#021 人族の火②

「おう、オッちゃんたち、なかなかやるじゃねぇか! 次の宮に進んでいいぞ!!」

「「よっし!!」」


 めっきり挑戦者が減った12宮を、初老の戦士が勝ちあがっていく。


「はははっ! なかなか面白い催しを考えるじゃねぇか!!」

「相変わらず暢気だな、アルザード。こっちは獣人相手に力比べで、もう……」

「そんな楽しそうな顔で言っても説得力がないぞ、ガーランド。ともあれ、腹も減ったから一度戻るか」


 人族の将軍として最高位に名を連ねる2人が、粗末な衣を纏い、額に汗を浮かべて試験に臨む。


「2人とも、今日はこれで上がりかい? なんだったら、一緒にどうだ!?」

「「……………………」」


 杯を傾けるジェスチャーをみせる獣人を前に、2人の時が止まる。人のことを言えた義理は無いが、それでも敵対している異種族を気軽に食事に誘う感覚は、一般的には理解されないものであろう。


「あ、あぁ、下の屋台だよな?」

「そうそう、2人とも始めてだろ? オススメを教えてやるぜ!」

「あ、あぁ、では、頼む」

「よしよし、そうと決まれば早速行くぞ!!」

「「ちょっ!?」」


 モっフモフの腕が、2人の首に絡む。


 敵を知るためにこうして冒険者のマネ事をしている2人だが、流石にこの状況は理解の範疇を越えていた。


「まぁ、遠慮するなよ! お前さんたち、軍人だろ? それも、かなり格上の」

「「!!?」」

「ハハッ! 見た目だけかえて何になる? 獣人おれたちの鼻を甘く見てもらっちゃぁ困るぜ!!」

「それで、俺たちをどうするつもりだ?」


 歴戦の猛者である2人の背中に、酷く不快な汗が流れる。獣人は臭いで、最初から2人が冒険者でない事に気づいていた。


「だから、メシに誘っているじゃねぇか! しっかし、人族にもお前たちみたいに自分の体を使って戦うヤツがいたんだな! 感心したぜ~」

「「あ、あぁ……」」


 しかし、それは彼にとって些細な問題だ。相手の種族、性別、年齢に関わらず、自身に1対1で力試しを挑んだなら、それは須らく武人であり、戦友となる。


 知識としては理解していたが、それでも獣人の"武"に対する姿勢に改めて感銘を受ける2人。獣人は、ただ純粋に感動していただけなのだ。


「いいのか、俺たちと仲良くして?」

「ん? ウチのボスは、そういうの全然気にしないぞ? それに、知ってんだろ? 下で屋台をやっているのが、ウチのボスだって」


 そもそも、この獣人もシロナと戦い、その強さに魅せられて彼女の元についた余所者だ。そこには"武"や"覇"を目指す、純粋で、少し子供っぽい意志しかなかった。





「串焼き、おかわり~」

「こっちはカラアゲだ! カラアゲをくれ!!」

「姉御、後生だから、後生だからエールのオカワリを……」

「ダメ、お酒は1日1本まで!」

「そ、そんなぁ~」


 山道を下ると、そこには夕方を迎え、昼間とは違った顔を見せる屋台広場の姿があった。


「おぉ、なかなか賑やかじゃないか」

「獣人や冒険者だけでなく、近隣の村人か? 人族どうほうも多いな」


 種族や地位の垣根を超え、共に同じ机で、同じ食事を囲む。中にはハメを外す者もいるようだが、それでも同じ"人"同士、同じ時を分かち合う。


「多くはないさ。俺たち獣人や、獣人を擁護する者は、他に行き場が無いから……普段はソレを隠して過ごし、たまにこうやって集まって憂さ晴らしをする。それだけだ」


 しかし、この賑わいもリアスの街の規模を考えれば、まだまだ"小規模"と言わざるを得ない。しかし、それでも種族差別の激しい人族の国での事情を考えれば、異例中の異例と言えるだろう。


「なるほどな。指導者の人徳……なのだな」

「…………」


 アルザードの呟きに、ガーランドが言葉を失う。それは指導者にとって必須とされる資質の1つであり、自身が仕える国が失ってしまったものだ。


「なにシミったれた顔してんだ! ほら、食え食え! 俺のオススメは、このクラーケン焼きだ!!」

「お、おぉ……」

「これは、初めて見……」

「いいから食え!!」

「「!!?」」


 有無も言わさず、熱々のクラーケン焼きが口内に押し込まれる。


「あつあつあつあつ」

「ハフハフ、みず、水を!」

「「ギャハハハハハ」」


 洗礼とばかりに、熱さに悶える姿を一同が笑いと共に見守る。


「もう! みんなイタズラ好きなんだから。2人とも、大丈夫ですか?」

「「あぁ、すまな……い!!?」」


 そして、介抱してくれた白い少女の顔を見て、さらに絶句する2人。


「はわわ、驚かせちゃいました?」

「いや、何でもない、気にしないでくれ」

「えっと、お嬢ちゃん、助かるよ」


 慌てて、少女の正体に気づいて"いない"フリをする2人。苦し紛れではあるが、それでも2人がお忍びで敵戦力を探っている事実は変わらない。


「こちらこそ、ごめんなさい。あの子たちは、あとで"生き埋め"にしておくので、どうか許してあげてください」

「あ、あぁ!?」

「い、生き埋めって、お嬢ちゃん、ぶっそうだね」

「ぼ、ボス、生き埋めは勘弁してください!!」

「アナタ、これで何度目? 新しい挑戦者には毎回たこ……じゃなかった、クラーケン焼きを突っ込んで!」


 まるで、母親と子のようなやり取りを繰り広げる2人。周囲も『いつもの事』と言いたげな雰囲気で、そのやり取りを聞き流す。


 そして獣人は、少女との他愛のない口論の後、茜色の空に打ち上げられた。


「「!!?」」

「はい、みんな~。楽しくゴハンを食べるのは良いけど、イタズラに使うのはダメ。わかった?」

「「うっす!!」」


 2人は、文字通り人が打ち上げる光景に驚き、その"在り方"の異様さに驚愕し、畏怖する。


「ほんと、重ね重ね、ごめんなさい。お代は、サービスさせてもらいます」


 そしてこの謙虚さ。2人はこれまで、数え切れないほどの強敵や権力者を目にしてきた。しかし、それらとは次元の違う"何か"を、このあどけない少女は確かに持っていた。


「いや、その、お気になさらず」

「あ、あぁ。その、良い経験ができた。むしろ、感謝したいくらいだ」

「そうですか? そう言ってもらえると助かります。それじゃあ、ゆっくりしていってくださいね」

「「あ、あぁ……」」


 しかし、2人には譲れないものがあった。心の中に芽生えた意識を再び深い場所に仕舞い込み、少女と、そこに集う戦力、そしてその周囲を取り巻く経済を打ち崩す策に思いを巡らせる。


「あ、美味い……」

「ふっ、もう冷めてしまったというのに……下手な宮廷料理よりも、美味いではないか」


 冷めかけたクラーケン焼きが、また1つ、また1つと口内に運ばれる。続いて、屋台で売られている全ての料理が口内に運ばれる。




 2人は、二度と食べられないであろう料理の味を胸に刻み……その日のうちに、第二防衛ライン・"グロー"へと向かった。

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