#024 人族の火⑤

「ところでガーランド。例の魔人は、いつ来るんだ?」

「言うな、私だって読み違える事はある」


 ここはグロー砦を越えた先、シロナ陣営との本格的な戦闘に備えて建設された、補給用の簡易拠点だ。


「グロー砦に出現しなかった所までは当たっていたが……。どうやら、魔人は独立国を建国を重要視しているようだ」

「しかし、領地や主権を維持するのに、軍事侵攻や威圧的な外交は必要不可欠。停戦協定を(実質)先行して破棄した判断からして、遅かれ早かれ何処かの段階で大きな衝突はあるはずだ」


 シロナ陣営は以前、三角州の砦を放棄してリアス砦を占拠した経緯がある。それを踏まえて将軍2人は、シロナはグロー砦を飛び越え『その先の拠点に仕掛ける』あるいは『挟撃の形を作り短期のグロー砦攻略』を狙うと考えた。よって2人は、グロー砦の総指揮を他の将軍に任せ、シロナの遊撃に対抗するための体制を整備していた。


「報告します! 対魔人用、魔法部隊の編成が整いました!!」

「ご苦労。では、そのまましばらく待機させておいてくれ」

「は、はぁ……」


 グロー砦での実戦に心構えを固めていた兵士が、思わず気の抜けた返答をかえす。


「そう、死に急ぐ必要は無い。イクサでは、私情や名声に捕らわれた者から死んでいく。それに、言っては何だが……」

「「…………」」

「いえ、あ、その……」


 2人に向けられた視線の意味を悟り、兵士が畏縮する。2人は、王都から魔法対策に長けた部隊を呼び寄せた。しかし、"一軍"と呼べるほどの精鋭は、手柄欲しさに(呼びもしないのに)やってきた他の将軍に持っていかれてしまった。よって、2人が指揮する魔法部隊は新人や、混血などの訳アリの隊員で構成される形となった。


「まぁ気にするな。むしろ、最前線に立たずに済んだと喜べばいい。それに……」

「タイミングは見誤ったが、間違いなくあの魔人は動く」

「だろうな。それに、今度は"手心"も見込めないだろう」

「??」


 2人は、自分たちに代わってグロー砦を守る将軍の"手の内"を理解している。そして、シロナの人となりも少なからず理解していた。それを踏まえた上で、近日中に『将は焦って、相手を見誤る』と予測した。


「これだから魔法使いに指揮を任せるのはダメなんだ。地形的な戦略ばかりで、相手の心理を疎かにする」

「まったくだ、地位と名声に囚われ、手段を選ばず手柄を求める。結果、相手にまで失望されるのだ」

「はぁ……」


 しかし2人は、失敗が目に見えていながらもソレを止めようとはしない。それは『権力を誇示するためにライバルを蹴落とす』為ではなく、その作戦が『国が求める模範的な対処』であり、それに異を唱えれば"また"左遷されてしまうと理解しているからだ。


 そして2人は……自軍の将や国の"在り方"に嘆き、国民として無条件に国を信じ、献身を捧げる事に疑問を抱くようになっていた。






「みんな~、お待たせ。新しい捕虜を連れてきたよ~」

「うっす! お疲れさまです!!」

「姐さん、今度はどんな"ワル"をひっ捕らえてきたんすか?」

「えっとね……。……?」


 グロー砦の周囲には、敵の襲来を察知するために簡易の見張り櫓が点在していた。シロナたちは、それらを占拠した後、その1つを"拠点"として活用していた。


「む~、むぅ!」

「何言ってるか分かんねえけど、安心しろ。お前たちは、ちゃんと国に帰れる」

「まぁ、なぜか袋叩きにあいますけどね」


 縛られているのは、リアス各地で集められた"危険人物"だ。その基準は『人族側の工作員』や『過激な反亜人派の要人』などである事。シロナは、各地の亜人共和派(自分たちに好意的な農民)の申告により選定された危険人物リストをもとに選定し、彼らを捕獲した。


「うぅ!? う、うぅー」

「まぁ、死にはしないから安心しろって。いや、その後の"処分"は知らないけど」

「ですね。拷問して我々に何か喋っていないか調べた後、用済みと言う事で密かに処分される可能性が高いでしょうね」

「むぐ! うっ、うぅ!!」


 捕まえた捕虜が、本当に危険人物である保証はない。もちろん、彼らが共和派を何かしらの形で弾圧、あるいは差別していた予備軍であることは確かだが……それだけでは個人的な思想から来る弾圧と区別がつかない。しかし、それの実状を知る者がグロー砦に在中しているのは確かであり、その者から見れば、一時的に捕縛された捨て駒の工作員を生かしておく理由は無い。もし、生かして再利用をすれば、次は寝返る可能性が高いからだ。


「しかし、姐さんもよくやりますね。わざわざ、こんなクズたちを生かしておくなんて」

「何度も言っているけど、何でもかんでも、悪人だからって短絡的に殺しちゃだめよ? 結局、善悪なんていくらでもひっくり返っちゃう流動的な価値観なんだから。都合よく自分たちを正当化するんじゃなく……。……!」


 シロナの目指すところは『悪の断罪』ではない。そして何より、短絡的な正義感を振りかざす意思が存在しない。正義の心は諸刃の剣だ。正義に囚われ、悪を捌くことに快楽を覚えれば……いつしか人は"ミイラ取り"になる。


 シロナはソレを理解し、より良い国を造るため、何よりも"品格"を重視した。そして、その行いは……保守派の心を打ち、過激派の気持ちを軟化させる事に繋がっていく。


「しっかし、だからと言って、堕とせる砦を"わざと"堕とさないってのはなぁ……」

「では、アナタはあのような石の砦に引き篭もりたいのですか? ワタシは御免ですね」

「いや、それもそうなんだけどさ……」


 シロナが本格的にグロー砦を攻めない理由は『リアス地方の反亜人勢力の摘発』意外にも様々な理由があった。その理由として大きいものが3つ。


①、獣人と石の砦の相性。グロー山脈も含め石や岩が多く、それらは爪や素足で戦う獣人とは相性が悪い。


②、グロー砦はリアス方面からの防御に特化している。つまり、グロー砦は作為的に王都方面からの攻撃に脆弱な造りになっているのだ。


③、グロー山脈の先は平地が広がっており、守るべき"面"が増える。逆にグロー砦やリアス砦は、地形の影響で一方向からの侵略を注意すれば済んでいた。もちろん、少数部隊ならいくらでも山や海を経由して侵入できるが、軍を効率的かつ密かに運用するのは困難を極める。


「大変です姉御!!」

「どうしたの? 慌てて」

「それが、(グロー砦で)小競り合いをしていた獣人れんちゅうが、人族に返り討ちにあって、徐々に戦線を押し返されていやす!!」

「ほほぅ。人族もやっと、骨のある連中を投入してきたか」

「よっしゃ! そう来なくっちゃ!!」


 劣勢の報を受け歓喜する獣人たち。しかし、彼らの将であるシロナの表情は険しい。


「いや、それが……連中、奇妙な魔道具を使っているようで」

「…………」

「魔道具だぁ!? まったく、人族は神聖な戦いを何だと思ってやがるんだ!!」

「はぁ~、一気にテンション下がっちまったぜ」

「もしかしてその魔道具って……これくらいの、水晶じゃなかった?」


 シロナが記憶に残る魔道具の特徴を伝える。


「へぇ、そうでやんす。よく知っていますね、流石は姉御だ」

「それで、使うと使用者の魔力を強制的に吸い上げ……爆発する」

「そうでやんす。負けるくらいなら死を選ぶ心意気はいいが……勝者を称える意思が無いのはいただけないっすね」

「なるほどな、守るモノのために己が命を捧げる。武人ではないが"軍人"である事は認めよう」


 決死の攻撃に対し一定の理解を示す獣人たちだが、ただ1人、静かに震える将がいた。


 たしかに『守るモノのために命を賭ける』行為は美しいかもしれない。しかし、それはあくまで『本人の自由意志』が前提にある場合のみだ。強制あるいは洗脳されてソレをおこなうのは、倫理的に許されざる行為であり……ソレを容認している国は『理性的な国家』とは呼べない。


「突然の話で申し訳ないのですけど……」

「「??」」

「方針を変更してグロー砦を堕とします」

「よっし!!」

「テンション上がってきたぜ!!」

「あ、あと……」

「「??」」

「ついでに、王城も堕としちゃいましょう」


 正義や倫理は流動的であり、不変的な価値観ではありえない。グロー砦を守っている将も、見方を変えれば……自ら前線を指揮し、犠牲を払ってでも国を守るために戦う"良い"将だ。確かに多くの犠牲は出しているが、現実問題として何の損害も無く強敵を倒すのは不可能であり、時として非情な決断を下す覚悟は必要不可欠と言えよう。


 しかし、欲に目を曇らせ、眠れる竜の逆鱗を蹴り飛ばしていては世話はない。




 こうしてシロナは『人族の国をリセットする』決意を固めた。

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