#012 継がれない王の血②

「ここは私が囮になりますので、"ルリエス"様をお願いします」

「お前が1人で行って何ができる!? 囮なら私が!!」

「ですがこの傷では、足手まといになってしまいます。それならいっそ……」


 夜の林に身を隠しつつ、3人が口論を続ける。


「くそっ! 何とかここまで来れたのに! いっそ、2人で追っ手を返り討ちにするか!?」

「魅力的な提案ですが、できれば指揮官以上と刺し違えたいですね」

「やはり、私が生きているかぎり、争いは終わらないのですね。それなら……」

「どうか、その先の言葉は言わないでください」

「そうです。ここで諦めてしまえば、散っていった同志に顔向けが出来ません」


 木々の隙間からチラホラと望む光の数は、数えるのもバカらしいほど。そして、ほどなくしてその光は3人を包み込もうとしている。


「その、いっそ木に登って隠れるのはどうでしょう? あるいは……魔物の群れを呼び寄せ、混乱に乗じるとか??」

「それは良い案であありますが、相手に痕跡を悟られれば逃げ道を失ってしまいます。やはり、ここは私が……」

「その話は!? せめて何か、状況を変える奇跡なにかが起きれば!!」


 3人の足は徒歩。対する追っ手は騎兵を先行させ、歩兵で細部を捜索する形で追い込みをかけている。騎兵と言っても夜の林では全速力は出せない。しかし、それでも騎手が周囲を警戒しながらある程度の速力で移動できるのは、徒歩の3人からすれば脅威以外の何ものでもない。3人は、このまま隠れて相手が見落とす可能性に賭けるか、あるいは打って出るかの選択が迫られていた。


「……がやられた! 気をつけろ!!」

「何やってんだ! 相手は!?」

「白かったが、たぶんゴブリンだ!」

「気をつけろ! 動きが良すぎる、間違いなく上位種の何かだ!!」


 遠くで、どうやら兵士と魔物が戦闘になったようだ。魔物の住まう森なので、当たり前と言えば当たり前の状況ではあるが、しかし相手は、集められた兵士が苦戦するほど。これは、か細い光明であったが、追い詰められた3人にとってはすがらずにはいられない天啓に写る。


「よし! ここは混乱に乗じて、騎兵の包囲網を突破しよう」

「好機なのは分かりますが、魔物の牙がルリエス様に向かないとも……」

「私なら大丈夫です! それに……もし死ぬなら、せめて"首"だけは、あの人たちに渡したくない。そうでしょ?」

「「そう……ですね!」」


 3人の瞳に決意が満ちる。





「うぅ、完璧な変装だと思ったのにな……」


 森を駆け抜ける白い影が、降りかかった理不尽に愚痴をこぼす。


「もしかして、小説とかで見た"鑑定"とか判別系のスキルがあるのかな? それじゃあ、変装や進化しても無駄って事!? いや、でも、それって転生者の私が持っていなきゃいけないスキルだよね??」


 白い影の、服装や体格は人族の子供のソレと酷似している。しかし、耳は尖り、後方へ向かって伸びており、なにより額からは、前髪をかき分けるように白い角が覗いていた。


「とにかく、今は何とかして逃げなくっちゃ! なんか軍人さんっぽいし、返り討ちにしちゃったら、絶対に破滅コース待ったなしだよね!?」


 白い影の手は、既に赤く染まっている。しかし、これは騎兵が問答無用で斬りかかってきたのを応戦しただけであり、これを責めるのは酷であろう。


「居たぞ! あそこだ!!」

「魔物にかまっている暇は無い! 囲い込んで一気にカタをつけろ!!」


 多勢に無勢、多くのヒヅメの音が白い影を取り囲む。


「あぁ~、当方、専守防衛を旨としておりまして、コチラからは攻撃する……」

「喰らえ!!」

「おっと!」

「気をつけろ言葉を話すぞ!」

「ホブってことか!? 罠や小細工に気をつけろ!!」

「ちょ!? だから争う気は!!?」


 白い影の言い分など一切取り合わない騎兵たち。しかし、騎兵の攻撃は大ぶりな事もあり、白い影を捉えられずにいる。


「ターゲット発見!」

「おい! 魔物相手に何をやっている!!」

「今行く! お前たちはソイツを始末しておけ!!」

「「了解!!」」


 交戦中だった騎兵の何人かが、突然きびを返す。白い影としては絶好の好機なのだが……影は"逃走"を選ばなかった。


「え? ターゲット? ふぅ~ん。なるほどね、完全に理解したわ」

「馬を頼む! コイツは俺が仕留める!!」

「任された!」


 騎乗から小柄で早い相手と戦うのは不利と見て、残った2人のうちの1人が馬を降りる。


「アナタたち、まともな兵士っぽい格好をしているけど……実は人には言えない仕事をやっているのよね?」

「なっ!?」


 人族と本格的に敵対する事を恐れて交戦を避けていた白い影だが、相手が悪党なら過度に交戦を恐れる必要はない。


「図星みたい……ね!!」

「「!!?」」


 白い影が突然伏したと思った次の瞬間、影は残像を残して兵士の直下に滑り込む。


「グァァァァアア! 足が! 足をやられた!!」


 膝裏を押さえて転げまわる兵士。兵士は当然ながら防具を身に纏っている。しかし、関節の内側に関しては極めて薄い作りになっている。


「靭帯を切っただけなので、死にはしないでしょうが、馬には乗れないでしょうね」

「おい、確りしろ! 傷口を塞いで止血するんだ!!」


 しかし、残りの兵士は馬を降りない。本来、足場の悪い林で馬に拘る必要はない。それどころか、この先は深い森になるので、馬で駆け抜けるにはリスクが高い。それでも、兵士には馬を守る理由があった。


「……たぞ! 廻り込め!!」

「あ、いけない!!」


 白い影が、他の兵士が向かった方へ疾走する。


「しまっ!!」





「くそっ、混乱に乗じるのも、ラクじゃないねぇ……」

「まったく、ウル派の連中を舐めていたわ」

「2人とも、これ以上は!」


 流れ出た血液が見る見るうちに夜の闇に飲まれていく。朦朧とする意識の中でも、2人はルリエスと呼ばれる少女を守る事を諦めなかった。


「ハハッ、散々手こずらせてくれたが、もう終わりだ!」

「させない!!」

「なっ! なんだテメェは!!?」


 突然現れた白い影が、振り下ろされる剣を鷲掴みにする。


「文句を言いたいのはコッチ"も"なんだけど……まぁイイわ。悪いけど、成り行きでそこの3人アナタたちに加勢させてもらう……わっ!」

「ぐほっ!!」


 白い影の蹴りを受け、兵士が唾を撒き散らしながら後方に吹き飛ぶ。そして、垂れ流れる唾は血に変わり、ほどなくして動かなくなる。


「その角、本当にゴブリンなのか!?」

「白いゴブリンなんて聞いたことないけど、それにしても強いわね」

「そんなことより! アナタ! 言葉が分かるの!?」

「え? あぁ、はい。さっきからガン無視されて不安に思っていたところですけど」

「お願い! 私たちを助けて!!」


 白い影の瞳に、キラリと光が満ちる。


「そう来なくっちゃね! 私も人の知り合いが欲しかったところだし、助かる!!」


 夜の闇をものともしない動きで、白い影が兵士を次々に無力化していく。


「あの白いの、兵士を殺さないように戦っているのか?」

「嘘でしょ? なんで??」


 殺傷に気を使う白い影に、疑問を抱く3人。それもそのはず、白い影には、異なる価値観の世界で育った記憶があり、倫理観がある。魔物に産まれ、弱肉強食の自然界で生活していく中で、前世の感性の多くは失われてしまったが、その記憶は……その体に、その行動に、確かに息づいていた。


「アナタ! なんで彼らを殺さないの!?」

「え? むしろ殺しちゃっていいの??」

「むしろ殺しちゃってください!!」

「あぁ、うん。じゃあ、手加減はしない方向で……行こうかなっ!!」




 白い影の両手に、赤い糸が絡みつく。しかし、異様な気配を放つ赤い糸は、人の目には映らない。ただ1人、例外を除いては……。

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