第7話。魔王の一日

静紅と別れてから一週間後

魔王はSランクの遺跡を攻略して宝をコートにしまって、遺跡を出て発見した盗賊を皆殺しにしてから寝る

といういつも通りの生活をおくっていた


変わったのは、災厄から魔王に称号が増えただけだが、やることは変わらない

静紅と会ってから変わったことといえば刀を使用するようになったことと、殺す前に名前を聞くことだ

そんな少しだけいつもと違うがいつも通りの生活をしていた

魔王は朝起きて血と悲鳴を欲してふらふらと森を歩いていた時のことである


「…なんだ?」


空気が変わった。自然しかないこの遺跡の森の威圧的な空気の中でどこか懐かしく感じる空気である


小さな白い光が魔王の前に現れた

敵意は感じないので、とりあえず放置をすることを決めた魔王の目の前で、それは光量を増していき大きくなっていく


そして魔王と同じ大きさまて光が大きくなり人の形に変化していく

一際光が強くなるとそこには一人の少女がいた


「初めまして!!私は椿、あなたの名前は?」


普通ではない登場だが椿と名乗った少女は満面の笑みを浮かべた


「…」


魔王は黙って刀を抜く

とりあえず、目の前に現れたのは餌であり、なら殺す。それだけの考え


「えぇ!!?…ちょっと待って待って!!」


すると突然慌てる椿、当然の反応といえば当然の反応である

だが、それは普通の人間であり盗賊や静紅などを見てきた魔王にとっては異常な反応


「…」


魔王は刀を抜いただけ、椿を観察する

攻撃の意思を見せたが敵意も殺意も発さない


魔力も体つきもそこらの盗賊にも劣るレベル

魔王と同じくらいの背丈に歳、茶髪でアホ毛が目立つ可愛らしい少女。魔王が殺した一族と同じように民族衣装のような服を着ている


「え~と名前は?」


攻撃されないと判断して再び口を開く


「…」


静紅と会う前なら、問答無用で切り刻んでいた魔王だがそんな気は起こらなかった

何故か今までと違う感覚に、殺すことがまだ選択肢に浮かんでいない


「…まだない。お前…なんだ?」


誰ではなく何か?魔王は目の前の存在に問いかける


「私は椿だよ?」


魔王の問いかけに名前で答える椿


「あなたは?」


そして再び名前を訊ねられる


「…まだない」


ただの少女。静紅のように強いわけでも、盗賊のように敵なわけでもない。魔王が少し力を込めて触れれば消し飛ぶただの少女


魔王にとっては初めて会った存在

触れたら簡単に殺せる存在だがそんな気は起きない


「…ごめんなさい」


魔王のその言葉に何やら事情を勝手に推測したのか、目を伏せる

不思議な現れ方をしたただの少女に興味が湧いた魔王は、一旦殺すことは置いておく

それよりも優先することができたためだ


「…まだない。すぐに見つける」


「見つける?」


魔王の言っていることが何一つ理解できていない椿


「…あは!!」


少女の問いに笑いで答えて手を上げる


《炎舞》


雨のように大量の矢が頭上から降り注ぐが魔王の手から発せられた炎が全て燃やしつくす


「さすがは、災厄といったところか…」


森から姿を現したのは青年であった。手には弓を持っているがその青年一人しか気配がない

それはつまり、魔王の炎で消されたが無数の矢を一人で放ったということである


「キミ、私はどうすればいいかな?」


「…知るか」


木の後ろに隠れている椿

本人は隠れているつもりだが実際のところそんなものに意味はない。少しでも魔王か青年が魔法を広範囲に拡げれば軽く消し飛ぶ

それは椿も感じていたのか魔王に対応を聞くが冷たく一蹴された


「キサマが持っている魔剣を渡してもらおうか?」


「魔剣…?」


魔王の背中を指差す青年。そこにあるのは黒く黒いどこまでも黒い刀

とりあえず強い武器としか思っていなかった魔王としては、使っている武器の名前が知れたのは嬉しかったのか、少し笑みをこぼす


「魔剣っていうのか…お前の名前は?」


魔王は青年に訊ねた。これは静紅と別れてからの魔王が必ずする質問だった


「俺か?俺はアルトだ」


アルトは弓を構える


「アルト…ねぇ」


魔王は何かを考えるようにぶつぶつとアルトの名前を呟く

その態度に、イラついたアルトは魔法を発動


《弓弓矢矢・追尾矢》


光の矢が弦にかかり放つ。同時に矢は十数に分裂した


アルトは遺産持ちである

自身の力では魔法を構築できない者は遺産と呼ばれる魔法が使用することができる魔法道具を使用して強力な魔法を苦労することなく魔法が使える

アルトの所持している遺産は弓であり、その弓に魔力を込めることでその魔力を媒介に弓が魔法を構築する

アルトが放ったのは数ある種類の矢の一つどこまでも相手を追尾する矢


「…いらないか」


一つ頷いた魔王、姿が消えて追尾の矢が消える


「なっ!!?」


全ての弓を切り裂いて、遺産である弓が真っ二つに切断されていたことに気付いた時には既にアルトの背後に魔王がいた


「くっ!!?」


遺産が破壊されて魔法が展開できなくなったアルトだが、腰にぶら下げていた短剣を取り出し振り向こうとして


「あは!!遅い!!」


その瞬間には身体は二つに切り裂かれていた

圧倒的な速度の差


「…弱い」


静紅やアギトと戦った魔王はどこか満足できていない

血を見ると面白い、肉を切り裂くと笑いが込み上げる、悲鳴を聞けば楽しくなる

それは変わることがなかったが、満足ができなくなっている。血が沸きだつことが無くなったという表現が一番正しい


楽しいが物足りない

それは魔王にとって、一番の大きすぎる変化

木の裏に隠れてビクビクと震えていた椿へ魔王は言葉をかける


「…まだ名前無い」


「…まだって…キミもしかして人の名前から盗るつもりなの!?」


椿の問いに頷いた魔王

魔王の思考は簡単だった。あまりにも簡単な子供のような思考


名前を決めよう

よくわからない

誰かの名前を盗る

そいつを殺す

自分の名前になる


魔王は今名前を盗るために手当たり次第に聞いているがどれもパッとしない


「駄目だよ!!名前は自分で決めるもんだよ!!?」


「知るか…お前がつけろよ、気に入らなかったら却下する」


「えぇ!!?」


ひどくてきとうであった


「…じゃあジョン!!」

「却下」


「…桜!!」

「却下」


「紅!!」

「…却下」


「レスラ!!」

「…却下」


「…陽炎!!」

「却下」


「どうすればいいのよ!!?」


次々に却下された椿、怒りの飛び蹴りを放つ

それは普通なら攻撃としてカウントされていた。盗賊がその行動を取れば上半身と下半身が真っ二つとなるものだが、殺意も敵意すらないそれは児戯にも等しく反撃という選択肢が反射的にも浮かばなかった


「…」


軽々と受け止める魔王。受け止めるというより、顔面に蹴りが刺さっている

ただの少女の一撃如きでは、災厄にダメージを与えることは不可能である


「だから、考え中だ…」


「あ~う~!!もう寝る!!おやすみなさい!!」


怒りの発散場所が効かずに発散できなかった椿は諦めてその場に寝転がる


「…」


椿が何だかよくわからない魔王

しょうがないので、同じように寝る。こんなファーストコンタクト


出逢いがあり戦いがあり、少し変わった災厄である魔王と不思議な現れ方をした少女の椿

大きく世界を変える二人の出逢いはそんなくだらない会話でコンタクトをしていた

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