#015 塗りかえられる国境①

「そろそろ砦が見えてくるぞ! 総員、再度装備を点検! 後に、移動陣形から……! ……!!」


 石造りの橋を前に、一目では到底数えきれないほどの兵士が、その口々、そして胸の内に、これから起こるであろう戦への決意を固める。


 そして、その傍らに、部隊を指揮する騎士や上級兵士が集まり、最後の調整作業をおこなっていた。


「まったく、強力な亜人と言うからどれ程のものかと思えば……まさか相手はゴブリンだったとはな」

「ホブゴブリンのロード個体ですか? 珍しいのは確かにそうですが、それが獣人を従えるとは……」

「ここまで来て、今さら憂いだところで何になる? なに、真相など戦ってみれば分かる事。我々は、それを指揮し、結末を見届けるだけだ」

「まったくもって、その通りでございます!」


 しかし、斥候を出していこう、建設的な議論がなされる気配はない。


「恐れながら申し上げます。彼の亜人、シロナを軽んじるのは危険です!」

「リザ君、その忠告は幾度となく聞いた。それとも何か? この2千の兵では不服と言うか?」


 集められた兵士の数は2千。その大半が街や周囲の農村から招集された一般人であり、装備もお粗末と言わざるを得ない状況ではあるが……それでも数人の亜人相手に動員される兵数としては異例と言える人数だ。


「数の問題ではございません! 心得のない農民に剣を持たせたところで、彼の者たち相手では役に立ちません。どうか! イタズラに民の命を……」

「はぁ~。やはり、キミには再教育が必要なようだ。上位の亜人相手の戦いを、何も分かっていない」


 上官とリザの思い描く戦略には、根本的な部分に致命的な齟齬がある。それは『犠牲を良しとするか否か』だ。


 人族は確かに、身体能力では他種族には敵わない。しかし、多くの勝ち星をあげ、大陸の大半の土地を占領したのは、他でもなく人族。その戦術の根幹は、なんと言っても"物量"であり、そこには人的資源も含まれる。


「今ならまだ間に合います! 集めた徴用兵に先行させる作戦は……」

「くどい!! 今更戦意を削ぐような発言は、騎士として、軍人として、配慮に欠けると言わざるを得ない。しかたない、やはり君には……」


 絶対的な力を持つ魔力生命体の対処として"有効"とされている方法は『魔力を枯渇させる』事だ。結局のところ、絶大的な力の源は"魔力"であり、それは無限のエネルギーではありえない。つまり、それを消費させてしまえば人族でも対等に戦えるのだ。


「いやはや、リザ様は若いですな~」

「ぐっ!」


 初老の兵士が暴言を吐く。いくらベテランの兵士とは言え、貴族であるリザに対してこの物言いは、許されざる行為だ。しかし、それを咎めるにも、上官の顔色は無視できない。


「ほほう、では、何かいい案でも御ありかな?」

「誠に持って恐縮ですが、例えばこの様な策は、いかがでしょう。……。……?」


 示し合わせたような素振りで、2人が事を運んでいく。実のところ、既にリザはこの流れと、導き出される結論を理解している。


「(栄えある貴族、栄えある騎士がこの体たらく。本当に、この国に未来あすはあるのか……)」

「……! よって、リザ君には前線指揮を任せたいと思う! 喜べ、キミには悪しき亜人の首を持ち帰る"誉"を与えよう!!」


 つまるところ、前線の指揮を任された老兵士が、上官に袖の下を渡し、目障りな新人にリスクの高い任務を押し付けたのだ。上官からしてみれば、自身の懐に纏まった金銭が入るほか、新人が戦果をあげようが戦死しようが、成果は上官である自分の手柄となり、失態は現場を指揮していた(新人ではあるが)上級指揮官の責任に出来る。


 そして、新人騎士のリザに、上官の命令を拒絶する権利は……


「はっ!! 前線指揮の任、謹んで賜ります」


 無い。






「……しましたが、砦に人影はなく、無人、あるいは"無警戒"であると判断します」

「そうですか。それでは、予定通り、第一部隊の突撃を開始しま……」

「その! 恐れながら、相手の出方が分からない以上、闇雲に攻めるのは、その、得策ではないかと……」


 斥候が、恐る恐るリザに進言する。


「相手の戦力は、片手でも指が余るほど少数です。我々が進攻することは相手も知らないわけですから、相手の事情で警備が手薄、あるいは主要戦力が留守にしている可能性も充分にあります」

「な、なるほど……」

「見えない敵に怯えて好機を逃すのは愚行です。即座に砦を占拠し、砦の城壁や設備を利用して戻ってきた亜人を迎え撃つ! なにか、この作戦に異論がありますか?」

「いえ! 滅相もありません!!」


 相手が"1対多"を嫌い、室内での遭遇戦を挑んでくる可能性はあるが、それはあえて言わない。もちろん、作戦には相手が室内戦を仕掛けてきた場合のプランも存在するが……結局のところ、第一陣の仕事は威力偵察であり、相手の出方を"身をもって"後続に伝えるのが仕事であるためだ。





「報告します! 1班から3班、敵と遭遇しないまま、目標ポイントの捜索を完了しました!!」

「4班から6班も同じく、敵影無し! 砦は完全な無人であります!!」

「やはりそうですか。それでは、各班は……。……!」


 進攻作戦は、敵影無し。無人の砦を第一陣が難なく占拠する形に終わった。


「騎士リザ! これはどういうことだ!!?」

「はっ! 砦はもぬけの殻でしたので、無事、奪還でき……」

「そんな事は見ればわかる! 例の亜人は、どうしたと聞いているのだ!!?」

「(それこそ聞く相手を間違えているだろ)」


 そこに駆けつけたのは後方に待機していた上官をはじめとする騎士や老兵士たちだった。


「まぁまぁ、被害もなく砦を奪還できたのですから、良いではありませんか」

「そんなわけがあるか!!」

「「!?」」


 怒り狂う上官の態度に、事情を知らない兵士たちが困惑する。


 それもそのはず、この戦いに招集した人員への報酬は"出来高払い"であり、つまり『全員生き残った状態で目標達成』されると、それだけ支払うべき報酬が跳ね上がってしまうのだ。もちろん、死亡したらしたで遺族補償が必要になるのだが、この国の法律では未成年や纏まった収入のない者に支払われる補償は(収入ベースで計算されるので)微々たるもので……逆に成功報酬は、何割かが戦死する事を見越して多めに謳う形になっている。


「あぁ……例の亜人の動向について推測するに……」


 仕方なく助け船をだすリザ。中には金銭的な事情を察する者も居たが、これに関しては前線を指揮していた指揮官(リザ)に責任を押し付ける訳にもいかず、皆が揃ってリザの話に乗る形で話題をそらす。


「おぉ、リザ様、何か思い当たるフシが!?」

「例の亜人は、上位の獣人を従え、奴隷商に掴まった子供の獣人を保護していました。つまり、亜人の目的は"一定数の奴隷を保護する"事であり、それが達成したので、砦を放棄して依頼主の獣人集落に子供を引き渡しに行ったのではないでしょうか?」

「「おぉ……」」


 もっともらしい理由に、兵士が口々に賛同の言葉を漏らす。


「そうか! すぐに集めた兵士を砦の周囲に展開させろ! 亜人は再度、この砦に戻って来るぞ!!」

「「!??」」


 たしかに、契約を再度取り付け、再び砦を占拠しにくる可能性は存在する。しかしそれなら、わざわざ砦を放棄する意味は無く、そこには『戻ってきた亜人に徴用兵を殺してほしい』と言う願望が込められていた。


 少なくとも、このまま集めた兵士を返せば、上官は多額の成功報酬の責任を取らされる形で、減給や降格などの処罰を受けることになるだろう。


「大変です!!」

「「!?」」


 そこへ、軽装の兵士が青い顔で飛び込んできた。


「ほ、報告します! 亜人が、件の亜人が出現しました!!」

「やはり来たか! 総員、迎撃態勢! 亜人を迎え……」

「そうではありません!」

「「!??」」

「亜人は河を迂回し、"リアスの砦"を占拠! 本格的に人族われわれの領地の占領を開始しました!!」

「……はぁ?」


 一言で言えば『肉を切らせて骨を断つ』。つまり、"三角州の砦"と言う囮を、部隊はまんまと掴まされたのだ。




 余談だが、この歴史的な失態の責任を取る形で、上官は王都にて、公開処刑される事となった。

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