#007 河の砦①

「よし、こんなモノであろう」

「ありがとう、ニア様」


 流れる川、石の橋に、石の門、小さな畑に、少々の家畜。


「うむ、存分に敬うがいい」

「あはは、そうだねぇ~」


 シロナの髪に出来立ての髪飾りが色どりを添える。髪飾りは数日前、銀製品を手に入れた折にニャアが提案したものをシロナが形にした。形状は、シンプルなカチューシャだが、ゴブリンの特徴である小さな角と一体化しており、帽子で隠さずとも一目ではゴブリンと分からないようになっている。


 改めて言うが、作ったのはシロナだ。


「――どろん―― ふ~、やっぱりこっちの姿の方が落ち着くのにゃ」

「うん、私も(視覚的に)落ち着くかな。やっぱり、裸はちょっと……」


 この場所は苔むした森から南へ向かい、川を幾つか渡った先にある『人族と獣人族の国境』とされる場所だ。


 しかし、土木技術が発達していないこの世界では、河川は度々氾濫して、浅く、広くなり、その影響でこの一帯は、川と陸が、そして何より国境が明確に定められない三角州地帯となっていた。


「ん? ニャアはいつでも裸なのにゃ」

「いや、そうなんだけど。その、毛が無いとやっぱり……」


 人族は、堂々と国境に砦を建て、変化する国境を理由に三角州内"も"人族の領土と宣言し、更には砦を拠点に一方的に獣人族の国に、侵略行為を仕掛けていた。


「あぁ~、獣人が地肌を晒すのを恥ずかしがるやつかにゃ?」

「え? どうなんだろ? 服って、そう言うのじゃない気がするけど……」


 そして、人族の暴挙は領地進行だけに留まらない。その最たるものが"奴隷狩り"だ。


 そう、2人がこの地を占拠しているのは……彼の森に目を向けさせないためや、川で魚が獲れるからなどの意味もあるが、1番の目的は、それらの暴挙の抑止であった。


「まぁ、ニャアも昔は巫女に散々、服を着ろって言われたのにゃ」

「わかってるんじゃない!」

「いや、人族のオスが発情してしまうからなのにゃ。だから、オスが居ないなら気にする必要はないのにゃ」

「あぁ~、うん。そういう認識なんだ……」


 2人は、人族の兵士をこの場から排除し、こうして堂々と砦を占拠した。


 当然、人族の国も軍を率いて2人を排除するよう試みたのだが、日が浅い事もあり、まだシロナとまともに戦えるほどの戦力が投入されるには至っていない。


「たのも~」

「うわ、また来た」

「何言ってるのにゃ? "今日は"まだ1人目にゃ」


 やってきたのは、兵士でも無ければ人族でも無い。全身体毛に覆われたトラ系の獣人だ。


「いや、命がけの"決闘"を、なんだと思っているのよ」

「何度も言っているけど、獣人にとって"武"は何よりもたっとばれるのにゃ。それこそ、命を賭けるほどにゃ」

「たのも~」

「あぁもう! はぁ~ぃ、今行きま~す」


 この砦に陣を構え、シロナが1番驚いたのは、人族の蛮行ではなく、それらに対する獣人の対応だった。


 獣人は、部族間の交流こそあるものの、国として協力し合うことはしない。そもそも、殆どの獣人部族は、武力至上主義であり、奴隷狩りに対しても『負けたのならば屈辱は甘んじて受けるのが、敗者の誉』と考える傾向が強いのだ。


「その耳! その小さき体! 貴殿が噂の精霊種か!!?」


 意味のない大声が砦に響く。


「あぁ、はい。たぶん私の事です」

「おぉ! 誠であったか。えぇ~、こほん。我はリュウコ! 虎浪族の若き戦士にして、いずれ虎浪族を率いる者!!」


 多くの獣人は、成人すると里を離れ、武者修行の旅に出かける。修行の目的は当然、強くなる事なのだが……その証明として、他部族の名だたる猛者を多く打ち破る事が求められる。


「えっと、わ、我が名はシロナ。その~、深き森に精霊の加護を受けて産まれ、人族との戦いの果てに新たな世界を望む者……です」


 シロナが、たどたどしく名乗りを返す。これはあくまで獣人の様式であり、精霊種のシロナが合わせる必要はないのだが……これから起こる事を上手く乗り切るためには『合わせるのが一番手っ取り早い』とシロナ自身が判断したからだ。


「おぉ、口上を返せるとは、なかなかどうして。エルフたちとは違うようで安心した」

「いや、毎度の事なんで……」


 話は戻るが、獣人とて人族の蛮行を"良し"とは思っていない。なぜなら獣人は『個人の物理的な武』を重視しており、軍を率いて物量差で勝ち取る勝利や、魔法や弓などの飛び道具、そして奇襲や策略などを用いて勝つのは"恥ずべき勝利"と認識している。


 故に、人族やエルフなどの1対1の直接戦闘を受けない種族は『卑怯で恥知らずな種族』と言った認識であり、それに対して『負けたのなら従うが、雪辱は勝負に勝って晴らす』と言う反応が主流となっている。


「それでは分かっていると思うが、貴様に一騎討の決闘を挑む! 尋常に勝負されたし!!」

「あぁ、はい。お願いします」


 シロナとて、獣人に恩をきせたくて砦を占拠したわけではない。しかし、助けた形になる獣人からは"感謝"や、何かしらの協力要請が持ちかけられるものだと思っていた。しかし、蓋をあければ協力どころか、人族が攻めてくる頻度を遥かに上回る間隔で、獣人が腕試しの決闘を申し込んで来る始末だ。


「それでは、互いに見あうのにゃ」


 そうこうしている間に、決闘の準備が整う。別に何か用意するものがあるわけでも無いが、形式美として、互いに装備や身なりを整え、立会人(ニャア)が間に立つ。


「うむ、よろしく頼む!」

「えっと、お願いします」

「では…………はじめ!!」


 開始早々、獣人がシロナに真っすぐ突撃する。その体格差は2倍以上であり、さながら"迫りくる壁"と言った状況だ。


「貰った!!」

「遅いです!」

「ほほぅ。今の一撃を冷静に回避するとは。これは、少しは期待できそうだ」


 獣人の暴風の様な連撃がシロナを襲う。しかし、その尽くが空を斬り、竜巻となってシロナの周囲に吹き荒れる。


「そこ!!」


 シロナの一撃が、獣人の脇をかすめ、鮮やかな赤が風に舞う。


「ふん! 速度ばかりで軽いな」


 獣人が脇に力を籠めると、筋肉が盛り上がり、瞬く間に傷口が塞がっていく。


「流石の回復力ですね」

「まぁ、それでも四肢や首をもがれては、治しきれんがな」


 そう言って獣人が、自身の首を指さす。これは『首を落とすつもりで来い』と言う合図だ。


「それでは、そろそろケリをつけますか」

「うむ。望むところだ!!」


 お互いが地面を爆発させるように駆けだし、瞬きほどの時間で肉薄する。


 シロナの左右から剛腕が津波のように押し寄せ、上からは頭を丸のみにせんとばかりのあぎとが迫りくる。


 頭をそらし、両手で爪を受け止めるシロナだが、次の瞬間、体が思いもよらない衝撃を受け、宙を舞う。


「っ!!」

「おぉ、アレをうけても無傷か。なかなかどうして、見た目に反して丈夫だな」


 獣人は特別な技など使わなかった。ただ止まらず、回避に専念するシロナの体を蹴り上げたのだ。しかし、それでも超高速の膝蹴りの一撃は岩をも砕かんとするほど。それを受け、平然と着地して見せるシロナの体は、獣人である彼の目から見ても、常識から逸脱したものであった。


「やはり、獣人の方の格闘センスは凄いですね」

「うむ、当然だな」

「ですが……純粋な破壊力は、大型の魔物と比べると、やはり目劣りしてしまいますね」

「ほほう。妖精風情が、吠えるではないか」


 シロナはそれまで、森で様々な魔物を渡り合ってきた。確かに獣人の瞬発力と技量、そして破壊力は目を見張るものがあるが、それぞれを抜き出して考えると、人の形に縛られない魔物の方が優れた部分は多い。


「アナタの強さは分かりました。次こそ、決めます」


 シロナの体から、赤い糸がほどけて落ちる。その糸は周囲の空間を繋ぎ合わせ、蜘蛛の巣を思わせる領域を形成する。


「なるほど、それは貴様の本気か。これは……良い土産になりそうだ」


 穏やかな表情を見せた次の瞬間、再度獣人は爆発するような加速でシロナに突撃する。


 しかし、対するシロナに、先ほどのような荒々しさはない。迫りくる獣人の爪を、牙を、巨体を、まるで風に舞う羽根のようにふわりと躱す。


 技を出し尽くした獣人の体が、ピタリと止まる。その隣には、シロナが彼方を見つめて佇んでおり、片手が獣人の腹部に添えられていた。


「アナタなら、耐えられるはず、です」


 その刹那、獣人の体は後方に射出される。殴り飛ばされたわけではなく、飛び退いたわけでもない。重力にひかれて物が落ちるように、ただただ当然のように、獣人の体が吹き飛んだのだ。


「!!!!?」


 突然の急加速に、獣人の視界は一瞬でブラックアウトする。何が起きたのか、それどころか天と地がどちらなのかも分からないまま、獣人の体は錐揉みしながら吹き飛び、やがて水切りのように水面を跳ね、対岸に生えた木々を薙ぎ倒して止まる。


 訂正しよう。すでに視界から消失しているので、止まった様に思える。


「ふぅ~、たぶん、生きてると思うんだけどなぁ」

「別に、死んでいても本人はシロニャを恨まないから、気にする必要はないのにゃ」


 事が終わり、ニャアがシロナの肩に飛び乗る。


「あのね、何度も言っているけど、私は獣人じゃないんだから、獣人の矜持とか、そう言うの押し付けられても困るんだって」

「にしし、でも、こうやって毎回生かして帰すから、挑戦者が絶えないのにゃ」

「うっ」




 こうして、獣人の中でシロナの噂が広まっていった。

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