#023 人族の火④

「獣人ども、ついに本性を現したか……」

「狼狽えるな! それよりも側面に注意しろ! 獣人の武器は機動力だ!!」


 グロー砦。ここは山岳地方・グローの地形を利用して建てられた防衛の要所。起伏があるのはリアスと同じだが、岩盤が剥き出しになっている場所が多く、視認性がよい。加えて『策と塹壕』『堀と城壁』『丘の上の砦』と三重の防衛体制となっている。


「警告する! 獣人ども、それ以上近づけば"敵対行為"と見なし、攻撃する! 繰り返す! ……! ……!!」


 最前線、最近になって建設された木製のやぐらから、兵士が上位獣人の一団に"警告"をもって制止する。これは明白な軍事的挑発だが、それでも相手が攻撃してこない以上、停戦協定はまだ有効であり、これを一介の兵士が現場判断で破棄する訳にはいかない。


「ハハッ! そう、カッカするなって。俺たちはお前たちに土産を持ってきてやったんだからな!!」

「な、何の話だ!!?」

「せっかちな野郎だな。ほら、"積み荷"を開放してやれ!!」

「「!!?」」


 獣人に続く荷馬車から、頭を麻袋で覆われた人々が続々と降りてくる。その手は縛られており、紐の先は次の者へと繋がっている。顔こそ確認できないが、体形から察するに人族であると思われる。


「おいデブ! こっちに来い、お前だ! お前だけ袋を外してやる」

「む~、む~!」


 先頭の肥え太った男に被せられた麻袋が、獣人の手で強引に剥ぎ取られる。


「なんだアイツ。おい! 誰か知っているか!?」

「いや、知らないな」

「しかし、なんだあの腹は、どれだけ食ったら、あれだけ太れるんだ?」


 体格的に、何やら身分の高い人物に思えるが……軽装であることも相まって、一般兵士では判断が出来ない。困惑する兵士をよそ目に、獣人は肥えた男を筆頭に、捕虜を砦へと向かわせる。


「むぅ! むぅむぅ!!」

「おい、アレって……リアスの街の、街長じゃないか?」

「「え? あ、あぁ……」」


 微妙な空気が立ち込める。言われてみればそんな気もするが、通信技術が発展していないこの世界では『権力者の顔を覚える』のは困難であり、身分証明には"紋"や証書を用いている。正直なところ、この場に居合わせた全ての者が、その顔を判断できずにいた。


「何をしている! 捕虜を回収しろ! 身柄など本人に聞けば済む話ではないか!!」

「「はっ!!」」


 遅れて登場したのは、本陣に待機していた指揮官。獣人襲来に合わせて閉じられた木製の門が開かれ、捕虜の収容を……待つ間もなく、使者と思しき軽装の兵士が獣人のもとへ駆け寄る。


獣人おまえたち! この行いは何だ!? 何か証書は用意していないのか!??」

「人族の礼儀なんて知るかよ。あと、さっきのデブはリアスの街長だ。停戦を無視して親分に喧嘩を売ってきたから、捕獲して引き渡しに来た。え~っと、あとなんだっけ?」

「相変わらず、記憶力が死んでいますね。え~、こほん、我々の要求は2つです。停戦協定を無視して武力行使した事の謝罪と賠償です」

「なっ!? な、何の証拠に!!」


 戸惑いながらも言葉を返す使者。実のところ、彼は大まかな裏事情を知っている。しかしそれは、来るべき停戦協定更新期限に備え『裏でシロナ陣営の戦力を削ぐべく妨害行為をおこなっている』所までであり、具体的な作戦内容までは(機密保護の観点もあり)把握しきれていない。


「あったとして、それを人族おまえは認めるのか?」

「なっ!?」


 そう、口では『証拠だ、証書だ』と言っているが、実際には認める(認可)意志は無く、揺るぎない証拠があったとしても見合った"シッポ"を切っていくだけとなる。


「つきましては、謝罪として……このグロー砦を要求します」

「はぁ?」

「ですから、グロー砦を貰います。これを拒否すると言うのであれば、停戦協定を破棄したと見なし、即座に侵攻を再開します」

「はぁ??」

「どうしますか? 無条件で砦を渡しますか? あるいは命をして抗いますか??」

「……!! 捕虜を取り押さえろ! その中に刺客がいるぞ!!」


 僅かな時を置き、使者が振り返って全力で砦に駆け込む。つまるところ、これは"宣戦布告"なのだ。そしてなぜ、手間をかけて街長を引き渡したのか? それは『捕虜の中に刺客を紛れ込ませ、城門を突破する』策であると使者は判断したからだ。





「刺客って何の話だよ?」

「簡単な話です。自分なら"どうやってこの砦を攻めるか?"を考えたのです」

「俺たち、いつから人族になったんだ?」

「なっていないので滑稽な話……いえ、我々の誇りを侮辱する屈辱的な判断ですね」


 逃げ帰る使者を眺めつつ、獣人が冷静な目で砦の動向を見守る。


「おい、捕虜が袋叩きにあってんぞ」

「文字通り、袋を被せたまま殴打していますね」

「なぁ、アレって、殺したのが俺たちのせいになるパターンじゃね?」

「でしょうね。刺客ならそれで"良し"。要人なら、我々に殺されたことにする。嘘つきの人族がよく使う策です」

「ホント、人族ってクソだよな」

「経済力や組織力は素晴らしいですよ? そこに品格が伴わないだけで」

「でもリアスで大勢の人族と話したが……案外、末端は普通、俺たち獣人と大差ない印象だったな」

「つまり、頭がゴミだったわけですね。指導者に恵まれなかった、あるいは"上"に立つのに向かない種族性なのでしょうね」


 続々と兵士があつまり一触即発の状況を、獣人たちは穏やかな気持ちで見守る。これは種族の"気質"も影響しているが、大きいのはやはり『先手を取れている精神的優位』があるからであろう。


 街長の捕獲もそうだ。それまで武力行使を全く行わなかったシロナ陣営への警戒は非常に緩く、当然のように街長は普段通りの生活を送っていた。そこでシロナは、私服で街に(壁から)侵入し、何食わぬ顔で役所に(窓から)侵入し、最上階の一番豪華な部屋に居たデブを麻袋に詰め込んだ。それだけの話なのだ。


「まぁいいや。そろそろ俺も仕掛けるかな~」

「ボスの課題を忘れてはいませんよね?」

「わかってるって。俺としては、手っ取り早く、ドーンと行って、ドカーン! ってのが好みなんだけど」

「その、ドーンドカーンの内容は分かりませんが、我々の狙いは砦ではありません。それを、くれぐれもお忘れなきよう」




 こうして、停戦協定はシロナ陣営が仕掛ける形で破棄される事となった。これからも人族の妨害工作やグロー砦での攻防は繰り広げられるが……少なくともシロナの視界は、前だけを見ているようでは無いようだ。

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