#034 王と国の在り方⑤
「こうやって屋根伝いに移動していると、なんだか怪盗にでもなった気分ね」
日が沈みかけ、街並みが赤く染まる。空は青から赤へ、そして紫へと足早にその表情を変えていく。
「そこまでだ! 止まれ!!」
「止まれと言われて止まる……事もたまには必要なのかな?」
街の外郭を抜け、貴族が住まう内郭の城壁にたどり着いたところで、シロナは見知った顔を目にし、その歩みを止める。
「これより先は貴族街だ。貴族も一応、一般人に含まれると思うのだが……お引き取りはしてもらえないのかな?」
「貴族も平民も、私からしたら"同じ人族"よ。ちょっと通りたいから、道を開けて貰える?」
シロナの前に立ちはだかったのは、ガーランド将軍とその直轄部隊であった。将軍は、作戦指揮が任務であり、彼のように前線に立つ事は本来有り得ないのだが……事情があり、あえて直接言葉を交わす選択を選んだ。
「
「そうなの? 私には"誇り"を守るためだけに戦っているように見えるけど」
「……フッ。言われてみれば確かに。これはこれは、心の中に抱えていた霧が晴れた気分だ」
「そう、それは良かったわね」
会話の内容とは裏腹に、2人の距離がジリジリとつまり、周囲の兵士が思わず息をのむ。
「そろそろかな? 効果があると、コチラとしては非常に助かるのだが」
「??」
ガーランドの意味深な発言に、シロナは周囲を確認する。しかし、視線の先に目ぼしい変化は無い。しいて言えば『体が若干重たくなった』と感じる程度だ。
「やれ!」
「矢? そんなもの……ッ!!?」
放たれた矢が、シロナの掲げた手に深々と刺さる。矢はシロナの魔力放出を回避し、"真っすぐ"手を穿ったのだ。
「効果はあるようで安心したよ」
「なるほどね、体が重く感じる様になった理由が"太った"からじゃなくて、安心したわ」
「それは何より」
シロナが赤い波を放つと、それは地面に吸い寄せられ、瞬く間に霧散してしまう。矢を防御し損ねたのはコレが原因だ。この現象は魔力にのみ作用し、矢はそのままの軌道でシロナを襲った。
「魔力を吸い寄せる結界。魔力で感知できないのも納得ね」
「これより先は、同様の術式が広範囲に設置してある」
「でも、この程度なら狙いがズレるだけで、それほど支障は感じないわね」
手を貫いた矢が抜け落ち、傷口は逆再生でも見ているかの様に塞がっていく。一見すると回復魔法でも使ったかのように見えるが、厳密に言えばそうではない。これは魔力生命体の特徴であり、それらは体内に蓄えられた魔力で傷を瞬時に"補填"してしまう。それが高位の魔力生命体ともなれば、欠損部位さえ瞬時に再生してしまう程。魔物や魔人が、見た目に反してタフなのは、これが理由だ。
「しかし、消耗は激しくなる。そうではないかな?」
「ウエイトトレーニングをしている感覚ね」
魔力吸収結界には、致命的な弱点が存在する。それは、使用者も含めて他の魔力操作が無差別に妨害されてしまう点だ。これには当然、防御魔法も含まれる。防御を捨て、差し違え、それが叶わなくとも確実に相手を消耗させる。つまりこれは"背水の陣"なのだ。
「「……………………」」
両者が無言で、構えをとる。ここまで来てしまえば言葉は不要。互いに引けないのなら、剣を交える以外に"答え"は無い。
「今なら矢も、通じるはずだ!!」
「ふっ!」
セオリーに沿い、矢の雨が降り注ぐ。しかし、シロナはそれを体術のみで回避する。その速さは凄まじく、まるで瞬間移動でもしている様だ。
「来るぞ! 構えろ!!」
「「!!?」」
その刹那、白い閃光は兵士たちの合間を縫い、背後へと抜けていった。
「ん~、やっぱり、漫画みたいに上手くは出来ないね」
「なっ! それは……」
シロナの手は赤く染まり、指の隙間から赤い雫が滴り落ちる。すると、兵士の一人が胸を押さえ、青白い顔を浮かべて膝をつく。
「まさかコイツ! あの一瞬で心臓を!!?」
「本当は抜き取る所までいきたかったんだけど、残念ながら潰すのが精一杯だったわ」
そう言ってシロナが手を開いて見せると、残っていた血液が零れ落ち……やがて兵士が事きれる。
「身体能力だけでもこの強さ。どうやら今日は私の命日になるようだ。……それでも! 1人の戦死として、ここを通すわけにはいかん。者ども! 国に命を捧げる覚悟はあるか!!」
「「然り!!」」
「共に命を懸け、誉を残すぞ!!」
「「応ォォォオ!!」」
シロナが、兵士の覚悟に威圧される。これまでも、決死の相手とは何度も相対してきたが、今回のソレは今までの比較にならない。
そこでようやくシロナは気がついた。この先にあるのはグロー砦と"同等程度"の城が1つ。街とセットになっている事からリアスの様な場所だと思ったのだ……実際にはココが王都であり、あの城が王城であったのだ。
「(そう言えば、初めて"お城"を見た時、思っていたよりも小さくてガッカリしたな……)」
そう、城は周囲の城壁や関連施設も含めての"城"であり、主郭単体の大きさを比べても意味は無い。加えて、シロナの知る"基準"になっているリアスやグロー砦は、人族にとっては最先端の大規模軍事施設であり、最初から上限を基準に比較していたのだ。
「王国軍に栄光あれ!!」
「家族のため、俺は死ぬぞ!!」
「「おぉぉおお!!」」
「まっ、折角の機会だし。"挨拶"くらいは、しないとね」
「なっ!? 魔人が逃げたぞ!!」
「違う! 俺たちを無視して王城に向かったんだ!!」
事情を悟り、シロナの顔から覇気が消える。本来、立ちはだかる兵士には容赦しない事を"誉"として戦ってきた彼女だが……今は王都に侵入した時と同じく、観光気分の顔に戻っていた。
「何を呆けている! 王城に待機している部隊に信号を送れ! そこで決着をつける!!」
「直ちに!!」
「なっ! もうあそこまで。今までのは全力では無かった訳か……」
しかし、その速度は予想の遥か上をいっていた。
*
「グリアス様、大変です!!」
「何を騒々しい、今良いところなのだ、後にしろ」
王城の一室で、王が浴びるように酒を飲み、周囲では半裸の少年が何人も体を重ねあう。
「お、恐れながら、それどころでない事態に! 現在、彼の亜人が王都に参りまして……」
「くだらん! そんな事で、この私の至高の時間を遮ったのか!? 誰でもよい、警備の者よ、この不届き物を処刑しろ!!」
「恐れながら殿下! 賊が攻めて来たのは事実にございます! どうか、今は避難を!!」
駆け付けた近衛もが、王に避難を進言する。本来、緊急時であれ、王に対してこの様な無作法は許されないのだが……それを咎める者がいない状況では、王は王ではなく、ただの"貴重品"であった。
「なっ! この無礼者どもが……」
「まずは鎧を! 彼の亜人の攻撃は魔力にございます!!」
「こら! 私はまだ! 第一、王都に来たからと言って何だ!? 城壁の防衛や、内郭ではガーランドが待機しているのであろう!!」
「もう、突破されております」
「 ……は?」
「ですから、もうすでに亜人は、内郭を越え、王城に侵入しております」
「え?」
「殿下、早くお着替えを」
「は、早く私に! 鎧を着せろ!!」
ようやく状況を理解した王が、顔を白くしながら鎧を纏う。しかし王は、自分で衣服を身に纏った事すらなく、ましてや本格的な戦鎧は最初に寸法を合わせて以来、袖を通していない。焦る気持ちと、張った腹部が邪魔をして、思うように鎧が纏えない。
「「!!?」」
次の瞬間、爆発を思わせる轟音が響き渡る。
「な、何をしておる! は、早くせんか」
「だ、誰か、殿下の足を押さえて! これじゃあお召し物が通せないわ!」
また1つ、また1つと壁が破壊されていく。その音は、徐々に部屋へと近づいていた。
「殿下! ご安心を! まだ我々近衛がいます! 命に代えてもお守りするので、今は支度と避難に専念してください!!」
「わ、わかっておる! さっさと……ヒッ!!」
砕け散った寝室の壁と爆風を受け、王が力を失い、股間からは止めどなく尿が溢れる。
「クッ! なぜこの部屋がわかった!?」
一直線にこの場所にやってきた魔人に対し、近衛たちが剣を構え、王を守る。
「別に、当てずっぽうだけど? まぁ、ナントカとバカは高いところが好きっていうし、向こうの豪華なテラスから、大体の場所は予想ついたけどね」
魔人は廊下を使わず、壁を破壊しながら時計回りに城内を一周しただけ。目星をつけた階が正解なら、隠し部屋の有無にかかわらず居場所を特定できる。
「者ども! 身を挺して殿下のお着替えの時間を稼げ! 魔人が直接この場に来たのなら、下の階に配置した兵は無傷だ! 引きながら戦うぞ!!」
「「了ッ!!」」
「え? その人が王様なの? なんか……威厳? なくない??」
「戯言に耳を貸すな! 己の職務を
「あぁ~そうか、無くて当然だよね。その人、王族の血、継いでいないんだもんね~」
「「!!?」」
そう言って魔人は、爪を自身の体に突き立て、体内に埋め込んだ指輪を取り出す。
「これが本物の"王位の指輪"、そしてソレを継承しているのが私。あぁ、あと、隠し通路とかも大体知ってるから、逃げても無駄だよ?」
「はぁ!? な、貴様は、何を言っているんだ??」
「別に、私は国なんて大そうなもの"要らない"っていったんだけどね~」
「ななななぜ! 亜人風情がその指輪を持っている!?」
「でも、友達の頼みだし、これ以上"ルリエス"が愛したこの国を、衰退させるわけにはいかないでしょ?」
「ルリエス……まさか!?」
「だから私が一肌脱いで、こうしてわざわざ王都まで足を運んであげたって訳。まぁ、半分偶然だけど」
「な、何をしている! この者を殺せ! 首を断った者には望むままに報酬をくれてやる! 金でも領地でも、好きなだけ持っていけ!!」
「殿下、お下がりを」
「お、おぉ」
興奮する王が、近衛にいさめられる。王は腐っているが、近衛の騎士としての品格は、まだそれほど腐ってはいなかった。
「悪いんだけど、優秀な人は出来るだけ殺したくないの。今回は、お話……お願いを伝えに来ただけだから、落ち着いて話だけでも聞いてくれない?」
「……剣を、構えたままで良いのなら」
「「た、隊長!?」」
近衛の隊長は、戦闘で王を負傷させてしまうリスクを考慮して、魔人の提案を受け入れる。
「なっ!? 血迷ったか! 誰か、
「「!!?」」
「お叱りは後で如何様にも受けます。ですので、今はお控えください」
「優秀な人材は、大切にするべきよ? 悪いようにしないから、少し落ち着いてくれる? 私の目的は……」
「ふざけるな! 使えないものは即座に間引くのが王の"務め"だ! どいつもこいつも、そろって醜態を晒しおって……なぜ、この私が……」
「間引くって、優秀な人を殺しちゃったら、ドンドン"質"が落ちるのは当然でしょ? 大事に育てなくっちゃ」
「何を知った口を! 劣等種は、ただ権力者に服従していれば良いのだ! むしろ! 定期的に間引くことで国は良くなる! これが王の! 国家運営の"真理"だ!!」
「あぁ、うん。興奮しすぎて何も考えられなくなってる感じだね。うん、じゃあこうしよう」
「「??」」
魔人は、哀れむような眼を向けながら、優しく語り掛ける。
「明日、改めて話に来るから、その時までに考えを纏めておいて」
「では、この場は……」
「帰るよ。それじゃあ、またね~」
そう言い残し、魔人が背を向ける。
近衛は顔を見合わせ、背後から襲うか話し合ったが……隊長は静かに顔を左右に振った。
こうしてシロナは、国王を見逃し、駆けつけた兵士と入れ替わる形でその場を後にする。
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