第5話。絶対強者級

「絶対強者級…?」


災厄はその単語がわからずに首をかしげるが静紅は知っているらしく、その単語を聞いてビクリと震えた


「…公的な強さには三段階あるわ…一般級、反則級、絶対強者級。一般級は魔力が扱えないいわば雑魚、反則級は一般級と絶対強者級の中間、絶対強者級は…」


反則級である静紅の言葉が途切れる

一度口を閉じて息を吐く


「気まぐれで世界を滅ぼすことができる強さ…」

「…」


静紅の言葉に災厄は黙りこむ


「説明の手間が省けたかな?礼を言う」


アギトは爽やかに微笑む

唯の優男に見えるが、感じる圧力は変わらない


「一旦引きましょう…私達じゃ勝てないわ…」


静紅は8歳にして引き際を心得ていた

盗賊として、勝ち目が無ければ逃げる。生きていれば勝ちだ

それが静紅の考えであった


「そうはいかない…殺してほしいんだ」


恐らく引くということを考えない災厄の手を引いて逃げようとするが、それよりも早くアギトは魔法を発動した


《地華砕蓮・閉》


降りてきた穴が土で塞がれる

一見して静紅の全力で殴れば軽く壊れそうな土くれだが、その魔力の高さから破壊は困難と判断。逃げ道は完全に無くなった


「…あは…」


ずっと黙っていた災厄の口が開く

その笑みは災厄の笑み。狂喜の笑みを浮かべいた


「あははははは!!!」


災厄が全魔力を開放するも、その総量はアギトより劣る

だが、それは災厄にとって関係のないことだ

目の前の餌は、極上の餌。今まで感じたことのない強力な餌


「あは…あははは!!あははははははは!!」


《炎舞》


災厄は笑いながら魔法を構築

燃え盛る炎を腕に宿らせてアギトに接近する


「ちょっと…!!?」


静紅もその行動は予想外であり、反応が遅れる


《地華砕蓮・壁》


災厄の炎を纏った拳

アギトに向かって放たれたそれは空気中に出現した土の壁で防がれた


「あははは!!」


防がれたが災厄の笑いは止まらない。逆に防がれたということが更に災厄の笑みを深くする

壁を壊すことは困難だと判断した災厄は高く跳躍し壁を乗り越えて再び突っ込む


《地華砕蓮・槍》


アギトは巨大な土の槍が災厄に放たれる


「あはは!」


ぶつかり合うことは不利と本能で判断した災厄は空中で右腕の炎を勢いよく燃え上がらせ、ジェット噴射の要領で災厄は一回転

そのまま槍を横殴りにする

軌道を逸らし回避した災厄は再びジェット噴射の要領でアギトに急接近


「やるね…逸らしたか」


《地華砕蓮・両手》


アギトは両手を合わす

瞬間、災厄の行く手を塞ぐように巨大な土の手が出現し、災厄の背後にも同じ物が現れて避ける間もなく押し潰す


《完全領域》


「…私を忘れちゃ困るわ」


ぎりぎりの所で静紅が追い付き災厄を護るために防御壁を展開して防ぎきる

円形の防御壁である静紅の完全領域は全方位関係なく防ぐ


「あははは!!」


「っ!!?」


災厄が笑うと同時に静紅は完全領域を解除し、すぐさま距離を離す

静紅がいた空間に災厄の拳が放たれていた


「敵味方関係なしだな…」


その様子を見ていたアギトの感想。だがそれは間違いである

災厄にとっては敵味方は無く視界に入る全てが殺す対象になっているだけである


《炎舞》


災厄は槍を生成しアギトに射出


《地華砕蓮・壁》


炎の槍は土の壁によって防がれる


「あははは!!」


「速いな…」


その一瞬でアギトの背後まで移動、目眩ましに放ったため防がれることは予想していた災厄はそのまま手刀を放つ


「だが残念」


ひらりと横にずれて回避しお返しにと蹴りを当てる

防ぐこともできずに弾丸のように吹き飛ぶ災厄


「!?」


それを予測していた静紅は災厄を受け止めようとするが、殺意のこもった視線を感じてとどまる

災厄から目を放しアギトへと向かう

壁に叩きつけられた災厄だが、静紅の判断は正しい。あの場で災厄を受け止めていたらその災厄の手刀で静紅は殺されていた

静紅は両手を手刀の形にしてナイフのようにアギトに斬りかかるが、恐ろしく速い静紅の攻撃を全て無駄の無い動きで避けているアギト


「速いね…」


余裕の笑みを浮かべるアギト


「あははは!!死ね死ね死ね死ね死ね!!」


笑い声


《炎舞》


アギトと静紅が災厄に意識を向けるとすでに槍が放たれていた


《地華砕蓮・縫》


アギトは静紅に腹部に掌底を放ち、地面に叩きつけて土を操作して静紅を固定、その後、後ろに跳躍する


「ぐっ!!」


地面に縫い付けられた静紅は避ける術がない


《地華砕蓮・隕石》


《完全領域》


アギトと静紅は同時に魔法を発動

追い討ちに土の隕石を放つアギトと災厄の槍と隕石を防ぐために防御壁を展開する静紅


「…ま…ず!!」


静紅の完全領域の防御は絶対ではない。炎の槍を防いだが隕石までは防ぐことができずに破壊される

一瞬だけ食い止めたことにより、静紅は逃げる時間ができた

隕石が防御壁を破壊して静紅へと迫る僅かな時間。一瞬ともいえるそのタイムラグ


《完全領域》


静紅は全力で後ろに跳躍して魔法を発動

衝撃波を防ぎきる


「はぁ…ふぅ」


今まで生きた8年間で初めて呼吸が乱れる静紅

掌底のダメージはでかかった

この戦いで一番静紅が不利であった

アギトは災厄と静紅を攻撃する

災厄はアギトと静紅を攻撃する

だが静紅はアギトへは攻撃するが災厄にはアギトを倒すためにも攻撃はできない

その攻撃対象の差はでかい

もしアギトに攻撃されて吹き飛んだ先が災厄の場合は手刀で串刺しにされる


「…」


理性が無い災厄と共に戦うには理性が邪魔であった

災厄と共闘できるのは化物だけである


(…嫌なのだけど…仕方ないわね)


静紅は目を閉じ、無理矢理化物である自分を引っ張り出す

目を閉じて、記憶を遡る

化物と呼ばれて蔑まされた記憶まで遡る

生まれる前から化物と呼ばれて、殺意や敵意を受け続け

生まれてきたことで化物と呼ばれて道端に放置され何かある度に石や刃物を投げつけられ傷つけられ、気持ち悪がれた記憶

静紅は災厄と違い一族皆殺しまで3年の月日があった

その忌まわしき三年間を思い出す

理性をとばして化物になるために、普段は言葉一つ言われれば吹き飛ぶもの

しかし、自分で化物になるためには記憶が必要であった

そして、強い憎悪をもって化物と言った母親の顔を思い出した瞬間


「ふ…ふふ」


化物が口を開いた


「あははははははははははは!!強い強い!!殺す殺す皆殺しだ!!」


「これは…!!」


災厄の笑いが更に増すと同時に新たに強大な餌を前にして興奮し動きが速くなる

アギトは災厄の攻撃を距離を離して回避

静紅の雰囲気が変化し、化物となったことに気付く


「ふふふ…さぁ殺してあげるわ…」


化物は災厄と同じ狂喜の笑みを浮かべていた

化物は災厄と同じで敵味方など関係はない、災厄と化物と絶対強者級の殺し合いが始まる


「なるほど…これがあの少女が言ったことか…」


意味深なことを呟くアギトだが、対する二人はそれを理解しない。理解できない


《炎舞》


二人は気にせずにアギトへと突っ込む。目標が同じな理由はアギトが一番強いからだ

強い者との殺しあいを望んでいる災厄と化物は協調性の欠片も見せずに各々が攻撃を放つ


「あははは!!」


炎が災厄の身体を包み込み一直線にアギトへと突撃する

炎を纏った体当たり


《地華砕蓮・壁》


アギトは土の壁を災厄の体当たりの軌道に構築する


「ふふ…」


その隙に化物が間合いに入る。先程と同じような化物の手刀を避けるアギト

いや避けたはずであった


「…はや…い!?」


先程よりも遥かに速い手刀を放ちアギトの肩を掠めた

油断ではない、ただ静紅の最大速だと記憶してしまったアギトは予想よりも速い化物の手刀をかわしきれなかった。仕切り直しに一度化物から距離をとろうとするアギトの背後


「あははは!!」


土の壁が壊れる。災厄が力ずくで破壊し、襲い掛かる


「っ!!?」


「あははははははは!!ちぎれろぉ!!」


災厄からすれば壁を壊したら獲物が自分に接近していたのだ

身体を包んでいた炎を右腕に集中し拳を握りしめて放つ


《地華砕蓮・杭》


地面から土の杭が飛び出て災厄の右腕を貫き骨を砕く

軌道を剃らすことに成功して、アギトは災厄が防御ができない右腕の方向から蹴りを放つ。既にアギトに油断は無い。全力で排除しようとしていた


「あははは!!」


確実に直撃するであろう攻撃は、折れた右腕で無理矢理蹴りを防がれた


「な!!?」


災厄自体は蹴りで吹き飛ばしたが、本来なら確実に首が吹き飛ぶはずであった

そして蹴りの隙


「ふふ…ねぇ…早く血を魅せて」


妖艶に微笑む化物がアギトの左腕を掴み、左腕が握りつぶされる


「ぐっ!!」


製作者の亡霊でゴーレムの役割をもつアギトは化物の望み通りに血はでない


「ふふふ…まだ出ないの?」


(…まずい!!)


化物の笑みに嫌な気配を感じ取ったアギトの判断は早かった


《地華砕蓮・浮上》


土が化物の足下に出現し爆発的に増殖する

恐るべき速度で地面が盛り上がり


「…が!!」


頭から天井に叩きつけられそのまま土が化物を押し潰す


(一人…!!)


そして残るは災厄のみ。左腕は無くなったがそれでも災厄を驚異とは感じない


(君はただの猪突猛進だ…そして攻撃力が足りない)


災厄の右腕自体はアギトと同じで完全に使えない

条件は同じ


《炎舞》


《地華砕蓮・連槍》


アギトは地面から無数の土の槍を放つ

一本一本が5メートル程の巨大な槍は50メートル四方の空間を埋め尽くし避け道が無い

1~2本までなら災厄でも相殺できるが後は原形を止めずに貫かれるだけである


「あははは!!もっと強く!!」


対する災厄は赤色の槍、ではなく緑色の炎の槍を生成

量より質を表すかのように巨大な槍を放った


(…まずい!!)


緑色の炎の槍は見かけ倒しではなかった。絶対強者級であるアギトが感じ取った魔力の量の桁が違った


(…進化した…この短期間で!!?)


魔法は進化する。本人が望むままに、より強力になる

だが生まれて五年の災厄が戦いの最中に進化させた

本来であれば一生をかけて進化するかしないかといった次元のものだ。絶対強者級であるアギトですら最初の進化に20年はかかったのである

常識が打ち破られ驚愕しそして動揺となって隙を作られ、災厄の槍は無数の土の槍を全て相殺した


「あははは!!」


槍を放つと同時に突っ込んでいた災厄。その手には緑色の剣が握られている


「…ちっ!!?」


アギトは災厄と距離を離そうと後ろに跳躍する

魔法が進化していても猪突猛進は変わらず距離を離して魔法を浴びせ続ければすぐに倒せると判断したための行動

その判断は正しい。災厄が一人である場合はそれで殺すことができたであろう


「ふふ…惜しかったわね」


《完全領域》


「なっ!!?」


跳躍したアギトは完全領域内にいた。強固な防御壁に自分からぶつかりに行く

先ほどの災厄の槍は土に拘束されていた化物を開放しており、圧力により一瞬だけ気絶していたため、静紅は正気に戻っていた


「あははは!!」


そしてアギトを追っていた災厄も完全領域内

笑いながら純粋に楽しそうに嬉しそうに笑いながらアギトを切り裂いた


「ぐっ!!」


災厄の一撃はアギトの両足を切り裂いた

その瞬間に、静紅は完全領域を解除し、全力で後退する


「あははは!!燃えろ消えろ死ね殺す!!壊す砕く灰になれ!!灰も残らず塵になれ!!塵も残さず焼失しろぉ!!あははは!!」


災厄の炎の剣に込めていた魔力が更に増大


《完全領域》


「…予言通りか…」


静紅は魔法を自分だけを守るように再発動

巨大すぎる火柱が50メートル四方の災厄と化物と絶対強者級の戦いでも壊れなかった壁を粉砕、二層目、一層目を突き破り空高くまで昇る

当然ながらアギトの姿は塵も残していない


「あははははは…は…」


そして魔力を使い果たした災厄は笑いながら気絶する


「…あらあら…」


その様子を見て微笑む静紅


「けど…私も…限界ね…」


アギトを倒すためと自分を護るために使った完全領域

全身の骨が最低でもヒビが入っていた静紅はその二回で限界がきていた

ふらふらと揺れ、歩くたびに苦痛が伴うが災厄の隣まで移動


「頑張ったわね」


災厄と同じようにその場で気絶する静紅


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


一人の白い翼をもった少女が災厄と静紅が気絶している遺跡に降り立った


「やぁ、何十年ぶりかな?」


「…」


そんな少女を出迎えたのはアギトであった

14才ほどの外見で眠そうな目をしており、小動物のような可愛さが溢れている身長は150cmと小柄な少女は無表情に無言で返事をする


「しかし…死んで確かに10分の1まで弱くなったとはいえ、本当に私が殺されるとは思わなかったよ」


微笑むアギト、死去して肉体は既になく、依代にしていたゴーレムも破壊された今、彼は魂だけでこの場にいる

必要な事が終えるまでは消えることはできない


「…」


少女はずっと無言

その瞳は災厄にだけ注がれている


「まぁいいか…それでこの少年が次の魔王でいいんだね?」


「…」


こくりと僅かに頷く少女


「面倒な手続きは全部やってくれるんだよね?」


「…」


再びこくりと僅かに頷く少女


「良かった…やっと死ねるよ」


本当に嬉しそうに微笑みながら消えるアギト


「…お疲れ」


最後の最後に少女は口を開いた


「…神ってのはわからないね…」


その言葉を聞いて最後の最後に苦笑に変わった

残った少女は災厄から視線を外さない


「…魔王…大変…頑張る……お前…死ぬ…やだ」


ぽつりぽつりと少女は単語を紡ぐ

何かを言いかけたが我慢していた


「…」


少女は屈んで災厄の頭を不器用に撫でる

災厄は気絶しながらも反射的に手刀を繰り出すがまるでわかっていたように手を引っ込めて回避する


「…270年…会う…楽しみ」


少女は少しだけ微笑みながら翼を羽ばたかせて浮上する


「…」


しかしすぐに、再び降り立つ

懐から一冊の本を静紅の近くに置いてその上に紙を置く

今度こそ役目が終えたのか、無表情だが一つ頷き満足そうに帰っていった


本のタイトルは『魔王の説明書』

置かれた紙には『その子に読んであげて』と記載されていた


災厄の運命が大きく変わった日であった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る