#031 王と国の在り方②
「それで、ガーランド様から見て、彼の魔人が魔王である可能性は、いか程でしょうか?」
「"ミラルド"殿。この際、彼の魔人が真の魔王たりえるかは、重要ではありません。彼の魔人は、国が軍備を総動員してやっと倒せるかどうかと言う"高い戦力"を保有していながらも、政治的"改変"を望んでいるところにあります」
智将であるガーランドが、とある貴族と密会する。
「とは言いましても、やはり民衆を動かすものは"箔"にございます。彼の魔人を亜人として扱うか、それとも魔王として扱うか……。それは軽視できる問題にございません」
「やはり、其方は根っからの文官だな」
「出過ぎた発言を陳謝します」
「その必要はない。ミラルド殿の意見はもっともだ」
この貴族は、元老議員を補佐する文官の1人であり、直接、議会で発言する権利こそ持ち合わせていないものの……その立場にある者に"助言"できる役職に従事していた。
「恐れ入ります。しかし、そうなってくると……やはり、全面戦争は避けられないかと。その……」
「やはり王は、魔人に平伏すつもりは無い様すか?」
「少なくとも現状では……間違いないかと」
実のところ国は、彼の魔人に対し『全く勝算がない』と言う訳でもない。少なくとも、現在保有している最高峰の人材と、同じく国宝級の武具を惜しみなく投じれば、勝敗は五分以上に持ち込めるとガーランドは予測している。
しかし当然ながら、そこまでの投資を容認しては国が傾きかねない。加えて、この状態で他大陸から魔人や魔王が攻めてきた場合、それを対処するのは"不可能"となろう。それは、正常な思考能力を持った者なら容易に想像できる事実なのだが……不幸な事に、王も含め、この国のトップにその"正常な思考"を持ち合わせている者は存在しない。
「幸いなことに、彼の魔人はこれ以上の侵略行為を行わない。それどころか、占領した領地を返還してもいいと申し出てくれた」
「そ、それは誠ですか!?」
「もちろん、条件付きではあるがな」
「そこまで強いのに、その余裕。私としては、不安に思うばかりです」
「ハハッ、その意見には同意させてもらおう! それで、その条件が……。……」
彼の魔人の要求は以下の通りだ。
①、現在、各"街"は国の方針を拒否する権利を持たず、法案(街法)などを独自に制定する権利なども持たない。それを限定的に解除し、独自の裁量権を認める"憲法"を制定する事。
②、個人の意思を尊重し、思想の自由と、受け入れ先が認める範囲で移民(別の街に移り住む権利)を認める事。
③、職業選択の自由と、奴隷制度の廃止を"検討"する事。
「なるほど、昔あった"都市国家制"を再導入する訳ですね。しかし、言っては何ですが……形だけになる可能性が高いかと」
都市国家制とは、都市とその周辺の地域を1つの単位として、国のように扱う制度の事で……この国でも情報伝達能力が今よりも劣っていた頃に、迅速に街が各問題を対処できるように制定されていた法律だ。現在は、国の発展と共に、権力を元老院に集中させる目的で廃止となった。
「そこは問題ない。むしろ"形だけ従った"事にして憲法だけでも改正してほしいとの要望だ」
「何と言いますか……少し、彼の魔人の印象が変わりました。非常に、現実を見ているお方なのですね」
実際のところ、いきなり"変えろ"と言われて変われるほど、人の思想は単純ではない。これは、王や元老院もそうだが、それ以上に国民の意識改革は難しく、通常、数世代にわたって徐々に塗り替えていくものなのだ。
「あぁ、恐ろしいことに我々よりも"人心"と言うものを分かっている……と思えるほどだ。それでだ。まず、憲法改正を条件にグローを国に変換してもらう。もちろん、表向きはアルザード率いる対策部隊が奪還に成功した事にして、だ」
水面下で、彼の魔人の策略が直実に進行していく。これは、策略の完成度が高かったのも要因として挙げられるが……加えて、文官の中には『現実が見えており、将来のため現状を改善したい』と思う意思が多かったことも挙げてよいだろう。
「つまり、我々はお歴々方を説得し、交渉でグローを奪還する流れを作ればよいのですね」
「あぁ。それに、そうなれば手柄は政治的決断をした元老議員のものとなる。そうなれば、頭の固い連中も、少しは柔らかくなるだろう」
「ハハッ。それは確かに……。なるほど、分かっていらっしゃる」
「だろ?」
とは言え、ガーランドには結局言い出せなかった秘密があった。それは……第4の要求『現国王の処刑』であった。
*
「アルザード隊長! 旧グロー砦の占領、完了いたしました!!」
「ご苦労。それでは、復旧は別動隊の工兵に任せるとして……我々は、のんびり監視でもするか。一応、な」
「はっ! 了解しました!!」
旧グロー砦。元々岩山ではあるが、そこには砦の残骸である石材が一面に散乱しており……彼の魔人の強さを物語っていた。
「そんなに畏まらなくていいから。どうせ、獣人は攻めてこない。あくまで、体裁を整えるためだ。肩の力は抜いていけ」
「は、はぁ……」
部下の兵士は当然、作戦の概要を知っている。しかしそれでも、相手は死闘を繰り広げた魔人であり、素直に相手を信じ、気を抜ける精神状態ではなかった。しかし、アルザードはソレを信じており、兵士もそれを見て徐々にではあるが、意識が変化しつつあった。
「しかし本当に、全くの無防備とは驚いたよ。せめて、演技でもいいから適当な獣人でも配置しておいてほしかったんだが……」
「そう言うところは、本当に獣人を分かっていますね」
「そして、平気で嘘をつく人族も理解している。まったく、恐ろしい相手だ」
憲法改正の法案は、現段階では可決されていない。しかし、元老議員を納得させるため、アルザードが先行してグローを奪還した。当然、これは八百長であり、彼の魔人の"交渉の意思"が真実である事を証明するためのアピールだ。
「その、1つお尋ねしても、よろしいでしょうか?」
「ん? 1つと言わず質問してくれてかまわないぞ。なにせ、暇だからな」
「えっと、それではお言葉に甘えて……。例の法案は、本当に可決するのでしょうか?」
「それはガーランドの頑張り次第だが……俺は、勝算は高いとみている。なにより、交渉で領土を取り返すのは、文官としては誇らしい功績だからな」
王や元老議員は亜人のみならず、平民や人権も軽視しており、自分たちの特権のためなら平然と憲法も破る連中だ。逆に言えば、憲法すら自由に違反できるので、書き換え自体は痛くも痒くもない。ともあれ、交渉と言っても内容は彼の魔人に従うものであり、本来ならば可決は有り得ない。
「そう、ですか」
「納得していないって顔だな。まぁ、無理もない。"知識人"は本来、そんなバカな提案は相手にもしないだろう」
「そう、ですよね……」
「まぁ、そんなことは魔人からしたら、どっちでもいいんだよ。従おうが従うまいが、報復は……するんだから」
そう、彼の魔人は『領土侵攻を取りやめる』と言っているだけで、国の政治体制や、現国王への制裁姿勢は継続している。
グローから先の侵略が、物理的に非効率なら……そこから先は効率重視の侵略に切り替えるだけ。それだけの話なのだ。
彼の魔人……シロナの革命作戦は、着実に進行していた。
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