#032 王と国の在り方③

「報告によりますと……昨晩、関所の壁が突然崩壊したとのこと。これはまず間違いなく、彼の亜人の仕業かと」

「見張りの兵士は何をやっていたんだ!?」

「これは兵士のみならず、監督する指揮官の怠慢ですね。至急、人事の見直しが必要かと」


 今日も円卓を、議員が取り囲む。


「まったく、王国兵士の質は年々下がる一方だ。これは、見せしめに何人か処刑したほうが良いのではないか?」

「嘆かわしい限りですな。しかし、問題の根底にあるのは亜人の追跡が上手くいっていないことかと。処刑するならソチラでは?」

「それなら、両方処刑すれば、間違いないですな!」

「おぉ~、それは確かに。これは盲点でした」

「「はははははっ」」


 報告書を読み上げた貴族が、心の中で冷ややかなものを感じる。それは、彼の魔人に対してではなく……この場の空気にだ。貴重な人材を軽はずみに浪費させる決断。そしてなにより、事の重大さを理解していないかの様な和やかな雰囲気。その1つ1つが貴族の不安を煽り、雪玉のように"憂い"は大きく膨れ上がっていった。


「いやいや、問題はその2つだけにございませんぞ? 作戦は3つの役割を……。……?」


 ともあれ、彼らは文官であり、軍事には疎い。作戦の指揮は、あくまで現場に送った将軍が担当しており……彼らの役割は、報告を受け、国としての方針の決断や、追加の資金及び兵士を用立てる事にあった。


「結局のところ問題は、彼の亜人が神出鬼没な点です。やはり、捜索部隊の補強、それも魔力感知に長けた……」

「いやいや、彼の亜人は魔力操作に長けているそうじゃないか。今までの失敗は、むしろ便利な魔法に頼っていたからではないのか?」


 絵に描いたような"水掛け論"が繰り返される。結局のところ彼らに、建設的な議論をする力は無く『原因と責任の所在』を追究するばかりに貴重な時間は費やされていた。 


「グリアス様は、どう思われますか? ここはやはり……」

「くだらん!」

「「!!?」」

「見張りの兵士が足りないと言うのであれば、徴兵を増やせば済む話であろう? 足取りが掴めないなら、探索に優れた冒険者を雇え! 資金など、行く先々の村から強制徴収すれば良いのだ! 簡単な事を、グダグダ時間をかけて議論しおって」

「「…………」」


 うたたねを妨害された国王が怒り、声を荒らげて正論を撒き散らす。もっともらしい意見ではあるが……その議論は最初に可決された案件であり、詳細が定まらない状態であった。


「大体、グランドロフは何をやっているのだ!? 討伐に必要な権限は全て託している。それなのに……」


 対策がこれほどまでに難航している理由は『部隊の腰の重さと、対する相手の身軽さ』にあった。彼の魔人は、仲間の獣人との連携を断つどころか、占領した領地を手放し……単身で移動しながら各地の関所や奴隷収容施設を手当たり次第に破壊している。そしてその破壊の波は、徐々に王都へと近づいていた。


 対する王国軍は、彼の魔人に対抗できるだけの戦力を各地に分散配置出来るはずもなく……かと言って、主力部隊では魔人の機動力には追いつけない。現状に至っては、主力部隊が"運"頼みで待伏せ作戦を決行している始末。しかしその作戦も、ただ施設の"壁"を破壊して、そのまま逃走してしまう相手に対しては、目立った成果を挙げられずにいた。





「へぇ~、じゃあ私みたいな精霊の亜種って、森のエルフからしたら宿敵みたいな感じなんだ」

「そうなりますね。積み重ねてきた秩序を破壊する存在。人族で言う所のアンデッドに近い関係でしょうか」


 場所はリアス砦。そこには、何やら大きな道具と格闘するシロナと、それを補佐する少女たちの姿があった。


「個人と言うより、生理的かつ社会的に無理って訳ね……。それで言えば、私が嫌われる理由も納得かな」

「大陸によっては、異種族交流が盛んで、むしろ純血種を探すほうが困難な地域もあるそうですよ?」

「ん~、それはそれでって思っちゃうけど、実際のところどうなんだろうね?」


 木の枠に革を貼り付けて作られた鳥の様なモノを、ひたすら調整していく。


「みなさ~ん、そろそろ休憩にしませんか~」

「あ、リエル、ありがと~。よし! とりあえず、こんなところかな」

「しかし、何度見ても不思議ですね。これで、"空"を飛べるなんて……」


 調整していたのは"飛行機"だ。しかし、見た目は滑空を目的としたハンググライダーのソレだ。V字の翼に手すりや足を取り付けただけのシンプルな構造。


 転生者であるシロナには初歩的な航空力学の知識があった。しかし、原理が分かったところで作れるほど飛行機は単純な乗り物ではない。結果として、ただ滑空するだけのグライダーを作り、それを魔力操作で無理やり制御する……シロナにしか扱えない飛行機が完成した。


「いや、笑っちゃうほどの力技だけどね。いや、魔力技かな?」

「しかも、鳥のように早く移動できますからね」

「夜は使えないけどね~。暗すぎて」

「日中しか飛べないのは目立ってしょうがないと思いましたが……そうでもなかった様ですね」

「普通、空を見上げる事なんてほとんど無いし、パッと見は逆光もあって鳥に見えるからね~」


 少女たちがお茶と共に言葉を交わす。


 本来、この土地は戦果の炎にまかれ、この様な穏やかな時を過ごす事は不可能であるはずだった。しかし、それが出来ている。その理由として大きいのは『最前線から離れている』事が挙げられるが……本質的な理由は他にある。


①、グロー砦を守るアルザード将軍の判断で、リアス地方で活動する獣人や半獣人への対応が後回しになっている。


②、広大な土地を捜索するために冒険者を中心に多くの戦力が国に徴集され、グロー砦の復旧作業もあり、国はリアスに目を向ける余裕が無い。


③、リアスの街を中心とした"都市国家"が、平民の強い支持も相まって、獣人やソレラの経済活動を容認する方針となった。


④、リアスは名目上、紛れもなく"人族の領土"であり、税も納められている事から剣を向ける必要が無い。


 都市国家"リアス"は、人族の国に属しながらも、獣人の経済活動を容認している。それは、富を得た農民の意見に重みが増し、更には不当に益を吸い上げていた悪徳商会や役人がリアスから離れていった事も大きいが……リアスの街の"街長"が協和派に鞍替えした事が決定打となった。


 街長は、シロナに拉致された経験がある。しかし、その時は怒りで状況を冷静に見つめる余裕は無かった。しかしその後、軍に引き渡されてからの度重なる調書と言う名の拷問を経て……その体は痩せ細り、その思想は国から離れていった。最終的に解放された街長は、街に戻る事となり、それからは一転してシロナの主張に賛同する様になった。


「シロナ様、おかわりは……」

「あぁ、今日はこの辺で。あまり、時間も無いしね」

「もう、行かれるのですね」


 腹ごしらえも済み、シロナは仕上がったばかりの飛行機に手をかける。


「また、明日の朝には戻るから。朝ごはん、よろしく~」

「無理は、しないでくださいね」

「ご武運をお祈りしております」




 こうして、今日もシロナは人族の拠点を破壊して廻る。そしてその矛先は……王都へと届かんとしていた。

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