#013 継がれない王の血③
「シロナは料理が上手いのね」
「いやまぁ、これでも、自炊していましたから」
苔むした森の奥、そこには追われるものが束の間の安らぎに頬を緩ませる姿があった。
「前々から思っていたけど、シロナって独特の言い回しが多いよね?」
「そうかな? そうかな……そうかな」
「フフ、こんな深い森で暮らしているのに、博識だし、妙なところで優しいし。ホント、面白いよね」
「ちょっとルリエス、なんだか含みを感じるんですけど!」
「おい、ルリエス"様"と……」
「もう、私がお願いしているんだからいいじゃない。それに、シロナは住む世界が違うんだから、私たちの価値観を押しつけるのは違うわ」
「ですが……ツッ!」
「ほら、無理すると傷にさわるわよ」
しかし、ルリエスと呼ばれる少女の御供である、2人の負傷は未だ癒えない。いや、今後時間をかけて治療したとしても完全に元通りになる事は無いだろう。それくらい、2人の傷は深いものだった。
「ごめんなさい、私に治療系の能力があれば……」
「シロナが責任を感じる必要は無いわ。それに、こうして生きているのはシロナの助けがあってこそ、なんだから……ね?」
「ぐっ、その通りでございます」
あの後、戦いは本気を出したシロナの手で、一方的な展開となった。しかし、それでも数の有利は相手にあり、それは"撤退"にも効果を発揮した。結局、四方に逃げる兵士の追跡は諦め、騎兵が残した馬を使い森の奥へと逃げる形で今に至る。
「しかし、それでもシロナの能力は、なんともチグハグと言うか……」
「そうですね。我々と対等に語れるほどの知能を持っていながら、攻撃面に能力が極端に片寄っているとは」
「その、私の能力って、そんなに珍しいものなの?」
そう言ってシロナは右手を軽く掲げると、そこにはどこからともなく現れた赤い糸が巻き付き、やがて右手と一体になる。
「魔力を練り上げたものを攻撃や身体強化に使うのは……まぁ、珍しいわね」
「普通は、そのまま放出するか、直接身体強化に使いますからね」
「その点、シロナの場合は一度放出しているから、状況に合わせて攻撃や防御だけでなく移動にも使える汎用性があるわね」
「ん~、でも、便利な反面、加減がきかないんだよね」
「それは……魔力を圧縮しているから仕方ないわね。弛めたら、解けてしまうわけだし」
「ですよね~」
ルリエスには、シロナが生成する赤い糸が見えている。しかし、これは人族には珍しいだけで、視覚的な魔力感知に長ける種族なら可能な芸当だ。ルリエスが懸念しているのは、そこでは無かった。
「それよりも、気になるのはもう一つの能力ね」
「あぁ、これ?」
そう言ってシロナは赤い糸をほどき、地面に生えていた草を引き抜く。するとそれは見る見るうちに紫色に染まり、ほどなくして完全に干からびて散ってしまった。
「それだけ見ると、アンデッド系なんかが使う"ポイズンタッチ"ですね」
「でも、シロナの場合は別ものよ。これは、もっと高い次元で"何か"で毒化させているわ」
この能力に関しては、ルリエスの目をもってしても感知は出来ない。つまり、視覚的には確認できないほど高度な魔術処理がなされているか、あるいは魔力以外の"何か"をやり取りしている事になる。
「でも、何でも"覚えれる"わけじゃないんだよね……」
「見事に、攻撃的な能力ばかりですね」
「うっ」
シロナのもう1つの能力は『倒した相手の能力を限定的に会得する』もので、現在は森で倒した魔物から得た『毒・麻痺・斬・打』の4つの能力を攻撃に付与できる。しかし、森からほとんど出たことのないシロナには、それ以上の魔物と戦う機会は無く、能力の検証が出来ていないのが現状となる。
「(この能力、まさか……)」
「?」
「いえ、なんでもないわ」
「あぁ、それと、魔物や魔人って、能力と性格、そして見た目がある程度一致するって言われていますね」
「そうね。シロナみたいに、性格と能力がチグハグなのは珍しいわ」
「そうなんだ……」
当然のことながら、腕力を手に入れるなら、重い体と太い腕があれば済む話で……そこで軽い体と細い腕に無理矢理魔力で腕力を確保するのはアンバランスだ。一応、狭い洞窟で暮らすノームを起源とするドワーフは同系の特性を持っているが、シロナにその条件は当てはまらず、摂理に反するのは変わらない。
時に魔法は物理法則を超越するが、それでも魔法には魔法の"法則"があり、物理現象の影響を受ける事実は変わらない。
「あと、何故か魔物や魔法の知識は抜けていますね」
「うぅ……」
「まぁ、魔物が高い知能を持つことは、珍しいだけで"無い"わけじゃないわ。察するに、シロナは土地神や、高位の精霊に近い存在だと思うの」
シロナは3人に気を許しているものの、前世の記憶があることは打ち明けていない。これは、この世界に存在しない科学技術から生まれるであろう要らぬ災いを危惧する意味もあったが……それ以上に、分類上は野生動物に近い存在であるところの"魔物"であるにもかかわらず、高い教養を持っている事に疑問を抱かれていない状況が大きい。
「ん~。私、親とか居ないし、どうやってこの世界に産まれたのか、全然わからなくって」
「そうなると精霊がこの世界に具現化する際に、何かの拍子に受肉したパターンになるのかな?」
「そうですね。それなら、最初から知識を有しているのも頷けます」
「そ、そうなんだ……」
実際の所、言葉や魔力操作など、前世の記憶があるだけで説明がつかない事もあり、シロナもその仮説に納得してしまう。
「ってことは、シロナは"神様"ってことになるわよね?」
「え? なるの??」
「すくなくとも、それに相応しい力と、倫理観は持っているかと」
「そもそも、神様って……なんぞ?」
「えっと、それは……。……?」
この世界の"神"は主に3通りの意味がある。
①、干渉不可能な高次元生命体。宗教などで取り上げられる絶対神や創造主などの、三次元環境では存在が証明できない存在。
②、干渉可能な高次元生命体。高位精霊や概念存在などの、認識は出来るが根底部分は干渉不可能な存在。(天災も限定的に含まれる)
③、高位の三次元生命体。信仰により神格を得た存在(守護者)や、魔王などの限定的な超越存在。
③には例外として、突然変異で産まれた上位種族(ハイ○○)や統率個体(○○ロード)の中でも取り分け強い個体を異種族の守護者として神扱いする場合がある。
「それじゃあ私は、突然変異で産まれたゴブリンの上位種族ってこと?」
「そうなるけど、精霊って自然現象に近い種族が多いから、結構分類がハッキリしない種族でもあるのよね」
実際の所、精霊は"動物"くらいに大雑把な分類であり、ウンディーネなどの大精霊や矮小な妖精、他にも亜人のエルフ、魔物のゴブリン、霊体のエレメンタルなど、多くのものを含む分類となる。シロナの見た目は、確かにゴブリンに近いが、頭脳や能力は同種族と語るにはあまりにも無理がある。
「そうなんだ。ルリエスって、本当に詳しいんだね」
「まぁ、立場上、ねっ」
「?」
「まぁ、そのあたりは追い追い説明するわ。少なくとも、これだけ迷惑をかけているのに、何も話さず済ませるつもりは無いから」
「そっか。まぁ、気長に待ってるよ」
シロナの存在だけでなく、3人の立場が特殊であるのも事実。
こうして共同生活をおくる中で、また1つ、また1つと、互いの秘密を打ち明け合うやり取りは続く。
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