#010 河の砦④

「……でして。何やら事は単純な施設占拠ではないと判断しました」

「リザ君、キミの主観は理解できた。しかし、肝心の敵勢力の戦力判断は、あまりにもお粗末と言わざるを得ない。これでは、キミだけでなく、キミの御父様の経歴にも傷がつきかねないぞ?」

「なっ!?」


 思わず絶句してしまうリザ。場所は三角州から程近い場所にある街。そこに臨時で設置された対策本部となる。


「御父様は!? いえ、それよりも報告書に書いた通り、砦を占拠している精霊系の亜人、シロナは危険です。焦って事を構えては、取り返しのつかない……」

「それが主観に依存した判断だと言っている! キミは何も分かって……! ……?」

「(くっ! 結局、手柄をあげることしか頭に無いのか!?)」


 リザは心の中で毒づきつつも、上官の嫌味が終わるのを只ひたすら耐えていた。


 彼女や上官は、とうぜん騎士であり、貴族だ。一般的に貴族は、好き勝手が許される特権階級なのだが、貴族の中にも階級があり、その差で特権や収入が大きく変わる。故に殆どの者が欲に駆られて出世や他貴族の蹴落としに躍起になってしまう。それは品格が求められる騎士団内部でも問題となっており、手柄を焦る上層部や指揮官と、まだ毒され切っていない若い騎士との間で軋轢が生じる。


「それで、その亜人の種族はいったい何なのだ? 精霊系であるならエルフの可能性もあるが、やはり体格から見て"ドワーフ"の可能性は捨てきれない」


 この大陸の4大種族(勢力)は、人族・(各種)獣人・エルフ・ドワーフであり、精霊系は後者の2種族となる。相手がエルフだった場合は、魔法と知識面が脅威となり、ドワーフだった場合は、体格に見合わない強い腕力と高性能の装備が問題となる。そして何より、ドワーフは人族と交流のある(比較的)友好な貿易相手であり、場合によっては国交問題に発展する可能性もある。


「現状では、どちらとも判断しかねます」

「だから! なぜそれを真っ先に調べない!!?」

「(相手が言わなかったんだから、無理に聞いても話が拗れるだけだろ!!)その、それは私の交渉力が至らなかったためであります」


 エルフとドワーフの容姿は、幼少期ではあまり違いが無い。しかし、エルフは体格や体形は人族と同等程度だが容姿にすぐれ、何より老化と呼べる変化がほぼ無いのが特徴だ。対してドワーフは、身長がほとんど伸びず、容姿は老けた者が多い。しかし、これはあくまで人族から見た主観であり(エルフほどではないが)ドワーフも長命種に位置付けられている。


「何かないのか? 出来ればドワーフと事を構えるのは避けたい」


 人族にとってエルフは『森に引き篭もる厄介な相手』ではあるが、滅多な事が無い限り森から出てこないので、森から出た単独の相手を秘密裏に殺してしまう分には問題になりにくい。


 対してドワーフは、国交があるとは言え、その関係は人族が優位なものだ。故に、正当な理由があれば処罰、あるいは殺しても問題は起きにくい。しかし、対等でない故に(人族の)貴族が何らかの作業(武器開発や技術指導など)をさせるために秘密裏に連れてきた可能性なども考えられるので、迂闊な事をすれば思わぬところから報復を受ける可能性が出てくる。


「その、知識に長けているので、見た目ほど若いと言うことは無いかと」

「それではドワーフか!?」

「獣人を従えていた事(獣人は魔法使いを嫌う傾向がある)からも、その可能性は高いと思われますが、防具は軽量な革製品であり、武器も重量のあるものは携帯しておりませんでした」

「なるほど、そうなるとエルフの可能性も出てくるな……」


 欲にかられた者は、自分に都合のいい判断材料を求めてしまう。この上官も、『エルフで有るか否か』しか頭になく、第三の選択肢、それ以外の種族である可能性が考慮にすら入っていない。そして、最近『近隣で起きた事件』を調べるなどの初歩的な事にも頭が回らない。


「その、近隣では強力な魔物の発生や邪神と化した土地神の事件も起きています。今回の一件と何らかの関係性があるかもしれませんので……」

「その報告は受けているが、すでに対象を始末する形で解決済みだろ? そんな不確かな情報にすがっていては、騎士団の品格に傷がつく」

「それは!?」


 リザの脳裏には、『事件に関わった者や、それを指揮していた貴族が虚偽の報告を提出した』可能性がよぎっていた。しかし、確かに(指揮官としての立場にある)騎士が憶測で現場から離れる事は許されない。出来るのは、せいぜい連れてきている一般兵士を『領主などの聴取に向かわせる』くらいだ。


「リザ君、キミは騎士としての自覚が、まだ足りていないようだ。キミが望むのなら、もう一度、教育課程を受講できるよう、推薦状を書いてもいいのだよ??」

「くっ、申しわけございません。出過ぎたマネでした」

「分かれば宜しい。以降も、職務に励むように」

「はっ!!」




 その後は結局、大きな作戦会議すら開かれることなく、リザに再度、威圧的な交渉の任が下された。





「それは何とも、騎士のお仕事も大変ですね」

「いえ、それはその……」


 砦の城壁の上、雄大な景色を望みながら2人の女性がティーカップを傾け合う。


「立場などもあるとは思いますが、そんな時はしたたかさが大切です。心の中で毒づきながらも、単に指示に従うのではなく、相手の考えや欲するものを読み、上手く自分の目指す場所に誘導する」

「なるほど……」

「まぁ、偉そうに言っても、なかなか私も出来ていないんですけどね」


 穏やかな風に揺られ、白と金の髪が煌めく。


 騎士であるリザは、謎の精霊系亜人の正体を探るべく、再度砦を訪れた。そして、話を聞き出すために用意したのが『お茶と茶菓子』であった。


「いえ、そんな。大変参考になります」

「まぁでも、結局"人の在り方"を決めるのは根っこの部分なんだと思うんですよ。だから、ダメな相手は何をやってもダメで……もしもの時は、決断が必要なんじゃないかって」

「それは、そうかもしれませんね」


 お茶を用意したのはリザだが、彼女とてこの申し出が受け入れられるとは夢にも思わなかった。


 上位の獣人2人程度なら、連れてきた兵力だけで充分対処は可能だ。しかし、それを従えるだけの"力"を持っている相手、それこそ上位の獣人よりも"格"の高い相手となると、どう足掻いても勝ち目はない。そこで、戦いを回避しつつ情報を聞き出す方法として苦し紛れに思いついたのが『世間話を通して情報を聞き出す』策であった。


「そう言えば、リザさんの同期の方はコチラには来ていないのですか? そう言った人とお話をするだけでも、だいぶ違うと思いますけど……」

「同期は……全員、殿方なので……」

「そうですか、それは残念でしたね」


 しかし、この策には1つ致命的な問題があった。それは、リザが話下手である点だ。嗜みとして道具などは一式待たされているが、実のところ騎士団に入隊する前から同年代の同性とは話が合わず、腹を探る話術はおろか、会話を繋ぐだけでやっとの有様だ。


「その!」

「はい?」

「シロナさんは、同年代のお友達とか、その、居るのでしょうか?」


 意を決したリザが、精一杯の変化球を投げる。




 しかし、リザは知る由もなかった。その変化球が、事の核心を捉えていたことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る