頑張って飛影くん!!」


さすがに五年で培ったものを一日二日では直すことは難しく、そもそもが手加減という言葉を知らない飛影にとって殺さないというのは殺せないと同義であった。

椿の疲労の色もあり、日が暮れてきたため休憩を取る二人


「また…人肉…」


椿に出された料理は人肉の丸焼き。先程狩ったばかりで新鮮そのもの。小間切れになってるため食べやすい一口サイズ

だが椿の表情は苦瓜を噛み潰したような表情である


「…他に知らん」

「む~…あっ!!じゃああれ焼いて!!」


椿が指差すのは空を飛ぶ鳥


不思議なものであった。飛影は跳躍しながら考える

この二日で27回程盗賊を殺してきた。鋭敏な感覚を持つ飛影はどの盗賊も殺意や敵意、そして恐怖があったことを知っている

なのに椿という少女はそんな飛影のことを恐がりもせずに、逆にパシらせるただの人間の少女


(…意味がわからない)


飛影は飛んでいた鳥を鷲掴みにして首の骨を折る


《炎舞》


着地するまでに全身を炎で焼き尽くし、鳥の丸焼きの完成である

今しがた調理したばかりの鳥肉を椿に投げ渡す


「熱い!!」


飛影が素手で掴んでいたため椿も素手で受け取ったが当然熱い、うっかり離しそうになったが服を使ってなんとか持つ


「ありがとう飛影くん!!」


満面の笑顔。久しぶりの人肉以外の食べ物を美味しそうに頬張っている


「なんでお前俺に接することができるんだ?」


飛影は考えても仕方がないと直接聞いてみることにした


「…?…言ってる意味がわからないよ?」


しかし、椿には伝わらない


「盗賊は俺に殺意や敵意、恐怖を持つ。俺は災厄で殺されるのがわかってるから…でもお前違う…恐がらない…なんで?」


拙い言葉でだが、わかりやすいように言い換えて疑問をぶつける

それは椿に伝わった


「う~ん…」


何かを考える仕草をしながら鳥肉を頬張る


「なんで…って言われてもなぁ。食べきれないからあげる」


それなりに大きい鳥だったため、全部食べることは出来ないためだ。

言葉にしづらいのかなかなか返答がでない椿

飛影は貰った鳥肉を食べながら座って待っている


「私には他の人が飛影くんを恐がる理由がわからないよ」

「は?」


「飛影くんは優しいただの男の子だよ?恐がる理由が無いよ」

「お前…頭は正常なのか?」


優しい男の子が盗賊を笑いながら殺す。ただの男の子が盗賊を殺し尽くす

そんなことを思っているのであれば飛影の言う通りに椿の頭はイカれている


「ひどいっ!!?」


「…だって飛影くん優しいもん!!ただ常識を知らないだけ…目の奥が優しい!!太陽みたいに暖かい!!それだけだよ…私が飛影くんを恐がらない理由は…だって優しい子に恐がる必要無いでしょ?」


素で言っていた

盗賊から恐れられていることや盗賊を殺す飛影だが、椿は自身の感覚で決めていた


「それだけ?」

「うん、飛影くんは優しいからすぐに殺さないようにできるよ!!」


災厄の子ではなく一人の男の子として見ている椿

なぜか納得してしまった

変な答えで飛影自身も理解できないが、納得してしまったのだ

椿は嘘を言っていない本心からの答えで飛影は納得してしまった


「…まぁいい、行くぞ」


「は~い」


さすがに27回も移動していたら、椿の言うペースで移動することができるようになった飛影は木々に乗り移りながら盗賊達に向かう

そこにいたのは四人の盗賊


「あははは!!」


着地して椿を放り投げる

放り投げられた椿は受け身も取れず、顔面から木に突っ込む


「災厄だ!!?」


飛影に気付いた瞬間に、殺気や敵意を飛影に放ちながら盗賊達は武器を構えようとするが、それよりも早く三人は細切れになった

殺された三人は殺されたことすら理解していないで死んでいく

そして残りの一人、恐怖で染まった顔の男に対して飛影は刀を投げ放ち盗賊の腹に突き刺さり吹き飛ばして木に張り付ける


「がっ…!!」


腹に刀が突き刺さり木に縫い止められていて身動きが取れない盗賊。致命傷の一撃


「あっ…できた…?」

「できた!!?…やったね飛影くん!!」


飛影の手を掴み万歳する椿。飛影もできたことに驚いていた

ぎりぎり即死ではない攻撃を放った


「嫌だ…死にたくない…助けて…ください…」


刀はどうやっても抜けず口から血を吐き出しながら懇願するしかない盗賊


「街はどこだ?」


「た…助けて…死にたくない」


「街はどこだ?」


「…南に……助けて…」


聞きたい事を聞き終えた飛影は縫い留めていた刀を抜き、盗賊が地面に落下する

そして首を跳ねた


「街はあっち」


飛影は刀を納めて指で方角を示す


「それじゃあ行ってみよう!!」


椿はそれに反応しない。盗賊は悪者

だから死んでも構わない

ただの女の子ではなく椿も狂っているだけなのだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る