第6話。別れ

「う~ん…」


二日後

静紅は目を覚ました

一度伸びをして辺りを見渡す


「あの子はまだ寝てるのね…」


身体を動かし、あまり問題がないことを確認する

全身の骨がイカれていたが、そこは化物の自然治癒により完全に回復していた

立ち上がり周囲を見渡すと、直ぐ傍に気絶する前には無かった本を発見する


「これはなにかしら?」


手に取って観察する。罠があり、開いた瞬間に死んだり意識を奪われるような魔法道具があるかもしれないと一通り観察するが、特に魔力は込められていない


「あの子に読んであげて…え~と、魔王の説明書」


災厄がまだ寝ているため、暇な静紅は本を開く


「ふ~ん」


一度読み終えて本を閉じて、狂ったような笑顔を振りまくような人物と同じ存在であると思えない可愛らしい寝顔で寝ている災厄を見て頷く


(この子にとっては重石にはならなそうね…)


災厄はまだ起きる気配は無い、時間も余っているため説明できるようにもう一度読み始める


「…」


二度目を読み終えた静紅が本を閉じると同時、ようやく災厄が起き上がる


「おはよ~身体は大丈夫?」


片腕の骨が粉砕された災厄だが、一度両手を握り開く

動作に支障もなく、痛みも無い。災厄の自然治癒により完全に回復していた


「…問題ない」


「そう、良かったわ。それで知ってほしいことがあるのだけど…いいかしら?」


「知ってほしいこと?」


身体に不調があるかを確認するため、立ち上がって軽く体を動かしてはいたが、聞く気はあるようで、静紅は本を見せる


「そう…魔王について」


「…文字は読めない」


災厄ら会話を聞く環境にはあったが、文字を読む環境にはいなかった。本を一瞥し興味が薄れたようで柔軟を開始する


(だから読んであげてって書いてあったのかしら…)


読めないことも確かに理由の一つに入るがそれ以上に災厄は餌とならない存在に興味は無い

これを手に取ったのが静紅でなく災厄の場合は確実に燃やしていた


「じゃあ簡潔に話すと…あなたは魔王と呼ばれる簡単にいえば魔法使いの王になったみたいね…それでその魔王の仕事は世界を守ること…それ以外は無いみたい、魔王を辞める方法は一つで魔王という称号をかけて戦いに負けること…はい、何か質問はあるかしら?」


他にもゴチャゴチャ何か書いてあったが不要だと判断して静紅は切り捨てた。知っておくべきだろうことを静紅は災厄に教える

災厄は首を傾げる。これは静紅がよくやる仕草でそれを真似たものである


「…魔王になった…理由がわからない」


「…多分だけどあのアギトが魔王だったのだと思うわ…それであなたが殺したからそれでだと思うのだけど」


静紅の予想は当たっていた。アギトは魔王であり共闘したとはいえ殺したのは災厄だ

勝手に称号をかけられていたことになる。

アギトの死因は強力な毒キノコを食べての食中毒によるもので、犯人をあげるならばそのキノコになってしまう。流石に無機物に魔王の称号は継承できなかったっため、アギトは死後もゴーレムとして死にきることなくこの世界に顕現していた


「…世界を守ること?」


守るという言葉は災厄にとって一番縁の無い言葉である

自分の命ですら守ろうと思ったことすらない


「…何かこの世界の危険があったらわかるみたいよ。まぁ多分だけど相手が絶対強者級で気まぐれで世界を滅ぼそうとしたらわかるのだと思うわ」


それも合っていた

世界が滅ぶ理由は絶対強者級の気まぐれで世界を滅ぼそうとした時ぐらいである


「あいつみたいに強いやつと殺し合える…か?」


「そうみたいよ」


「なら…なんでもいい」


災厄と呼ばれようとガキと呼ばれようとも全く気にしない災厄にとって殺せるならばなんでもいい

今までは宝で獲物を釣っていたがそれに魔王という称号が追加されただけである。アギトとの殺し合いは今まで生きてきた中で一番楽しかったと感じている

2番目は静紅と殺し合った時、自分が強者との戦いを望んでいることを災厄は本能で理解している

盗賊たちを蹂躙するよりも遥かに楽しい


「それじゃあ、これ渡すわね。読めるようになったら読むと良いわ」


自分が持っていても意味は無いと、静紅は災厄に近付いて本を渡す


《炎舞》


「ちょ…!!?」


渡した瞬間に災厄の手から炎が本を包み込んで燃やした


「荷物はいらない」


所詮荷物である。災厄は動きやすいように荷物は持たない主義である

今まで遺跡攻略して得た宝は全て放置して一番魔力が高くて貴重そうな小型の物だけを盗っていた。しかも餌が釣れたら捨てるを繰り返していた

世の盗賊だけではなく、その価値がわかる人間にとっては殺意を超える何かが発生するような所業だ


「…あ…あなた、ちょっとそこで座って…て」


「…?」


盗賊として静紅はそれを許容するわけにはいかない。こめかみが震えていた。僅かながらに漏れ出した殺意が周囲に放たれていた

殺意を検知した災厄は距離を放そうと跳躍しようとしたが、


「物凄いお宝あげるわ」


殺意と静紅からのお宝あげる発言により、自然と身体が正座になっていた

静紅は災厄を観察し着物の袖から黒い布を取り出し座り、裁縫道具を取り出した


「…」


災厄が観察していると二つとも、今まで見たことないレベルの魔力を保持している。だが何をやっているかは理解できていなかった

30分後


「はい、できた!!着てみて~」


静紅は物が完成すると災厄に渡す


《炎舞》


そして渡した瞬間に本と同じように燃やした


「…燃えない?」


本と違うのはその物が燃えなかったことだ。たかが布切れなら盗賊たちを燃やした時に服どころか骨すら残らないので布が燃えないという現象に戸惑った


「ふふ~結構レアな布でね、色々な攻撃に耐性があるのよ…拡げてみて?」


黒い布切れ。災厄の考えていた印象はただ一つ

拡げてもそれがフード付きのコートであっても変わらない


「まずね…突っ込まなかったけど…格好が汚いからそれに着替えて、あと臭い。他の服とかも見繕ってあげるから、全身燃やしてさっぱりしなさい」


災厄の格好は盗賊から剥ぎ取ったボロボロのズボンに布切れとしか言えないシャツにこれまた布切れとしか言えない外套である

今回のアギトとの戦いで更にボロボロになっていた

水浴びなどもせず、雨に打たれるだけ打たれ、てきとうに地面に寝転がり、血や贓物を浴びている災厄の臭いも相当に災厄だ

静紅は自身の周囲の臭いなど五感に影響を与えるようなものを正常化する魔法道具を持っているので無傷で済むし、同じように臭い盗賊たちも気にしないが、折角作った服がそれに晒されるのは嫌らしい


《炎舞》


とりあえず、静紅の言う通りに災厄が魔法を発動、自分の身体を怪我の無いように燃やし尽くす。汚れとか雑菌などを一瞬にして燃やし尽くす

そして、一瞬で静紅は災厄に服を着させる


「できたわ!!」


黒いズボンに白い袖がないシャツに黒いコートを着た災厄が発見された

静紅は災厄の周囲を回りながら、臭いを確認。異臭が消えているので満足気に頷く


「うん!!これでよし!!とりあえず、そのコート以外はただの服だけどそのコートは役に立つわよ!!まずそこらの鎧より軽くて丈夫、身体に合わせて大きくなるし、何より内ポケットにはポケットのサイズ内なら何でも入るし、荷物にもならないわ!!私の服と同じやつよ。だから!!宝を!!ちゃんと仕舞いなさい!!!それでも盗賊なの!!?」


「おう…もらう」


黒いコートを見ている災厄、静紅の言っている内容は正しく理解できていた。

今まで宝の持ち運びが面倒で一つしか持たなかったがこれさえあれば宝を無尽蔵に入れることができる。つまり餌が多い分獲物の食い付きが多い

断る理由などはなかった


「さて…それじゃ宝の山分けをしましょ?」

「わかった」


最初の目的へと戻る静紅

二人は宝が格納されているであろう扉を開く。Sランクの宝物庫、更に魔王の宝物庫に入った


『…』


開いたが二人とも言葉は発しない

宝が無かったわけではない。魔力のこもった貴重なものや金銭的な価値がある宝石でその部屋は埋め尽くされていた。

特に感動もなく、ただそれが当たり前のように静紅は一つの宝のみ盗りたいだけで他には目もくれず、災厄はとりあえず片っ端からコートのポケットに詰めるだけである


「あったわ~!!」


目的の物を見つけた静紅は目がキラキラと輝いてとびきりの笑顔を見せる。その笑顔は年相応の笑顔だ。

静紅が手にしているものはナイフであった


だがただのナイフではなく、歪な形をしたナイフであった

そのナイフは絶対強者級であり、一流の鍛冶職人であるデスパラという男が作成したナイフである。デスパラはナイフしか造らない。また、そのナイフは奇妙な形をしていながらも切れ味は海をも切り裂くとまで言われて いる

そのナイフはデスパラシリーズとも呼ばれている至高の宝だ


静紅がそれを狙っていた理由としてナイフが格好いいからである

嬉しそうに年相応の子供のようにはしゃぐ。災厄はそんな静紅を完全に無視してポケットにどんどん詰め込んでいく


「…」


災厄が掴んだのは一本の刀。黒く黒いどこまでも黒い刀であった

鞘も鍔も握りも刀身も全てが黒い刀


《炎舞》


ある程度は魔力がこもっているので、とりあえず燃やすことにした災厄

無傷であることを確認し、刀を抜いて叩きつける。斬るではなく無造作に

普通の刀であれば焼失するはずだが変形もしていない


「…」


少しだけ気に入った災厄はポケットに詰め込み、他の宝を詰め込む作業を再開する

その間静紅は地面を転げ回りながら喜んでいる


「…」


再び災厄の手が止まる。その手にはビンがあった

中には白い光の球体がゆらゆらと揺れている。怪しい気配を感じていたが、躊躇いなくビンを握り潰して割る

すると光の球体はゆらゆらと揺れながら消えていった


「…」


割ったら封印されていた凄い強い何かが現れると考えていたがそんなことはなく、一体なんだったのか理解できないまま災厄は次の宝をポケットに入れていく

ようやくポケットの口に入りきる全ての宝を収納した災厄の表情はどこか満足気である


「これからどうするの?」


「これから?」


「私はもうここに用は無いから次の宝を探しにこの森をでるのだけど…一緒に行きましょ?」


静紅の目的はあくまでもデスパラシリーズである。この遺跡の森にはもう無い

盗賊としてつるむのは好きではないが、それはつるんだ者が死ぬからであり災厄ならばその心配もない、そして何より面白かったのだ


「…行かない」


「えぇ!!?」


しかし、災厄の返答はNO

理由としてはここには獲物が来るからである

世界を知らない、国を知らない、街を知らない。世間知らずの塊である災厄は静紅の誘いを正確に理解していなかった

そんな世間知らずの災厄にとってこの場所は良い狩場であり、遺跡もあり退屈はしない


「そう、残念。じゃあ契約はこれで終わりね」


静紅はデスパラシリーズを集めたい盗賊である。災厄にも災厄なりの目的があってとどまると解釈した。理由を知れば狩場ならもっとあることを教えることができたのだか静紅は色々と生まれた場所なので事情があるのだろうと考えてすぐに諦める

本当に残念そうであった


「じゃあまたね」


「またね?」


静紅からの別れの挨拶、それを知らない災厄が知っている別れの挨拶は死ねである


「再び会いましょうって意味」


静紅の笑みは少しだけ悲しそうな笑みであった


「…そうか、またね」


またねと言われたのでその言葉通りに記憶した災厄。年相応の言葉だけれど、あまりの違和感に笑ってしまった


「ふふ…絶対また会うわよ…だって私とあなたは同族だもの…次会うときまでには名前を決めておいてね」


「わかった」


災厄と化物の共闘

一週間にも満たない時間だが、それぞれにとって価値のある出逢いだった

静紅は手を振って跳躍して消えていった

出逢いは唐突で別れも味気ないことだった


「…」


そして災厄はそのまま今まで攻略した遺跡へと戻り宝をポケットへと入れた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る