第8話。名前

魔王が椿という少女と出会い共に行動してすでに一週間の月日がたっていた


「ねぇキミ~」


「なんだ?」


てきとうに森を歩き獲物を発見するまで歩く

いまだに名前が無い魔王のことを椿はキミと呼び、魔王もそれで認識している


「疲れたよー」


椿はただの少女であり、魔王と同じペースで森を歩くのは辛すぎる


「…」


その場に止まる魔王

別に目的があるわけでもなく、盗賊を見つけるために歩いているのだから急ぐ必要は無い。子供2人がいれば襲ってくるのは明確なので、どちらでも構わない。それが魔王の認識だ


「ありがとう!!」


「…はぁ」


あまりの体力の無さに溜め息を吐く魔王の傍で椿は疲労が溜まっていたのかすぐに眠る


「なんで俺こいつを殺さないんだろう…」


自分でもわからない心の変化

とりあえず、殺す

それが今までの自分であった


視界に入るものは全て殺した

しかし、その時の気持ちの高ぶりはない


(何故だろう…)


自分でも疑問に感じてしまう。椿には殺す気が起こらない


歩くのは遅いし、腹は空かすし、喋りかけてくる

魔王にとっては不利益しか生まないにも関わらず行動を共にしている


魔王が行動を共にしたのは静紅と椿だけである

静紅は面白く、自分よりも強い。アギトの遺跡の攻略には好奇心が湧いたので行動を共にした

椿は、本気を出さずとも触れないで殺すことができる弱い存在


(…わからんな)


魔王は気づかない。いや、気付けない。そんな環境で育たなかったため、理解ができない


「あは!!」


気配を察知する。鋭敏すぎる感覚が魔王の常時展開している察知網、半径200メートルまで接近した盗賊達に気付いた

数は20


魔王は魔力を解放し、獲物に向かって跳躍した

当然ながら椿はそのまま放置。魔剣を抜きながら接近する。200メートル程度は魔王にとってすぐ近く


「あはははは!!獲物だ!!」


魔王の存在に気づく前に10人の半数が細切れになる

血飛沫が雨のように降り注ぐ


「あははは!!」


口を開いて血の雨を口に含む


「災厄のガキだ!!野郎共!!」


魔王は盗賊達にとっては恐怖の対象になっていた。今までは遺跡の森を守る一族が守り手になっていたため、難攻不落とも呼ばれていたスポットだが、魔王が生まれてからは出会ったら必ず死ぬとして盗賊たちから噂になっていた。近くの国の中で一族と交流を取っていた極わずかに存在する者たちが情報の発信源となっていた

そんな災厄から逃れるため遺跡を諦める盗賊も少なくない


災厄の存在を知りながらも遺跡の森にやってくる盗賊は二種類いる

噂を信じず、ただのガキだと思っている盗賊。災厄に対しての対抗策を考えている盗賊の二種類だけである


どっちにしろ結果は変わらないがこの盗賊達は後者であった

ナイフや剣を持つものは固まって構え、弓を持つものはその後ろで構える

そして先頭に立つのは刀を抜刀せずに構える盗賊団の団長である


「行くぞ!!」


再び一声

魔王は何をするのか気になったため、直ぐに殺すことはせずに待ちの態勢に入る

次の瞬間には盗賊団の団長を残して四方八方に散開する


(波状攻撃…?)


遊びを覚えた魔王はただ待つ。抜いた刀を回して相手の出方をうかがっている

しかし気配は200メートルから出ていく


「?」


「あぁ…理由がわからないってか!?簡単だ…お前に挑むと全員死ぬ、なら部下を守るために一人残るのがボスの努めだろうがぁ!!」


盗賊団の団長は一瞬で魔王の懐に接近し、キラリと鞘から刀身が光るとすでに抜刀は完了していた。

高速の一撃


「…」


想定以上に速い攻撃を見ながら、魔王はそれをバックステップで軽々と回避する

団長はすでに再び抜刀の構えになっている

抜いてから納めるまでの時間は魔王の想定よりも短かった


「…お前…名前は?」


「飛影だ…」


盗賊団の団長である飛影が魔王の問いに答える


「飛影…飛影か…」


ぶつぶつと何度も復唱しながら考えていた。その間も飛影の猛攻は続くが魔王に軽く受け流されている


「あはは!!気に入った!!けどその前に…」


《炎舞》


魔王は笑みを浮かべながら火の玉を9つ構築し、常時てきとうに200mで固定していた察知網を一キロ程まで拡大する


「無駄な努力…だな」


魔王の感覚で九人の逃げた盗賊の気配を知覚した


「ガキィ!!?」


その火の玉の数、その魔力の強大さ、魔王の笑みで何をするのかがわかってしまった飛影はその攻撃を止めさせるために、全力で攻勢にうつろうと抜刀し


パキン、と小気味良い刀が折れた音が響いた

魔王がやったことは抜刀のタイミングに合わせて刀を振っただけ、それだけで飛影の刀は折れる


「なっ!!?」


驚愕の表情を浮かべる飛影だが、そんな暇はあってはならなかった


「あは!!」


炎が全てバラバラの方向に射出される


九つの炎が向かう先は飛影が逃がした仲間達に向かい、一瞬で今までの逃走した距離を詰め、巨大な炎柱が九つ空に昇る

結果など想像するまでもない


「このガキィィ!!」


刀が折れた飛影は全力で握った拳を魔王に放つ、技術も無い力ずくでの怒りの一撃


身長差は魔王の三倍、体格も体重も圧倒的に勝っている飛影の拳


「あはは!!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」


魔王と飛影の拳同士のぶつかり合い

体格も体重も圧倒的に勝っていたが、砕けたのは飛影の拳であった。魔力と腕力で圧倒的に敗北していた

拳だけでなく肩まで弾け飛ぶ


「ぐ…ぁ!!?」


「つまらなかった…ぞ!!」


《炎舞》


無数の赤い炎の球体が飛影を取り囲む


「死ね…」


魔王が拳を握り、それを合図に炎の球体が飛影の身体を貫いていく

一つ一つは小さな球体

なぶるように飛影の身体に小さな穴を燃やして作っていき、球体は決して貫通せずに飛影の体内に残る


「名前が決まったから…派手に殺してやる」


握りしめた拳を開いていく


「あはは!!」


呼応するように体内の球体が大きくなっていき


「弾けろ!!」


炎が爆発する

周囲の木々が吹き飛ばされていく


「あははははははは!!!!」


半径150メートル

爆心地のように燃えつくされた中心で魔王は笑う。欲しいものが手に入ったような子供のように笑う


「死ぬかと思ったわぁ!!」


そんな災厄の魔王の後頭部にドロップキックをぶちかます椿


「お前には当たらないようにしたぞ」


後ろに眼があるようにドロップキックを察知するが、避ける必要すらないのでそのまま受ける魔王


「ほら…」


魔王が指差したのは、無傷の扇状に拡がる草木


「キミ…常識で考えてよ」


確かに安全だが、その地帯以外は燃えて吹き飛び死ぬかと思うのにも無理はない


「おぉ…お前!…俺にもできたぞ!」


「何が!!?しかもお前じゃないもん!!」


あまりにもマイペースな魔王、椿はまだ名前で呼ばれたことがない。

大体は「おい」か「お前」この二種類である


「名前だ」


ニヤリと笑う魔王

その笑顔は初めて見せる普通の笑みであった


(そんな風に笑うんだ!?)


「じゃなくて…なんて名前!?」


意外な笑みに戸惑ってしまった椿。とりあえず本題である

あれだけ自分の意見を却下されて結局どんな名前にしたのかがかなり興味をそそられる


「飛影」


魔王は今しがた手に入れた名前を名乗る。飛影は殺したので魔王的ルールでは名前を盗んだこととなった


「飛影…?…凄い!!マトモだ!?」


突拍子もない名前になったかと冷や冷やしていた椿。まともな名前に驚愕する


(てっきり、ゴルザバボスガイエンバサケノフとか格好いいけど変な名前にすると思ってたのに…)


椿は自身の思考がかなりおかしいことに気付くことはない


「馬鹿にされた気がした…ぞ?」


「そんなことないよ~」


あははと苦笑いする椿


「オホン!!」


一度可愛らしい咳払いをする


「もう一回自己紹介するね!!私は椿!!あなたの名前は?」


何事も形からという言葉がある。椿は満面の笑顔で二度目の自己紹介を行う


「飛影」


魔王も生まれて5年、ようやくできた名前を名乗る。無愛想に名乗っただけだが、椿ははちきれんばかりの笑顔になる


「これからよろしくね!!飛影くん!!」


名前


初めて呼ばれた名前


災厄なんて呼び名でもなく、個人を呼ぶ魔王自身の名前

それが喩え殺して奪ったものでも、その飛影という名は今は魔王のものだ


「…ん」


どこか痒い

照れを隠すかのように軽く頷く飛影

それは今までありえないことで飛影は自身がどんどんと変化していくことに気付いていない


気付けても何故?がわからない。その言葉を知らない

それを一度も受けたことがないからだ


生まれる前から今まで殺意、敵意、恨みと負の感情をその身に受け続けていた

し、静紅は存在が近かった

だから戸惑ってしまい、一緒に行動した

椿は負の感情は何もない、あるのは純粋な子供の好意だけ。それは魔王が生まれてから初めて受けるものである


家族や友達、それは飛影にとって、災厄にとってあり得なかった孤独を癒す〈親しいもの〉である。だから飛影は椿と無意識のうちに行動している


(何だろうか…この感覚は)


飛影が気付くのはそう遠くない未来である

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