#014 継がれない王の血④

「よし、こんなものかな」


 シロナは、小川で1人、捕らえたエモノの下処理を済ませる。


「ん~、勿体ないけど、まぁ、仕方ないよね……」


 エモノは(傷みやすい部分のみならず)食べやすい部分を選んで、残りを全て土に埋めて廃棄した。これは狩りの作法として、褒められるものではなく、シロナも後ろ髪を引かれる思いはあったが……だからと言って住処を長く離れる訳にも行かず、やむを得ない行為であった。


「まったく、折角住み慣れてきたのに、ホント、無粋な人たちね」

「「…………」」


 木々の影から、冒険者とも兵士とも違う、迷彩色のローブを身に纏う戦士が現れた。


 あの夜から、冒険者を装った"追っ手"と何度か遭遇し、そのたびに戦い、住処を移す生活が続いている。


「アナタたち、言葉は話せないの?」

「「…………」」


 しかしそれ以降、本格的な進攻はなかった。これは、部隊を指揮していた貴族が『暗殺は成功したが、首や指輪の回収には失敗した』と上に報告したからであり、大きく作戦規模が縮小したためであった。


「でも、やる気はあるみたいね」


 シロナは心の中で毒づきながらも、処理した肉を川に投げ捨てる。


「(どうみても暗部。それも精鋭部隊って感じね。って事は、他の王族は、もう……)」


 これまで、大きな部隊や精鋭部隊が差し向けられなかったのには、他にも理由がある。それは、ターゲットが他にもいたからであり、目標が達成されれば、その戦力が他に廻される事となる。


「悪いけど加減は、出来ないから、ね!!」

「「!!?」」


 一瞬で1人がバラバラに砕けて転がる。速さもそうだが、刃物を持っていない相手に斬殺されるのは、暗部組織からしても異様な光景だろう。


 思わず部隊は、剣を前に突き出し、迫りくる斬撃に備えてしまう。


「ところでアナタたち、三十六計って知ってる?」

「「??」」


 部隊が困惑する隙をつき、全速力でその場から逃走をはかる、シロナであった。





「まさか、近衛までもがグルだったなんて……」

「さて、ルリエス様、コチラへ。城まで、丁重にお送りします」

「今更!? なるほど、兄様たちは亡き者に出来ても、指輪の認証には失敗したようね」

「いえ、これはルリエス様の御身を慮って……」

「白々しい演技はよして頂戴!」


 ひと際豪華な鎧に身を包んだ騎士たちが、ルリエスを取り囲む。そして……その傍らに力なく倒れる2人。


「そうですね。ルリエス様には、"グリアス"様の継承式典に参列していただきたいのですよ。もし、協力していただけるのなら、私の方から隠れ住む屋敷と、生活に不自由しないだけの……」

「どれだけ私を愚弄すれば済むの? そんな分かり切った嘘を信じるほど、私はバカじゃないわ!」


 短剣を向けて決別の意を示すルリエスだが、当然、力でどうにか出来る相手でない事は、互いが理解していた。


 しかし、以前の襲撃の様に有無を言わさず殺そうとしないのは、王位の指輪の『継承に必要な魔術認証に難航している』からに他ならない。指輪は『王族なら全員が所有している』ようなものではない。それ自体が複製不可能な魔道具であり、認証には所有者の同意が必要となる。


 極端な話をすれば、王族が何人か生きていても、指輪の所有者(王と王位継承権保持者)が全員死去してしまえば、その時点で王位継承は不可能となるのだ。よって王族は、自身が指輪を継承しているか否かを隠し、最後の最後は自決の道を選ぶ。


「そうですか、それでは、ひじょ~に心苦しいのですが、姫を拘束し、じっくりお話を"キク"! 必要があるよ~ですね~」

「ヒッ」


 騎士の表情が、およそ気品とは無縁の表情に塗りかわる。そのおぞましさはルリエスの想像を絶するものであり、思わず声が漏れてしまう。


「キモッ!? 無理、生理的に絶対無理!!」

「「何者だ!!?」」

「ごめんルリエス、ちょっと手間取った」


 現れたのは、全身に返り血を纏ったシロナ。シロナは一目散にルリエスのもとに向かう"フリ"をし、慌ててソレを追う相手を仕留める策で、追っ手を撃退していた。


「チッ! これだから寝込みを襲うしか能の無い連中は嫌いなんだ」

「2人は大丈夫!?」

「まだ息はあるけど……それより、気を付けてシロナ! その気持ち悪い人、剣の腕は確かだから!!」

「顔を犠牲にして、強くなったってことね」

「言ってくれるな。お前が、報告にあった亜人か。どれほどのものかと思えば……フヒヒッ!」

「「ひッ!?」」


 女性の精神に、著しい嫌悪感を植え付けていく騎士。





「ハハッ! たしかに身体能力は凄まじいが、それだけだな!!」

「グっ!?」


 多勢に無勢な事もあり、苦戦するシロナ。しかし、幸いなことに騎士たちにルリエスを傷つける素振りはなく、お互い決めきれないまま時間が過ぎていた。


「戦いにおいて重要なのは、心・技・体の3つだ。そして、魔物のオマエにあるのは、生まれながらに授かった"体"の優位のみ。私から言わせれば、お前の"武"は、武にすらなっていないのだ!!」

「まぁ、その辺は否定しないけど、ね!!」


 たしかに力や速度はシロナが勝っている。しかし、その攻撃は、イナし、躱されてしまう。


「そこだ!!」

「なっ!?」


 一瞬の隙をついた騎士の一撃が、シロナの肩を切り裂き、白い肌を赤く染める。


「やはりな。オマエの身体能力は一時的なブーストに過ぎない。つまり、隙をつけば攻略は可能だと、言うことだ!!」」


 赤い糸による防御を盾に、なんとかここまで取り巻きを削り、攻防を続けてきたが、ここに来て防御を貫かれるようになった。


「ぐぅ!? それじゃあ、これは、どう!!」

「なんの!!」


 糸を飛ばすも、その攻撃はギリギリで回避されてしまう。魔力感知に長けた者にしか見えないはずの、その攻撃をだ。


「アナタ、もしかして魔法使い?」

「ふっ、剣の道を舐めるなよ! 視界に頼らずとも、攻撃を読むことは可能だ」


 たしかに騎士は、赤い糸を視認できていない。しかし、糸を操っているのはシロナの意志であり、そこには意識の隙や、予備動作が生まれてしまう。騎士は、その"流れ"を読み、防御の隙や攻撃の初動を感覚的に見抜いていたのだ。


「あぁ、もう!!」


 足を止め、防御に徹するシロナ。


「小賢しい! 攻撃を捨てて、何ができる!?」


 連続攻撃の末、騎士の一撃がシロナの首を捉える。


「どうしたの? 今なら、首を落とせるんじゃない?」

「チッ!」


 シロナの首に"張り付いた"剣を諦め、騎士は後方に飛び退く。


「経験不足なのは認めるけど、伸びしろがある事も、忘れないで欲しいわね」


 次の瞬間、首に張り付いた剣が力なく地面に落ちる。シロナの首に斬り込んでいた部分は、無数の小さな穴が開いていた。


「えぇい! 何をやっている! 絶え間なく攻め立てるのだ!!」

「「はっ!!」」


 襲い掛かる騎士たちを、シロナは微動だにせず迎え撃つ。


「「!!?」」


 赤く輝く腕が、振り下ろされた剣を受け止め、握りつぶす。


 赤い閃光が駆け抜け、騎士が持つ剣はバラバラに切断される。


 赤い波紋が広がり、騎士たちが血を吐きながら倒れる。


「なるほどね。なんとなく、分かってきたわ」


 シロナが発する赤い糸は、実のところ"糸"ではない。それは質量を持たない魔力の流れであり、レーザー光に近い特性を持っている。故に単体では、物を受け止めたり、引っ張ったりする動作には使えない。そして、形状が糸を模しているのは、魔力を圧縮するための"1つ"の答えであり、発想の起源が蜘蛛の魔物の能力を見よう見まねで再現しようとしたからに他ならない。


 つまるところ、防御に力を回すのは非効率で、集中さえ出来ていれば形状はある程度変更可能なのだ。


「フン! 非常識め、これだから魔力生命体は嫌いなんだ」

「観念しなさい。もう、アナタたちに勝ち目はないわ」


 既に騎士たちは満身創痍。赤い波紋を受け、全員が死、あるいは瀕死の状態となっている。


「そうかもな……。しかし、オマエは1つ、大きな誤算をしている!」

「??」


 騎士が懐から謎のクリスタルを取り出す。すると、生き残った他の騎士も、同じクリスタルを掲げだした。


「ダメ! あれは!!」

「え!?」


 ルリエスが気づいた時には、もう手遅れだった。





「死なば諸共、ですか……」

「えぇ、指輪の継承のために命ばかりは、っと思っていた私がバカだったのです」


 騎士が最後に取った行動は、爆裂術式が仕込まれたマジックアイテムによる集団自爆攻撃だった。


「そんな事は! それに、お恥ずかしながらその騎士は、多分、我々の更に上、王族に仕えるはずの近衛騎士です。その者たちが……」

「一応、その時にはもう、指輪は私の"中"に隠していたのよ。ルリエスが攫われた時の対策も、込めてね」


 ルリエスは、シロナとの会話の中で"何か"を悟り、積極的に王家の秘密を伝え、指輪を預けた。


「それなら! なおの事、この事実を!?」

「それはダメ」


 静かに、それでいてハッキリとリザの申し出を断るシロナ。


 結局のところ、完全に腐敗した政権相手に正規の方法で対抗するのは無駄でしかない。では、なぜソレを分かっていながらリザに打ち明けたのか? それは『人族側の協力者』を作るために他ならず……もしリザが、信用に足る人物では無かった場合は"普段通り"の対応をするつもりであった。




 こうして、シロナは秘密を打ち明け、新たな協力者を手にした。

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