#016 塗りかえられる国境②

「姉御、捕まえた捕虜はどうしますか?」

「ん~、身ぐるみ剥いで、その辺に捨てといて」

「うぃ~っす」


 リアス砦。ここは三角州を渡った先にある、人族が設定した国境の最終防衛ラインだ。


「ボス! 捕虜をそのまま解放してしまうのですか!?」

「そのままじゃないよ。全裸だから」

「にしし、人族は身体能力が低いから、いくら居ても全裸じゃ戦えないのにゃ~」


 人族は、国境が曖昧な三角州地帯に3種類の国境を設定した。1つは、獣人の領地内、つまり占領目標となる国境。もう1つは三角州内に作った占領の中継となる砦。そして最後の1つが、本来の国境であり、人族の領地を守るための要となる"防衛用"の砦だ。


「つか、人族って、靴が無いと走れないってホントか?」

「走れない事はないけど、まぁ、マトモには走れないかな?」

「マジかよ!? どんだけ弱っちい種族なんだ……」


 リアスは小高い台地であり、リアス砦は本来、地形を利用する形で、多くの兵士と潤沢な装備や設備で固く守られている。しかし、その兵士の大半が駆り出されてしまえば、守りは途端に脆くなる。結局のところ、身体能力に長けた獣人にとって、城壁や堀による"地形的防御"はあまり意味が無いのだ。


「人族を侮ってはいけませんぞ。確かに素足ではロクに走れもしませんが、誰でも使える高性能の靴を量産し、いざとなれば足を失っても道具で足自体を補う。つまり、人族の武器は"物量"なのです!」

「それじゃあやっぱり、解放しちゃマズいんじゃないっすか?」

「ん~、それはそうなんだけど、人族はそれだけじゃ語れないんだよ。その物量の根幹は、組織であり、感情なんだよね」

「「??」」


 人族は、三角州に大量の軍を送り込んだことにより、リアス砦は致命的なほど手薄になった。それでも、軍は"リアスの街"から出発し、リアス砦を通過する形で進攻しているので、本来ならば擦れ違い、途中の何処かで戦闘になっていたはずだ。


 しかしそれは"軍"として進攻していた場合であり……少数精鋭のシロナ陣営は、相手の出方を見て、容易にソレを回避してみせた。そして、手薄になったリアス砦を極短期間で占拠したのだ。


「まぁ、砦の外に居た兵士とか、すでに大量に逃がしちゃってるし、いまさら数十人くらい、気にしない気にしない」

「そうっすね~」


 因みに保護した獣人の子供は、部族と交渉し、3分の1は部族に引き渡している。そして残った者の半数は、そのままシロナに付き従い、残りは周辺の森に隠れ住まわせ、成長を見守る事となった。


「しかし、結局(三角州に向かった)兵士、来ないっすね~」

「ボスの予想があたりましたね」

「だから、組織ってものは、そう言うものなんだって」

「まったく、攻める場所がちょっと変わったくらいで、なんで諦めちまうんだよ!」


 人族は2千の兵をもって三角州の砦を奪還したのだが、その兵団を即座にリアス砦に向かわせることはしなかった。正規兵を中心とする兵士を三角州に残し、徴用兵を(リアス砦を大きく迂回する形で)1度帰還および解散させた。


 奪還を試みなかった理由は数あるが、あえてその中で1つあげるとすれば『指揮官にソレを指示するだけの権限(金銭的な問題も含めて)と気概が無かった』ためだ。彼の指揮官も、若ければ、あるいは少数部隊で行動していれば……ある程度柔軟で、衝動的な行動もとれたかもしれない。しかし彼の指揮官は、それだけの事をする"若さ"や"志"は持ち合わせていなかった。


「まぁこれからは、留守にすることも多くなると思うから……もし挑戦者が来たら、その時は予定通り"出来るだけ"殺さずに、適当に相手してあげて」

「冒険者や、賞金稼ぎっすね。暗殺者はどうします?」

「そう言うのは殺しちゃって。でも、下っ端の兵士は基本的に生かして帰してあげてね」

「「うぃ~っす」」


 人族はまず、シロナや直属の獣人、そしてリアス砦の奪還に対して、各種ギルドにクエストを発行した。これにより、向こう見ずな若い冒険者たちが、賞金や名声目当てでリアス砦に挑戦するよう仕向けた。


 この事で、挑戦を受けた獣人が負傷、あるいは戦死する可能性はあるが、それは"生粋の戦士"である彼らにとっては望むところであり、問題にはなりえない。


「シロナの姉ちゃん! 例の騎士が来たよ!!」

「はぁ~ぃ。直ぐに行くから、中に通してちょうだい」


 そう、若く、志と柔軟な感性を持っている騎士なら……行動を起こすことも間々ある。





「いやはや、この度は完全に出し抜かれてしまいました。まさか、砦を放棄して、別の砦を落としに来るとは……」

「まるで、将棋でしょ?」

「「??」」


 リアスの砦の城壁の上、テーブルを囲うのはシロナとリザ。そしてその背後に、それぞれのお付きが2人の安全と、言動を監視する。


「申し訳ない、そのショーギとは何ですか?」

「いえ、単なるボードゲームです。興味があるなら後日ルールを……。……?」


 そよぐ風を受け、2人が和やかにカップを傾ける。その様子は、傍から見れば友好的に見えるが、その胸の内には複雑怪奇、当の本人も説明できないほどの感情が渦を巻いていた。


 そんなやり取りに痺れを切らしたのか、お付きの1人がリザをせかす。このお付きたち、立場としては騎士であり交渉役の補佐だが、裏では国からリザの監視を指示されている。つまり、この度の失態は『リザの裏切り』である可能性も考慮に入れられているのだ。


「リザ様、そろそろ本題に入られては?」

「あぁ、わかっている。それで、話は戻るのですが……国は、まずシロナあなたがリアス砦を占拠した理由と、そもそもの目的を伺いたいと思っております」


 実のところ、リザとしてもリアス砦を占拠されたのは予想外だった。確かにリザは、シロナの過去を知る"理解者"となったが、だからと言ってお互いに守る者を裏切れるわけもなく、具体的な指示や非公式な交流は行っていない。


「そうですね。まず、私は現在の政治体制や、現国王を認めていません」

「そう、ですか……」


 リザは当初『シロナの正体や兵力などの情報を素直に伝える』よう指示された。そしてリザは(問題が大きすぎる前国王の暗殺問題を伏せ)上官が求める情報を持ち帰り、そのまま真実を伝えた。2千の兵は、実際に『シロナを魔力切れに追い込みつつも倒す』のに必要と予測された兵力だったのだ。


「よって、私の要求は2つです。現在の国王と政治体制の根本的な改革、そして……」

「「??」」

「人族の国を分割、最低2つ、出来れば3つに分断したいと思っています」

「「なっ!!?」」


 現国王の解任要求は、リザのみならずお付きの者も(他国からは常々言われている事もあり)予測するところだった。しかし、自分が新たな王になるわけでもなく、他種族の主権を主張するでもなく、国の分断要求をするのは予想を遥かに超えていた。


 しかし、裏事情を知っているリザは、その目的を聴き、不謹慎にも心が洗われる様な感覚を覚えていた。


「なるほど。それでは、リアス砦を占拠したのは、新しく作る国の領地とするためですね」

「はい、その通りです」


 そう、シロナの目的は、三角州、そしてリアスを拠点に、(獣人系)混血種族の国を作る事であり……同様の計画を、次は精霊系でも行おうと考えていた。




 こうして、まだ"国"として認められていないものの、シロナたちの国造りははじまった。

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