#009 河の砦③
「姐さん! 人族が攻めてきましたぜ!!」
「そう……数は?」
「パッと見ただけで20人くらいでしたね。まだ、増えるかもしれませんが」
「それよりもボス。その者たちが国旗や軍旗を掲げているのです!」
その日、人族の兵士と思しき一団が砦にやってきた。
「旗持がいるってことは正規軍、それも将校が居るってことにゃ」
「そう、それじゃあコレを使う時が……」
シロナがそっと胸に手を当て、考え込む。
「ん? どうかしたのにゃ??」
「なんでもないわ。それより、ついに私たちも、国に"認知"されたってわけね」
「まぁ、そうなるのにゃ」
「「??」」
子供たちも含めて、獣人が揃って首をかしげる。
たしかに、認識だけなら当初からされており、刺客や対策は講じられてきた。しかし、それはあくまで領主や地区の担当官の裁量による対策であり、つまるところ『末端が対応していただけ』なのだ。
しかし、旗が掲げられているとなると『国が派遣した正規軍』であることが確定する。加えて、魔物や悪漢相手の戦闘なら、わざわざ旗を掲げる事はしない。これは『威圧的な交渉』あるいは『使者としてお互いの主張を水面下ですり合わせる』場合におこなわれる行為となる。
「悪いけど、
「うぅ、危ないことしない?」
「人族は嘘つきだから、話なんてするだけ無駄だよ!」
「大丈夫、これでもお姉ちゃん、嘘を見抜くのは得意なんだから」
「「うぅ……」」
食い下がる子供たち。もちろん、彼らとてシロナが負けるとは思っていない。しかし、それでも人族に家族を殺され、家畜の様に扱われた経験は、子供たちにトラウマを植え付けるには余りある。
「ほら、ボスがここまで言っているのです。群れの一員として、ボスを信じなさい」
「まぁ、何かあったからって、人族相手に姐さんが負けるはずがねぇ。心配するだけ無駄だって」
「私を信じて。それに、私、皆が近くにいると、本気を出せないの」
「「うぅ」」
「ニャアちゃん、皆をお願い」
「うむ、童の事は任された」
静かにニャアが人型に変化し、子供たちを抱きかかえる。もし人族との交渉になるなら、覚えのあるニアを同席させるべきなのだが、それでもシロナは子供たちへの配慮を優先させた。
*
「突然の訪問、失礼つかまつる! 私は人族の国から派遣された使者にして、"騎士"の"リザ・ウル・ノークトエル"だ! 使者として、砦の主にお目通りを願いたい!!」
砦の前で、鮮やかな鎧を身に纏う若い女性が、馬を降りて名乗りをあげる。そして、その振る舞いを見て、お付きの2人が戸惑う表情を見せながら彼女の左右に駆け寄り、平伏す。
「私がこの砦を治める者、シロナです。どうぞお見知りおきを」
「!!?」
兵士が、相手の非力な見た目に楽観の笑みを浮かべる中、騎士のリザだけは、真逆の感情を抱いていた。
彼らは斥候などの情報から、砦の主が『知性を持つ小柄の亜人』であると報告を受けていた。しかし、彼らの殆どがソレを誤報であり『実は上位の獣人や、大規模な盗賊団の仕業』だと思っていた。それが蓋を開けてみれば、報告通り、いや、想像を下回る、非力で可憐な少女が出てきたのだ。
「なるほど。それでは改めて、騎士である私がアナタ方の主張を聞きたいと思う。しかし、その前に理解しているとは思いますが、この砦は我々人族が保有する施設であり、アナタ方の……。……?」
リザはそれまでの刺客や奴隷商人とは違い、剣ではなく、主張のすり合わせを優先する。
騎士とは、(自身の裁量権以下の)貴族を裁く権限を持つ軍属で、大雑把に纏めると、裁判官と警察と兵士を掛け合わせた存在だ。当然、歴史や法律など様々な知識と判断力、そして何より"品格"が求められる、特別な存在となる。
「なるほど。人族の法律では、我々が不法占拠をしており、その咎があることは理解しました」
「それでは、期日を設けますので、それまでに施設から退去していただければと思うのですが……」
「もちろん、それは致しかねます」
当然のように要求を拒否するシロナ。しかし、ただ拒絶するだけなら猶予期間内までは放置してもいいもの。それをしないのは、要求こそのめないものの、相手を『話し合いが出来る相手』と認めているからに他ならない。
「そうですか。それではアナタ方の主張をお伺いしましょう」
「我々……正確には"私の"要求は……」
「??」
「"前"国王が推進してた"大陸共同体"(共同体)の設立です」
「「!!?」」
シロナの口から出た思いもよらない主張に一団が驚きを露にする。
「それは当然、共同体が何なのか、知っていてのご意見なのですよね?」
この世界には、大陸を超えて全世界で語り継がれる1つの伝説がある。それは『500年周期で各大陸に魔王が出現する』と言うもので、実際にこの大陸も500年前に魔王が出現し、数あった国を統一したとされる。しかし、その魔王と統一国家は魔王同士の戦争に敗れ、力ある者は須らくこの地から消えた。
その敗因は『力に驕って戦略を間違えた』からだと伝えられているが、当事者が海外で全滅した事もあり詳細は不明。そして、大陸内で生産活動に従事していた人族をはじめとする種族だけが生き残り、結果として今の体制が生まれたとされている。
「もちろんです。共同体とは、今の主要4種族がイガミ合い、互いに距離をとる関係を改善するべく計画された、連合組織です」
「なるほど。念のために補足させてもらうと、予測される"魔王誕生"に対し国の枠組みを超えた協力体制を確立するべく計画された組織となるな」
魔王誕生とは、500年周期で出現する魔王の事だが、これは必ず"新たに生まれる"とは限らない。この世界には、寿命が500年を超える種族も存在し、魔王が存命だった場合はそのまま魔王の席が継続される。それ以外にも、力を持つ者が成人した状態で突然現れる場合や、既存の力を持つ者が魔王に覚醒する場合、あるいは魔王が出現しない場合もあり、明確な出現法則は、未だに解明されていない。
「それは、表向きに発表された理由ですよね?」
「…………」
リザは何も答えない。リザは確かに権威ある騎士だが、騎士団内での立場は底辺であり、知識や権限は実のところそれほど持ち合わせていないのが現状だ。
「魔王に対応するための情報共有組織なら、計画が頓挫した理由に説明がつきません」
「それは、他国が拒否したからであって!」
「人族の信用を考えるなら、どこの種族も難色を示すのは当然です。では、何故そこで簡単に諦めてしまうのですか? 情報が欲しいだけなら、他の種族に議長を任せる選択肢だってあったはずです」
この大陸にも寿命が500年を超える種族は存在する。その代表が"エルフ"族であり、当然、500年前やそれ以前の記録を多く保有している。
「それは……」
言葉につまるリザ。そもそも政治的な駆け引きは騎士の管轄外であり、この場でこの様な話が持ち出される事自体が予想外になるので、答えられないのは当然だ。
その後は結局、武力による衝突は起こらず、一団は『話を持ち帰り審議する』形におさまった。
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