#033 王と国の在り方④

「おい、聞いたかよ。今度は亜人の労働施設が破壊されたってよ」

「え? 昨日は関所が破壊されたって言ってなかったか??」


 王都の片隅で、今日も冒険者が酒と共に情報を交わす。


「昨日も何も、情報が入らないだけで、毎日どこかしらが破壊されているって話だ」

「いやいや、軍は何をやってんだよ。例の亜人はたった1人なんだろ? それとも何か? 例の亜人は、実は竜人でした……とでも言うのか? 童話じゃあるまいし」

「あぁ、そう言えば……」

「ん?」

「すっかり忘れていたけど、だいぶ前にクエストで知り合った学者が言ってたな……」

「??」


 人族には『勇者物語』と呼ばれる有名な童話が存在する。物語の概要は至って平凡で『むかしむかし、海の向こうから強力な獣の魔王が攻めて来ました。平民の少年が勇者の力に目覚め、悪い魔王を倒し、お姫様と結婚しました。めでたしめでたし』と言うもの。


 しかしその内容は、聞いていてあまり気分のいいものではない。童話であるため、勇者の少年が最初から負けなしの強さなのは仕方ない事ではあるが……展開としては、

①、まず獣人が裏切り、それを殺す。

②、次にエルフが裏切り、また殺す。

③、当然ドワーフも裏切り、結局殺す。

④、最後に仲間を失った魔王を殺し、お姫様と結婚して王様になって終わる。

 付け加えると、前国王は姫の結婚と共に当然のように消え、勇者は養子であるはずなのに王位を継いでいる。そしてこの国の王族は『勇者物語に登場する勇者の末裔』と言うことになっている。


「いや、勇者の童話だけど……あれ、実は国が都合よく伝承を書き換えたニセモノで、本当は全部逆らしいぜ?」

「逆って、どこがだよ?」

「だから全部なんだって。侵略したのはコッチで、海外に渡った部隊に送らないといけない物資を横領しまくっていたせいで大戦に敗れたって話だ」

「いやいや……おかしいだろ? 敗戦したなら、なんで国がまだあるんだよ?」

「だから、そもそも侵略されていないんだよ。海外に行った連中が返り討ちにあっただけで」

「いやでも、一応、各地に魔王と戦った史跡とか、残ってんだろ?」

「いや、それがどうも、勇者はいたらしいんだよ。しかも、その勇者……」

「?」


 冒険者が周囲を伺い、声をひそめて続きを語る。


「どうも、勇者は"獣人"だったらしいんだよ」

「はぁ!? いや、だって……」

「だから、全部逆なんだって。海外から来た獣人の魔王と戦ったんじゃない。獣人から勇者が生まれて、それを気に入らなかった人族やエルフが勇者に従うフリしてハメたんだ」


 補足すると、エルフ族は真実を知っているが、獣人に屈服させられた事実を隠したい意図もあり不介入を決め込んでいる。


 対して獣人族は、元々は大陸全土に広がって部族単位で生活していたが、海外に上位種を多く連れて行った事により大きく弱体化。その後に人族が起こした戦争で、現在の地域に追いやられる結果となった。


 ドワーフ族は、元々殆どかかわっていない事もあり、真実を知る者だけが虐殺された。残る部族の中には断片的に真実を知る者も存在するが、生活のために人族に迎合する道を選んだ。


「いや、流石に信じがたいが……"有り得ない話"では無いな」

「だろ?」

「まぁ、酒の肴としては、そこそこ面白かったぜ」

「だよな」

「「はははははははぁ」」


 笑いと共に、酒で記憶を流し込む。2人とも、この話を信じている訳ではないが……もし事実であれば、決して公言していい内容では無い。


「冒険者!!」

「「!!?」」


 突然酒場に駆け込んで来た兵士を見て、2人の心臓が大きく跳ねる。


「あ、亜人が! 噂の亜人が攻めて来た! 戦える者は全員集まれ!!」

「「!!!!?」」


 その日、王都に……白い亜人の少女がやって来た。





「まてぇ! そこの白髪の女! 止まれぇ!!」

「ひぃぇ~、見逃してくださ~ぁい」


 頼りない声をあげながら、少女が王都の街中を逃げ惑う。何を隠そう、この少女こそが……人族の国を存亡の危機に追いつめている精霊系の亜人、"シロナ"だ。


「くっそ! なんて足の速さだ!?」

「ごめんなさい、今、捕まるわけには……」

「そこまでだ、止まれ!!」

「って、こっちからも!?」


 しかし、街の誰もが少女の正体に気づいていない。より正確に言えば『逃げ回るので追わざるをえなくなった』であろう。情報伝達能力が未成熟なこの世界においても、手配書くらいは当然出回っている。だが、帽子で耳や角を隠してしまえばソレを判断するのは"不可能"と言って差支えないだろう。


 シロナは王都に訪れ、いつものように壁を飛び越え、人族のフリをして堂々と街中を練り歩いた。シロナの容姿は人族の少女と変わりなく、見た目の無害さも相まって街を行きかう人は誰も『彼女が渦中の亜人だ』とは思わなかった。


「あっ、しまった」

「袋小路に追いつめたぞ!」

「まったく、手間を取らせやがって」


 シロナの"人族のフリ"作戦は、これまで失敗無しの必勝攻略法であった。しかし残念なことに王都は、少女が1人歩きできるほど治安の良い場所では無かったのだ。よって、当然のように悪漢に絡まれ、裏路地に連れ込まれた。もちろん、当然のようにソレを返り討ちにしたが、結局騒ぎを聞きつけた警部兵に追われる結果となった。


「あぁ……そろそろ、限界かな?」

「そうだ、悪いようにはしない。大人しく詰所まで来てもらうぞ」

「いや、限界なのはソッチじゃなくて、フリの方なんだよ……ね!!」

「「なっ! 跳んだ!!?」」


 身体能力のセーブをやめたシロナは、三角飛びで屋根の上に登る。そして、帽子姿の少女を下から見上げる形になった警備兵が、その帽子に隠されていたものに気づく。


「角だ! 角が生えているぞ!!」

「それだけじゃない! あれは精霊系の耳だ!!」

「流石にバレちゃうよね。まぁ、そう言う事だから。それじゃあ……さよなら!」

「なぁ!? 亜人が逃げたぞ! 追え追え!!」


 角と耳、そこから先の"答え"が導き出される前に、シロナはその場を立ち去る。変装がバレたのは予想外であったが、それでシロナの目的が変わる事は無く、阻める者も存在しない。





「あぁ~、ヘコむ。(人族の)フリ作戦は自信があったんだけどな~」


 そんな事をつぶやきながらも、シロナは屋根から屋根へと跳び、街の中心へと向かう。


「ん? 信号魔法かな??」


 夕暮れの街を、魔法の光が照らし出す。それは花火というには質素であり、ただ闇夜を照らす照明弾に近いものであった。


「あぁ~、ダメだ。完全に臨戦態勢って感じ。流石は大都市、流石は"お城"だね」


 続いて視線の先にある城からも魔法の光が上る。


「まぁいっか。光っていたほうが、壊れた事が分かりやすいもんね」


 シロナはここのところ毎日、飛行機で空を飛び、見つけた主要施設を破壊して廻っていた。上空の離れたところからソレらしい施設に目星をつけ、人気のない場所に着陸し、現場には人族のフリをして(異常に早い)徒歩で向かう。あとは施設や壁を破壊して、即逃走。この時、あえて兵士は殺さない。当然、行き交う人々も殺さない。そこには無益な殺生を嫌う気持ちもあったが……真の目的は『義賊のように振る舞う』事にあった。


 シロナは、王国軍が自分を討伐するために各地の村を襲い、略奪を繰り返している事実を知っている。当然ながら、そんな事を続けていれば噂や被害は広まり、王国軍、そして現政権、更には現国王の評判は地に落ちる。そうなれば、平民と貴族で更に格差が広まり……共和派に属する村へと移り住む者が増える。


 そうなれば、国は基盤を支える農民を大量に失い、崩壊する。共和派も、難民を受け入れる形になるので実害は少なからず出るだろう。しかし、土地に問題を抱えている訳でも無いので、最初に農民が増える分には大きな影響は出ない。加えて、そこまで行けば存続のため、リアスの様に共和派に鞍替えする街や村も出てくる。


 結局のところ、先に倒れるのは必然的に人族側なのだ。それも、国は早い段階で崩壊する。何故なら、国や貴族の権力は"絶対"では無いからだ。国としての権威や機能が失われた時点で、その国が保証する法律や特権の"拘束力"は失われる。そうなれば、瞬く間に革命が起き、内部崩壊を起こすだろう。


「そう言えば……結局この街、どこだったんだろ?」




 話はそれるが、残念なことにシロナは……破壊しようとしている施設が"王城"であることに、まだ気がついていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る