#008 河の砦②

「砦の様子はどうだ!?」

「うっす。周囲から確認した限りでは無人でした」


 橋を前に、馬車の一団が立ち往生している。


「まったく、商売あがったりだぜ。砦を亜人に占拠されるなんてな……」

「どうします? 夜を待ちますか??」

「いや、相手は夜目が効くって情報もある。やはり、確実にいくなら大きく迂回するしかないはずだ」


 彼らは、奴隷商人が率いる一団。雇った傭兵と共に、獣人領で遊牧生活をおくる獣人を捕獲した帰りだ。


「それでは河原を行きますか? 行きみたいに」

「それはそれでなぁ……」


 三角州地帯は広い事もあり、砦を迂回するのは容易だ。しかし、舗装された道に限れば迂回は不可能であり、迂回するなら不整地を進むことを余儀なくされる。


 馬車で不整地を進むのは容易ではない。まだ、荷が軽い行きならマシだが、積み荷となる獣人の子供を捕獲した帰りでは、そうもいかない。


「いっそ、(獣人の)ガキの拘束を解いて、歩かせますか?」

「ガキでも獣人を舐めるな。何より、今さら逃げたり、暴れて殺すハメになったりしたら……首が飛ぶのは、俺たちなんだぞ!」

「ぐっ」


 この砦が謎の亜人に占拠され『見つかれば命の保証が無い』事は彼らも承知している。しかし、それでも人族の社会には辞めるに辞められない仕事が幾つも存在する。彼らの仕事もその1つだ。奴隷を購入するのは貴族や国の役人たちであり、更には奴隷商内にも厳しい上下関係が存在する。つまるところ、彼らは代わりのきく下っ端であり、拒否権は無いのだ。


「よし! 傭兵連中に先行させて様子を見よう。最悪、この辺りさえ抜けてしまえば、護衛はそれほど必要ない。むしろ、減ってくれた方が儲けが多くなるってもんだ」


 冒険者や傭兵は、出来高払いの臨時戦力であり、むしろ死んでくれた方が金銭的には助かる存在なのだ。もちろん、毎回使い捨てにしていては集まるものも集まらなくなってしまうが……ここぞと言う時は積極的に使い捨てる存在であり、ある程度は彼らも覚悟はしている。


「ガキはどうしますか? 傭兵だけ先行させても、無視されたらお終いですけど」

「ぐっ、いっそ、俺たちが先行して、傭兵たちだけでガキを運ばせるか」

「それ、結局例の亜人が居ない場合しか、助かる見込みは無いですよね?」


 目の前には舗装された道。そして脇に伸びるのは、馬車はおろか馬に乗って進むことさえ困難な獣道。安全をとるなら間違いなく後者を選ぶべきなのだが、彼らの脳裏には行きに味わった苦労が鮮やかに蘇っていた。そして何より『三角州地帯を抜ければ、もう安心』と言う甘い蜜が、彼らの判断力を鈍らせていた。


「あぁ~、もう! どの道賭けになるなら、下手な策を講じるだけ損だ! このまま傭兵を先行させ、ガキを乗せた馬車を挟みこむ形で俺たちが後方を守る!!」

「まぁ、例の亜人と獣道で遭遇したら、絶対に勝ち目はないっすからね。それでは、直ぐに用意させます!」


――ガサガサ――


「何者だ!」

「にゃ~ん」

「なんだ、野良猫か」


 方針も固まったところで、近くの茂みから猫が走り去る。





「よし、ここから脇道に入って、砦を迂回するぞ!」

「了解っす! 全体、止まれ! ここから……。……!!」


 砦は、舗装路に跨る形で建設されており、本来は一旦中に入り、検査や補給を受ける"関所"の役目も持っている。しかし、現在は亜人に占拠されているので、砦の門は閉まっており、そこだけはどうしても迂回する必要がある。


 本来、人族が警備しているのであれば、間近を通過するのは自殺行為だ。しかし、相手が少数なら『灯台下暗し』で、早々に死角を通過してしまった方が安全である可能性は、確かに存在する。


「なんだ、せっかくココまで来たんだ。どうせならこのまま門を抜けて行けよ」

「もちろん、我々を倒してから……にはなりますが」

「「!!?」」


 一団を挟み込む形で茂みから現れたのは、虎と狼の獣人。


「警戒! 獣人が現れたぞ!!」

「傭兵ども! 何処に目をつけてんだ!? すぐに戦闘態勢に入れ!!」


 場の空気が一瞬で張り詰める。本来、獣人が奇襲を仕掛けてくるのは稀も稀だ。攻めてくるなら堂々と正面から、それも代表者が一騎討を望む形が多い。もちろん、種族によって差異はあるが、それでも別系統の獣人が連携してくることは無い。


「悪いが三角州ココは、姐さんの縄張りだ。もし通りたかったら、通行料を払うんだな」

「もう、入ってしまっているので、拒否権は無いのですけどね」

「姐さん? なんの話だ!? いや! そんな事よりも! 通行料! 通行料を払えば通してくれるんだな!? 払う! 払うから通してくれ!!」


 一団のリーダーは、瞬時に相手の力量を悟り、降伏する。彼らとて獣人を襲って生計をたてている、いわば『獣人狩りのプロ』なのだが、だからこそ獣人の種族ごとの能力差には覚えがあり『確実な勝利が見込めない』と判断したのだ。


「あぁ、その事なら簡単だ。誰でも確実に払えるぜ!」

「へ?」

「そうですね。老若男女、須らく払えますね」

「な、何を言っているんだ?」

「武を示せ!」

「我々に勝てば通れる。それだけの話です」

「くっそぉ! これだから獣は嫌いなんだ!!」


 緩んだ糸が、再び切れる寸前まで張り詰める。


「ハンデをくれてやる。お前ら全員でかかって来い!!」

「なっ!?」

「ボスのお手を煩わせるのも申しわけないので、口上は省略です。さぁ、手早くすませましょう」

「クソッ! なんなんだコイツラ!!?」


 一団の顔には一様に"困惑"の色が見てとれる。2人の獣人は、それぞれが上位の戦闘力を持っている個体だ。通常、獣人は上位であればあるほど形式を重んじ、共闘を恥じる傾向にある。それが、口上を省いて共闘してくる事態は、想定の範囲を逸脱するものであった。


「こうなったらやるしかない! 行くぞ!!」

「「おぉぉ!!」」


 血が乱れ飛ぶ乱戦が始まる。確かに獣人の身体能力は脅威だ。しかし、人族には武器があり、防具がある。何より"数"の有利がある。よって、一方的な戦闘にはなりえない。


 人が宙を舞い、咆哮が轟き、地が赤く染まる。戦場に満ちる狂気が、戦う者たちに一時の高揚と死を撒き散らす。


「もう、2人とも!!」


 傭兵の大半が動かなくなった頃、戦場にはとても不釣り合いな少女が姿を現す。


「おぉ、姐さん! 遅かったですね!?」

「ボス、お待ちしておりました」


 獣人2人の瞳に満ちていた狂気は一瞬で消え去り、少女のもとに駆け寄る。


「はぁ~、アナタたちボロボロじゃないの? もうちょっとスマートに戦えないの? でもまぁ、言いつけは守っているみたいだし、そこは褒めてあげるけど」

「「あっざぁっす!!」」


 獣人は個人の強さを重んじる。それは、時には種族の垣根を超えることもある。そう、この2人もそうだ。少女の圧倒的な強さに魅せられ、自ら少女の群れに加わる事を志願した。もちろん、少女の"強さ"は自分たちの強さとは方向性が違うものであることは理解している。しかし、それはあまり重要ではない。いや、むしろ異質だからこそ惹かれるのであろう。単純に武を極めるのなら、センスさえあれば後は時間の問題だ。しかし、更にその先、特に"格"の壁を超えようとするなら、それはもう既存のものだけでは届かない。それこそ、根本的に種族としてのあり方を昇華させる……"進化"する必要があるのだ。


「(なんなんだ少女アイツは!?)」

「(おい、チャンスなんじゃねぇのか?)」


 生き残った傭兵や奴隷商人が囁き合う。


「(これはいけるぞ。どうやらあの女がこの群れのボスのようだ)」

「(不意打ちでも何でもいい、アイツさえ倒せば、この群れは崩壊する!)」


 戦いにおいて美徳や形式を重んじる獣人だが、それはあくまで"個"の戦いに関してであり、攻める場合のルールだ。獣人には個での戦いとは別に、群れで戦う価値観も存在する。獣人2人は、それまで個として戦っていたが、"統率者ボス"を得たことにより、群れとして縄張りや仲間を守る戦いへと価値観に変化が生じた。


「(よし、合図で一斉に女に襲い掛かるぞ。ボスさえ仕留めてしまえば、バカな獣人が連携や策略を講じることは無い)」

「(了解だ。生きて帰るには、それしかない)」


 奴隷商が静かに片手をあげ……勢いよく前方へ押し出す。


「「!!」」


 突撃してくる気配を感じ取り、獣人2人が勢いよく左右に飛び退く。


「「なにっ!?」」


 獣人の視界や聴覚は人族と比べるべくもない。当然彼らも奇襲を察知されることは予測していた。しかし、守るでもなく、素直に道をあけたのは予想外であった。


 しかし、今さら後には引けない。背筋に薄ら寒いものが駆け抜けると同時に、彼らは今更ながらに思いだす。そう、一団が警戒していたのは獣人では無い。砦に常駐していた兵士や討伐部隊を、1人残らず殺してのけた謎の亜人の存在だ。


「…………」


 肉塊となって一面に散らばる人族だったものを、少女が冷めた瞳で眺める。


「姐さん、ちょっとでいいんで掃除する身にもなってくれませんか?」

「はぁ、とりあえず水を運んできます」

「あっ! ごめん皆、つい、やり過ぎちゃった」


 一変して豊かな表情を見せる少女。


「カカカッ! まぁ、童は助かったから良かったでは無いか」


 安全が確保され、馬車から全裸の美女が姿を現す。捕らわれていた獣人の子供の拘束は既に解かれており、彼女の陰から頭を覗かせていた。


「とりあえず! 子供たちも疲れていると思うから、食事にしましょ。後の事は、ゆっくり考えればいいから」




 こうして少女、シロナの群れは、少しずつ大きくなっていった。

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