#030 番外編シロナ

「ん~、やっぱり強力な魔物が居ないってのは、良し悪しね」

「そう言うのは"辺境"に行かないとダメなのにゃ」


 冒険者風の装いに身を包んだシロナと、その肩に乗るニャアが、とある山道を進んでいく。


「これ以上の辺境って……」

「うにゃ?」

「いや、何でもないです」


 辺境の解釈に戸惑うシロナ。この世界の開発率は地球の比ではない。少し人里から離れただけでも樹海のような場所に出てしまう異世界において、シロナの常識はあまりにも無力だ。


「まぁでも、行ける範囲でなんとかするしかないのにゃ」


 2人はシロナの"能力検証"のために、まだ倒したことのない魔物を求め、この山に来ていた。


 シロナは『倒した相手の能力を限定的に習得する』能力を持っている。一見すると非常に有用で強力な能力に思えるが、実際には多くの難点を抱えた使いにくいものとなっている。


①、能力の対象になる条件が不明。例えば相手が毒蜘蛛の魔物なら、"毒"は得られるが、糸や爪でなど要素に加え、技能(技)なども対象外となる。


②、シロナの形状は変化しない。鳥を倒したとしても、翼が生える事はなく、もちろん飛べもしない。


③、効果が元の能力と若干異なる。毒なら、毒液等は出ず、触れた場所を直接毒で犯す。実際には毒を用いないので特定の毒に対する対策をすり抜け、さらには無機物や非生物も毒状態にしてしまう。


「ですよね~。そう言えばニャアちゃんって、出身は何処なの?」

「ん~、よく分からにゃいけど、たぶん海の向こうなのにゃ」

「??」

「もう、百年以上前の話にゃし……当時はまだ進化していにゃかったからにゃ」

「あぁ~」


 加えて、魔力生命体には進化の概念がある。ニャアも進化して今の状態になる前は、他の猫系の魔物と大差ない存在であった。





「岩山って言うと……やっぱり、ハーピーとか鳥系のイメージなんだよね」

「ん~、ハーピーは、聞いたこと無いにゃ~」


 山道も途絶え、道なき道を進む2人。先ほどまでの景色とは打って変わり、山は岩肌を露わにし、自生する植物は背の低い雑草ばかりとなった。


「別に、鳥じゃなくてもイイんだけど……何かソレっぽい臭い、しない?」

「嗅覚はそれほど万能じゃないのにゃ。何かいる気はするけど……やっぱり分からないのにゃ」


 この場は風の通りがよく、獣道と呼べるような痕跡も見当たらない。加えて相手が、飛行能力を有していたり、霊体やゴーレムのように有機物以外であったりすると、嗅覚はほとんど反応しなくなる。


「冒険者の知り合いでも居れば、ガイドを頼めたんだけどね……。私も、何かいる気はするんだけど、何だか、反応が弱すぎるんだよね」

「じゃあ、擬態が得意なヤツがいるのかもにゃ。そう言うのは虫系が多いけど……虫は、食性で全然臭いがしないヤツも居るのにゃ」

「へぇ~。やっぱり、ニャアちゃんは物知りだな~」

「ニシシ、もっと褒めてもいいのにゃ~」


 実際のところ、2人の探知能力には幾つかの欠点があった。嗅覚もそうだが、シロナは森育ちであり、魔力や一定以上の生命力を有しているモノの感知は得意だが……小さな虫や無機物に対しては視覚意外に感知するすべを持たない。


「ん~、いっそ、向こうから襲ってきてくれれば、感知できるんだけどね~」

「敵意を感知する、みたいにゃ?」

「そういう達人っぽい事はできないけど、なんて言ったらいいのかな……自分の魔力を軽く放出して、周辺に留めておくと、それに触れたものは手で触ったみたいに分かるんだよね。だから、死角から飛んできた矢とかも感知できるよ?」

「あぁ、なんとなく分かるけど、普通はそこまで薄くした状態では制御できないのにゃ~」


 実際のところ、シロナの魔力制御能力は他者とは次元が異なる。これは魔力と親和性の高い精霊種である恩恵も大きいが、その中でもシロナのソレは他者の追随を許さないほど高度なものであった。


「へぇ~。でも、私も見つけられないから、まだまだって事だよね」

「そうかもにゃ~」

「一応、スライムが何体か居るのは、分かるんだけどな~」

「…………」

「他は、全然。たぶん、魔力を持たない小さな虫とかが……」

「居ないのにゃ」

「え? 虫くらい、居るでしょ??」

「そうじゃないのにゃ。スライム、居ないのにゃ」

「え??」


 周囲を見渡せば、確かにスライムの姿は見当たらない。加えてスライムは、乾燥を嫌う習性があり、本来はこの様な場所に生息しない魔物であった。


「どの辺に居るのにゃ?」

「ん~っと、その辺の岩のところとか?」

「よっと。……居ないのにゃ」


 軽やかな足取りでニャアがシロナの指さす場所を確認するが、そこにスライムの姿はない。


「あれ? 確かに気配はするんだけどな~」


 そう言って気配のもとに歩み寄るシロナ。


 確かにスライムの気配は感じる。しかし、スライム自体が生命体として希薄な存在であり、小さな虫と同様に遠距離から正確な場所を特定することは困難であった。


「ん? もしかして……コレにゃ??」

「あっ、たぶん、それだね」

「「あぁ……」」


 2人の視線が何の変哲もない岩に集まる。岩と言えば確かに岩だ。しかし、よくよく見てみると……周囲の岩とパズルのように噛み合うような形状にはなっていない。そう、まるで『他の場所から同じような岩を持ってきた』様な印象だ。


「てい!」


 シロナが岩に手刀をお見舞いすると……岩は籠った音と共に砕けて、中からはゼリーで固めた砂の様なものが零れ落ちる。


「あぁ……これ、多分"ストーンスライム"なのにゃ」

「うわっ、名前だけで大体全部把握できそう」


 ストーンスライムとは、甲殻を持つシェルスライムの亜種で、その名の通り岩の殻に覆われている。乾燥した岩場に生息し、基本的に身動きする事は無く、土に含まれる僅かな養分と水のみで生きる、極めて無機物に近い魔物である。


「確か能力は……擬態と硬化だったかにゃ?」

「あぁ、うん。何となく分かった。なるほどね、擬態じゃなくて"空間同調"って感じなのか」

「??」


 世に誤解されているが、ストーンスライムに擬態と呼べる能力スキルは存在しない。岩と同化するのは、食べた岩の破片を排泄する過程で身に纏っているからであり、そこに魔力との関係は無い。本当に、貝に近い生命体なのだ。


「ちょっと見てて。……とう! や! たっ!!」


 不安定な岩場を自在に飛び回るシロナ。一見するとただの軽業だが、その光景には何処か違和感を感じてしまう。


「はにゃ? 足場が崩れていないのにゃ」

「そそ。岩場と同調すると、不安定な場所でも……なんて言ったらいいか、空間ごと足場に出来ちゃう、みたいな?」

「あぁ、半魚人が水面を走るヤツにゃ」

「え? どうだろ? たぶん、ソレだと思うけど」


 より正確に言うなら、シロナは岩場に魔力を浸透させ、自分の体を魔力で強化するように、岩場を魔力で補強したのだ。だから脆い岩場が崩れることはなく、反動も効率よく運動エネルギーに変換された。


 この能力は、半魚人しかり、ハーピーしかり、対象を限定すれば保有している魔物は存在する。これらは、形状による若干の非効率(泳ぎにくい・飛びにくい)を魔力によって補っている。そして、その原理を理解したシロナは、対象を限定しない状態で"能力"として習得したのだ。


「にしし、これにゃら……本気で走っても、道をボコボコにしなくて済みそうなのにゃ~」

「あぁ、はい。以後、気を付けます」


 因みにシロナや上位の獣人は、その豪脚により、頻繁に石畳や床を破壊していた。




 こうして、少しずつシロナの能力は増え、着実に強さを増していた。

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