#020 人族の火①

「久しいな"アルザード"。生きているうちに再会できて嬉しいよ」

「相変わらずだな"ガーランド"。まったく、この重要な時期に国内に戻されるとは、思っても見なかったぞ」


 港で、風格のある初老の戦士が挨拶をかわす。2人の雰囲気は至って和やかだが、周囲には視界を埋める程の兵士が、無言で膝をつき、首を垂れている。


「お待ちしておりました、アルザード様、ガーランド様、指令がお待ちになっておられます」

「おいおい、久しぶりの帰国だって言うのに、のんびりと葉巻を吸う時間も無いのか?」

「そ、それは……」

「そうイジメてやるな。我々が招集を拒否すれば、コヤツの首が飛ぶことになるぞ?」

「下級兵の首1つで葉巻が吸える、とも言えるな」

「なるほど、融通のきかない伝令を淘汰しつつ、一服できる。これはなかなか良い案だ」

「ヒィ……」


 伝令だけでなく、司令官の意向すら無視する2人は……人族にその名を轟かせる歴戦の将軍、剛腕のアルザードと迅速のガーランド、その人だ。


「今回の招集、どうみる?」

「どうとは、"例の魔人"の事か? それとも政治の事か??」


 魔人とは、魔力生命体の中で人族と同等以上の知性と、一定以上の社会性をもつ種族であり……これには亜神であるニアも含まれるが、2人が話題にあげているのは亜神すら従える統率個体、シロナに対してだ。


「出来れば魔人だけに集中したいのだが、そうもいかんのだろ?」

「そうであろうな。流石に、元老院も正面から敵対するようなバカではないだろうが……」


 問いかけるのは剛腕。見るからに武闘派であり、"大陸最強"とまで呼ばれた武人であるものの、大局を見て物事を判断する冷静な一面も持っている。


 そして答えるのは迅速。武のみならずまつりごとにも精通しており、軍師として彼の助言が幾度となく勝利を引き寄せた。


 2人は過去、大戦で幾度となく互いの窮地を救い合った盟友だ。しかし、王の交代に合わせ2人はそれぞれ海外に派遣された。もちろん、荒事も少なからず予想されたが……それでも『戦争をしていない海外の国に、最強の武将を派遣する』のは、厄介払いに他ならなかった。


「ワシが危惧しているのは……」

「首輪をかけてこい」

「っと、王から勅命を受ける事だ」

「だろうな」


 人の"欲"は底が知れない。それは『高い地位、使い切れない富を持てば満たされる』と言うものではなく、むしろ持った者ほど顕著になり、いつしか"身の丈"が見えなくなる。


「あ、あの、そろそろ……」

「「……………………」」


 伝令が膝をつき、ダラダラと脂汗を流しながら進言する。しかし、2人はあえてソレを無視する。この2人もまた貴族であり、元老議員に次ぐ地位を持っている。しかし、それはあくまで軍閥貴族としての地位であり、同位の貴族間、特に元老議員やその支持派閥との間で少なくない軋轢がある。これを分かりやすく噛み砕いて言えば『海外に飛ばしてくれた連中への嫌味を態度で示している』わけだ。


「まったく、毎度毎度軽々しく……」

「それ以上は言うな。分かっている」


 2人が何より許せないのは、本来"王でない者"に勅命を受けている点だ。王の交代で、本来、継承権を持たない者が王位についた事は、高位の貴族なら誰もが知る事実。しかし、それを公にするのは、最高位の将軍である2人の権力をもっても許されない。2人は、(前国王の支持派閥ではないので)先の一斉処刑を免れたが……文官や軍人など、前国王を支持していた者は、地位や能力を問わず一律に粛清された。


「わかっている。まったく、連中はどれだけ優秀な人材を黄泉に送れば気が済むのだ?」

「そう言えば、この前読んだ書物に……悪しき組織のかしらは、幾ら殺してもヒュドラのごとく新たな首に挿げ替わるゆえ、殺しても無駄だとあったな」

「して、お前はどう思った?」

「確かにトップが入れ替わって終わるのは変わらんが、オツムの中までは……」

「ふっ、それ以上は言うな。分かっている」

「「フッ!」」


 人族の国は、権力を巡って前進と後退を繰り返してきた。この愚かな行いの原因は"民族性"から来るものだが……その民族性を顕著にしてしまった原因は『国として争う相手が居なかった事』と『海外の国から見向きもされていなかった事』が上げられるだろう。その結果、欲望を律する意識が薄れ、他種族を一方的に卑下し、権力者は限られた富を巡って同族同士で争い合った。





 馬車がガタガタと音をたて、林の中を進んでいく。しかし、その行く手を1本の倒木が阻む。


「困りましたね、これじゃあ馬車が通れません」

「大丈夫、私に任せて」


 意気揚々と馬車から飛び出すシロナと、その姿を見守る犬系半獣人のノア。2人はこの日、近隣の村へ買いつけに向かう途中であった。


「ふ~ん。なるほどなるほど」

「ご主人様、どうかしましたか?」


 倒木の根元を見れば、斧で切り倒されたような跡がある。これは『何者かが故意に道を塞いだ』と見て間違いないだろう。


「それは……えっと、その前に、その"ご主人様"っていうの、やめてくれない?」

「えぇ、だってシロナお姉様は……!? ご主人様!」

「うん、わかってる」


 話の途中で、表情をけわしくするノア。彼女の鼻は、見た目こそ人族に近い形状をしているが、その嗅覚はその比ではない。


 そして、その鼻が人族の臭いを感じ取った。それは、道に残った残り香ではなく……木々の陰に隠れて迫る者の気配においだ。


「へけけ、この距離で気が付くとはな」

「おい、女だ! 女が2人もいるぞ!!」

「ぐへへ、命が惜しければ……。……!」


 現れたのは、みすぼらしい服装に、欠けや錆びの目立つ剣を携えた"野盗"。


「えっと、耳ざわりだから、喋るのを止めてくれませんか?」

「うぅ、この人たち、すごく臭いです」

「ハハッ! 威勢のいいネエちゃんだ! どんな声で鳴くか楽しみで仕方ないぜ!!」


 人族の兵士は陰口こそ囁くものの、表だって剣を、それもシロナ本人に向ける事はない。何故なら、兵士はシロナの正体を知らされており、尚且つ『休戦協定を順守せよ』と通達されているからだ。


 しかし、平民、あるいは税金さえ納めていない野盗となれば話は違ってくる。彼らは見た目で判断が容易な純血の獣人を(勝てないので)襲わないものの、弱そうな老人や女性は嬉々として襲う。そんな彼らの目には、シロナとノアが"か弱い少女"に見えたようだ。


「ん~、普通に殺しちゃって、大丈夫なのかな……」

「むしろ、半殺しにして村に引き渡せば、謝礼がもらえるかもしれませんよ!?」

「なるほど、その手があったか。でも、全員は、ちょっと多すぎるよね?」

「あはは、そうですね~」


 野盗を無視し、女性同士で話が盛り上がる。その雰囲気はとても和やかなものだったが、その内容はとても物騒なものだった。


「さっきから何を楽しそうに話していやがる! 状況、分かってんのか!?」

「かまやしねぇ、サッサとヤっちまおうぜ!」

「だな! 行くぞ、野郎ども!!」

「「おぉぉ!!」」


 悪臭を放つ男たちが、波となって少女に押し寄せる。しかし、その波が少女のもとに届くことはない。


「アィェェェぇぇ! 足が、俺の足が!!?」

「なんだ、なんなんだよ、どうなっていやがるんだ!?」


 血・唾・尿。男たちが、体から出せるであろうものを全て撒き散らしながら、自分たちに訪れた突然の"絶望"に驚愕し、発狂する。


「あ、でも、この人たちが悪人だって、信じてもらえるかな?」

「え? どう見ても、野盗だと思いますけど」

「見た目はそうでも、兵士みたいに"兵士だ"って証明するものを持っていないでしょ? そうなると、悪人だと分かっていても、勝手に善良な平民を殺したって、言われちゃうかも」

「あぁ、亜人わたしたちを嫌う人に、ですね」

「そう、それ!」


 2人は、狂人でも無ければ、常識を欠く野蛮人でもない。しかし、根本的に別種の生命であり、人族に対して『同種族に向けるような慈愛』の精神は存在しない。あるのは常識と、個別に育まれる愛情のみ。2人にとって"人族の命"とは、他人が飼うペット程度のものであり、野盗相手では"野生化した害獣"ほどまで格が落ちる。


「そうなると、皆殺しにして(見られる前に)埋めちゃうのが1番ですね」

「OK! それじゃあ、パパっと埋めちゃおう!!」

「はい、ご主人様!!」


 額に汗を浮かべ、コマ切れにした野盗を埋める2人。




 そして……その光景を彼方から監視する人影。


「あの攻撃、どう見る?」

「確証はないが、まず間違いなく純粋な魔力による攻撃であろうな」




 こうして戦いの火は、僅かな煙を漂わせつつも、着実に熱を増していた。

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