#029 王と国の在り方①

「……? ……!!」

「……! ……!?」


 厳かな空気が満ちる神殿で、厳かな衣装を身にまとう老人たちが、円卓を取り囲み……同じような議論を永遠と繰り返す。


「ふぁ~~」


 しかし、その空間に1人だけ、"厳か"と言う言葉が当てはまらない男がいた。男は軽やかなローブをまとい、一段高い場所から円卓を見渡す。一応、彼のもとには豪華なテーブルと、金に輝くペンや印鑑などが並んでいるものの、そこに使われた形跡は無い。


「グリアス様のお考えは如何でしょうか? 仮にも国を代表する将軍が……」

「フン! くだらん。突然変異のゴブリンに傾倒するアルザードとガーランドは極刑、グランドロフは処分保留。もう1度だけ機会をくれてやる。それでよかろう? 何を悩む必要がある??」

「「…………」」


 円卓に動揺の色が走る。しかし、誰もその意見に反論を示すものはいない。


「不服か? だが、無能な輩に"将"を続けさせるほうが、よほど国益に反するだろう」


 男は絶えずもっともらしい意見を言う。しかし、そこには"現実"が伴っていない。現状を知りもしない、興味もない、そんな無責任な立場から……その場その場で客観的な意見を無責任に言い放つ。それが、この男の"在り方"であった。


「その、意見をよろしいでしょうか……」

「フン! 申してみよ」

「恐れながら問題となるのは……彼の亜人が"魔王の器"である可能性が高い所にあります。やはりここは、懐柔さ……」

「くだらん!!」

「「…………」」

「魔王降臨だのと、くだらない迷信に踊らされよって! この大陸は未来永劫、人族が支配する! そして、その国を支配するのが我! グリアスその人だ!!」

「「…………」」


 円卓……元老委員会は現在、魔王について2つの意見が対立している。1つは『伝承に基づき、新たな魔王に付き従う道』。そしてもう1つが『不確かな伝承を否定し、人族が大陸の支配者として君臨し続ける道』であった。


 王も含め、元老委員会は全員"反亜人"であり、人族、そして何より自分たちの繁栄と保身を望んでいる。そんな中で現れた魔王と思しき亜人の存在。本来ならば、対話し、臨機応変に対応すれば済む話なのだが……一度相手を"魔王"と認めてしまえば、その存在は"王"よりも格上となり、王も含め、元老院全員が亜人に平伏さなくてはならない。その屈辱が、彼らを歴史否定論者へと塗り替えていった。





「こうしてのんびりするのも久しぶりな気がするのにゃ」

「そうかなぁ……。そうでも無い気もするけど、そうかも~」

「2人とも、ダラけきっていますね……」


 リアス砦……の、隅っこ。そこには自生している程よい大きさの木を利用し、ハンモックに揺られるシロナとニャア、そしてその光景を呆れ顔で眺めるリザの姿があった。


「それで、グローの状況は、どうだったの?」

「あぁ、はい、聞いていたんですね。依然として小さな小競り合いは続いているようですが、大きな動きはないようです」


 グロー砦を破壊したシロナは、リアスに戻り、平穏な日々を謳歌していた。もちろん、賞金につられた冒険者などが定期的に挑戦しに来ることや、近隣の領地を納める領主から様々な形で圧力をかけられる事はあるが……抵抗らしい抵抗はその程度であり、獣人や志願兵のみで、グローの警備は事足りているのが現状だ。


「ごちゃごちゃ言ってた領主たちは?」

「口だけのようですね。少なくとも国から補助金が下りないかぎり、動くことはないかと」

「結局、お金や支持のために、亜人を批判しているだけなのにゃ~」

「そ、そのようですね」


 グロー砦でシロナは、行く道に立ち塞がった者のほとんどを殺した。しかし、逃走あるいは降伏する者は無条件でこれを許した。そこには3人の将軍も含まれており……実際のところ国は(勝算は別として)反撃を仕掛ける余力は充分に残っている。もとより、グロー砦はその様に造られた場所だ。


 しかし国に、大規模な反攻作戦を仕掛けてくる予兆はない。これは、シロナの力が"抑止"として機能しているのも大きいが……加えて、将軍を解放した事も小さくない要因となっている。王都に帰還した将軍たちは、少なくない非難を浴びる結果となったが、それでも王に次ぐ高位権力者の影響力は凄まじく、国の方針は『武力による早期決着』ではなく『長期戦も視野に入れた多角的な決着』へと移行しつつあった。


「問題は、商人の出入りなんだよね。そこのところは?」

「芳しくないようですね。リアスから出向く商人はそれなりにいますが……評判を気にしてでしょうか、入ってくる商人は極僅かです」

「やっぱり、1対1の状態だと、そんなものか……」

「1対1……ですか?」


 因みに、人族の騎士であるリザは現在、正式にシロナの陣営に所属している。もちろん彼女は、国を裏切った訳ではない。扱いとしては"客将"や外交官の様なものとなっており、騎士や貴族の称号も失ってはいない。


「世の中はね、シンプルすぎると逆にダメなの。嫌いな相手は戦って滅ぼせばいい。そんな風潮、健全とは言えないでしょ?」

「確かに、その通りです」

「じゃあ、そう言う事だから、グローは"放棄"で」

「はい?」

「だから、旧グロー砦の占領は放棄します。ガーランド将軍に書簡を送って、政治的な交渉でグローを譲渡する形で……」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! グローを放棄するのですか!?」


 シロナはグロー砦を破壊する際、アルザード将軍とガーランド将軍に計画を伝え、リザと同様に有事の際の窓口役として協力を取り付けた。


 もとより立場が危うかった2人は、グローの失態で"降格"以上の処分は免れない状況にある。しかし、汚名を返上する機会が早々に舞い込んでくればどうだろうか? 2人には、この度の失態に対し"処刑"を求める厳しい意見も上がっていたが……その様な意見が強くなったとしても『グロー奪還』の功績は、その処分を取り消すには充分であろう。


「シロニャは、最初からグローを守る気は無かったのにゃ。目的は、あくまでグロー砦の機能停止なのにゃ」

「え? それじゃあ……」

「グローから先に攻めあがる予定も無いよ。あくまで"占領"の形では、だけどね」


 シロナの目的は、当初より"共存"であり、人族の虐殺ではない。よって、効率が悪くなるグローより先への侵攻は、元より計画に無かったのだ。


「えっと……つまり、領土は(人族の)国に属した状態を維持する、と言う事ですか?」

「まぁ、そうなるね。もともと、獣人さんたちは面倒な取り決め(国の法律)に縛られる生き方は出来ないし、私やニャアちゃんも、村一つくらいなら何とかなるけど……国ってなると流石に手が回らないから」


 幾ら力があり、富を得て、求心力を得たとしても、それだけでは『数十万から数千万の人口と、広い国土』を支配する事は出来ない。もちろん、強引に土地を占領し、主権を主張し、王を名乗る事は可能だ。しかし、真の意味で国民から"王"と認められる存在になるには"歴史"が必要不可欠であり、それは一朝一夕に成し遂げられるものでは有り得ない。


「でも、それだけじゃまだ足りないのにゃ~」

「と、言いますと?」

「私は、今の王様のやり方を認めてはいない」

「…………」

「じゃあ、変えるのに必要な要素は何か? それには、人族、それも支配階級が全てって"考え方"そのものを書き換える必要があるんだよね」

「えっと……具体的には、どうする御つもりなのですか?」

「それはね……」


 シロナの見ているものは、目先の障害では無い。ましてや、宿敵の抹殺でも無ければ、富や権力でもない。あくまで望むのは『恒久的な平和』であり、そこには多様性を尊重し、程よい距離感を維持しつつ共存していく世界があった。




 こうして、シロナなりの支配は、和やかな雰囲気のもと、着々と進行していった。

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