#026 赤き王道②

「(小学校の頃、やっている子、いたな……)」


 二ノ門をくぐるシロナは、上から降ってくる"人"を受け止め、漠然と前世を思い出していた。


「ぐっ!?」

「なぜ爆発しない!? どうなっている!!?」

「そんな、術式の起動は確認しています!」

「(ネタが分かっていて、罠にハマってあげる義理は無いんだよね)」


 人を爆弾に替える魔道具は、起動すれば確実に殺傷性のある効果が得られるわけではない。発動者の魔力を元に起動する以上、極端に保有魔力の低い者は発動までいけず、また起動途中に発動者が死亡した場合も発動できない。そして何より、遠距離攻撃で早々に魔道具が破損した場合も、発動しない。


「何をボヤボヤしている!? 次だ! 次を落とせ!!」

「まったく、人の命を何だと思っているのかしらね」

「??」


 シロナは受け止めた褐色の少女の拘束を解きつつ、優しく問いかける。


「アナタ、もしかしてダークエルフのハーフだったりする?」

「……はい」


 少女の身なりはあまりにも粗末で、兵士とはとても呼べない代物であった。そして何より、耳の形状がシロナと酷似していた。


「やはり、ある程度魔力適性の高い人じゃないと、充分な効果が得られないようね」

「?」

「ちょっと、跳ぶわよ」

「!!?」


 狭く入り組んだ通路を利用して、城壁を三角跳びで駆け上る。


「なっ! 亜人が壁を!? 工兵は何をやってる!!」

「ダメです、担当個所の工兵が、全員倒れています!」

「壁を登るのがズルなのは分かるけど……だからって罪のない人をポンポン落とされちゃ、たまらないのよね」


 二ノ門は、グロー砦の主郭に向かう山道であり、基本的な構造は『狭くなった一ノ門』と言ったところだ。そして城壁は、壁の上だけでなく、内部にも通路や部屋が作られており、除き口からの射撃や、壁を登る者を撃退する設備、あるいは必要な資材を保管する部屋が、等間隔に設置されている。


「魔法部隊! 魔法障壁を展開しろ! 対魔、対物理、両方だ!!」

「一応警告しますが、すぐに武装解除して投降……されても面倒なので、逃走するなら見逃します」

「魔物風情が、人の言葉を喋るな!!」

「栄えある王国軍たる我々が、ゴブリン風情に引く……」

「あっそ」

「「!!??」」


 魔法障壁があるにもかかわらず、次々と兵士が両断されていく。


「な! どうなっている!?」

「いや、術式は正常に……グフッ!」

「知ってる? 精霊種って、魔力の流れが見えるんだよ??」


 両断された兵士の足元には、僅かな溝が残っている。種明かしをすれば答えは単純で、シロナは地を這うような斬撃を放ち、魔法障壁の"穴"をついたのだ。魔法障壁は、全方向に全力で展開し続けるのは非効率であり、薄い面や、性質上展開できない部分がどうしても出てしまう。そして、魔力の流れを知覚できるシロナにとって、その急所をつくのは容易な事だ。


「あの、お姉さんは、私たちを助けて……くれるんですか?」

「ん? もちろん、助けてあげるよ? でも……」

「でも?」

「私の事、怖くないの?」


 たしかにシロナは少女を助けた。しかし、目の前で『大勢の人を殺した亜人』を素直に受け入れられるかは別の話であり……加えて、精霊系種族は人族以上に差別意識が強く、特に精霊系の"他"種族をより嫌う傾向がある。


「その、そういうの、よく分からないんです」

「?」

「いっぱい、こんな光景を、見てきたから……」

「そう……。じゃあ、とりあえず皆を助けて、ココを出ましょうか」

「……はい」


 少女は、酷く痩せこけてはいるものの、精神的には正常に見える。しかし、その瞳に光は無く、その状態は『全く泣かない赤子』の様だった。そんな少女に対し、シロナは多くを語らない。


「……! ……!?」

「…………」

「とは言ったものの、どうしたものか……」


 結局、助けた者は計3人。必死にワメく人族の男、そして、ただただ怯える人族の女、そして褐色の少女。様子はそれぞれ異なるが、一様に体調や精神面に不安を感じる見た目をしており、これを攻撃に特化したシロナが、1人で安全圏まで離脱するのはいささか不安が残る。何より、本来の目的を大きく逸脱する行動となる。


「その……」

「ん?」

「無理なら、せめて苦しまずに"処分"してくにゃにゃ……あにょ、にゃにを?」


 シロナは少女の頬を両側に引き、発言を遮る。


「私は神様でも無ければ、聖人でも無い。だから無理して敵や罪人まで助けようなんて思わないわ」

「チッ」

「…………」

「……はい」


 集められた3人は、あくまで『魔道具の適正を有する者』であり、中には分かりやすい罪人も混じっている。


「でもね、良い子は出来るかぎり助けたいし……無益な殺生も、出来ればしたくないの」


 見た目が罪人であったとしても、この場では本人の"不確かな"証言意外に身柄を証明する手段は無く、あったとしてもソレは過去の話だ。既に回心している可能性は捨てきれない。それを印象だけで判断し、命を奪うほど、シロナは傲慢ではない。そしてそれは襲い掛かってくる兵士にも言える事だ。襲い掛かってくる兵士を殺す事はいとわないが、捕虜を虐殺する趣向は無い。


「ゴタクはいいから、サッサと助けろよ! このさい亜人でも構わない! 人生、命あっての物種だ!!」


 ワメいていた男が、話に割って入る。シロナは、表情こそ崩さなかったが……纏う空気は酷く乾き、凍てついていた。


「アナタ、助けてあげるかわりに……あとで私の配下に加わって、国と戦える?」

「え? あ、あぁ、もちろんだぜ! こう見えても、腕っぷしには自信があるんだ!!」

「でしょうね」

「??」


 文章だけ見れば、実に頼もしいセリフだ。しかし、その言葉に重みは無く……彼が『同じことを繰り返してきた』事を雄弁に語っている。


「じゃあ、皆さんには3つ、選択肢を用意するわ。1つは……」


①、城壁内の通路を隠れて進み、国に帰る。兵士に見つかるリスクはあるが、逃亡できれば自由になれる。


②、同じく通路を進み、リアス側に逃れる。シロナの仲間は、降伏する者を攻撃しない。一時的に捕虜になるだろうが、後に改めて保護する。


③、シロナと共に主郭に向かう。同行して共に戦うのではなく『シロナが道すがら捕獲した捕虜』を装う。


「はぁ!? フザけんな! 途中で兵士に囲まれたらどうするんだよ!!」

「…………」


 男は何かにつけて文句をあげる。対して女は、耳を塞ぎ、真逆の反応を見せる。しかし、根本的な部分で2人の心理は一致している。確かに国は、2人を利用し、命を捧げる事を強要した。だが、シロナに付き従ったところで、亜人の世界に救いがあるとは考えていない。よって『安全に砦を出て、国に帰る』ための"手段"を考えた。


 男が考えたのは、嘘でその場をやり過ごし、砦を出たところで逃走する策であった。故に砦外までシロナの先導を求めた。対して女は、身をすくめ、互いが殺し合い、"時"が解決してくれる事を願った。


少女アナタはどうするの?」

「……運命の、導きのままに」

「えっと、私についてくるって事ね?」

「はい」


 主体性のない回答ではあったが……精霊種は種族的に、自然や神秘を尊重する傾向が強く、ある意味"らしい"反応であった。


「そう、じゃあ行きましょうか」

「…………」

「おい! ちょっと待てよ! 俺の話は終わって……」

「そこの兵士の装備、好きに持っていっていいわよ。あと、国側に行けば物資の一次保管庫がある"はず"だから、そこの物資も、自由にしていいわ」

「……あぁ、じゃあ、そう言う事で!」

「「…………」」


 欲に囚われ、元気を取り戻した男が……兵士の死体から装備を剥ぎ取り、元気に通路を駆けていく。


「あらためて、それじゃあ行きましょうか」

「はい」

「…………」




 女をその場に残し、2人はグロー砦の主郭を目指す。

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