#006 神の住まう村④
「そういえば、ニャアちゃんの本名って、ニアだったんだね?」
「ん? 何を言っているのにゃ? ニャアは最初からニァアと名乗っていたのにゃ」
肩に猫を乗せた少女が、山道を下りていく。
「?」
「「??」」
「あ~、えっと、もしかして、猫の姿だと活舌に限界が……」
「ふん! 人の尺で物事を測るでにゃい。ニャアの尺では、2つは同義の言葉なのにゃ」
「あぁ、うん。じゃあ、猫の姿がニャアちゃんモードで、人の姿はニア様モードだね」
「モードってにゃんにゃのにゃ!」
ペチペチとニャアの肉球がシロナの頬を殴打する。
和やかな雰囲気ではあるが、2人の空気には重たい何かが纏わりついていた。
「そういえば、人族と上手くやっていく方法が知りたいのだったにゃ?」
「え? あ、うん」
「よし! それならシロニャには"特別に"教えてやろう」
「え? 助かるけど……」
本人も笑っていた通り、ニャアは一度は村人と良好な関係を築いたものの、現在は関係が崩壊して、居場所を失っている。つまりそれは失敗例であり、参考に出来る部分はあるだろうが、あまり胸を張って言えるものでは無い。
「しかし! タダではいかん」
「あ、はい」
「これからちょっと村で"野暮用"があってな。それを手伝ってくれるなら、野暮用ついでに教えてやるのにゃ」
「ふふふ、それなら、喜んで協力させてもらいます。ニア様!」
貴族を粛清すると言い放ったのは他ならぬニアであったが、それはシロナを助けるためであり、シロナもその事を理解している。その上でシロナは、ニャアの提案を訂正するのではなく、あえてニャアの意向を尊重する道を選んだ。
「まず、人族は基本的に臆病で、それ以上に傲慢で強欲なのにゃ」
「あぁ、それは……」
この大陸には大きく分けて4つの人系種族が住んでおり、その中で人族と呼ばれる種族が『獣や精霊の特徴を兼ね備えない。故に人系種族の始祖だ』と主張している。彼らの特徴として最も大きいのは、やはり大きな社会を形成する能力だろう。これは他のどんな種族も比較できないほどで、個々の能力の低さを"数"と組織的な策略で補っている。
「臆病だから力を誇示すると、相手の人格に関係にゃく怯えて、最後は組織力をもって相手を排除しようとするのにゃ」
「うん。そうだね……」
シロナもその事は重々承知しており、その為、正体を隠して行動している。
「しかし、対等や
「それはまぁ、仲間思いと言うか、同種族や同郷優先だからね……」
「じゃあ、そんな相手と上手くやるにはどうしたらいいのかにゃ? それは……」
「それは?」
「圧倒的にゃ力を見せつけて、その上で助けてやったり、妥協点を選ばせてやったりするのにゃ」
「あぁ~」
シロナは、今まで何をやっても上手くいかず、最後は力押しで解決していた。しかし、前段階で上手くやろうとする事自体が間違い。正解は、力押しに出た後のフォローだったのだ。その事実はシロナにとって合点のいくものであり、ニャアへの信頼は更に増した。
「ところでシロニャ」
「はい?」
「ウヌは姿を消したり、遠距離から相手を無力化したりは出来るのかにゃ?」
「あぁ……その、無理かも。私の遠距離攻撃って、人族相手だと限界まで加減しても即死しちゃうの」
薄ら寒いものがニャアの背筋を駆け抜ける。
「シロニャよ」
「はい?」
「くれぐれも打ち損じるにゃよ」
「うん、がんばる!」
*
村から山の祠へとつづく山道に冒険者と兵士の混成部隊が扇型に展開する。
「来たぞ! 土地神だ!!」
「総員、配置につけ! 隊列を崩すな!!」
そこに現れたのは、質素なマントに身を包んだ絶世の美女。その頭部からは猫を思わせる耳が生えており、取り囲んだ者たちや家屋内に潜む村人たちが一様に畏怖の念を抱く。
「皆の者、出迎えご苦労……と言いたいところだが、どうにも我は、歓迎されていないようだな」
「当然だ! 第一陣、構え! ……突撃ッ!!」
「「おぉぉぉぉ!!」」
土地神の皮肉も虚しく、部隊は問答無用で襲い掛かる。
しかし、その尽くが土地神に肉薄する前に……バラバラになって崩れ散る。
「にゅわ!?」「「なっ!!?」」
「こほん! 聞け! 不敬な者共よ! 我と貴様らでは格が違う! 抗うだけ無駄と心得よ!!」
「「ヒィィィ」」
部隊が怯えて腰を抜かす。ここに集まった兵士や冒険者は、安い給金で集められた二流のみ。それでも彼らは『土地神は弱体化している』と言う情報を信じ、息まいてはいたが……蓋をあければ一流の戦士でも敵いそうもないほどの強力な力を持っていた。
「しかし、我とて慈悲の心はある。村での横暴を謝罪し、全ての元凶である貴族の首を差し出すのなら……これまでの行いを水に流してやらんこともない」
「「!!?」」
皆が統率なく困惑する。無責任な冒険者たちは、貴族の首を差し出しての収拾を望む視線を最奥の本陣に向けるが、責任が伴う兵士たちがそんな事をすれば処刑は免れない。それは村人も同じで、間違ってもこの場で率先して貴族を矢面に立たせる動きを見せれば、後に国から厳しい処分が下されるだろ。
「な、何をしている! 誰が攻撃を止めていいと言った! 者共! 身命を
「「!!?」」
本陣から『命を投げ捨てろ』と指令が下る。こうなると兵士は、死を覚悟して戦うしかない。確かに、立ち向かえば死は免れないだろう。しかし、逆らえば反逆者として処刑され、その責任は自身のみならず親類縁者にも降りかかる。それは、街に守るべき家族を残した兵士にとって、死よりも辛い事なのだ。
「くぅぅ、お前たち、腹をくくれ! 今こそ王国兵士として、誇りを示すときぞ!!」
「「お、おぉぉ」」
兵士が涙ながらに立ち上がり、剣を、槍を、土地神である彼の女性に向ける。
「ハハッ! その心意気や良し!!」
「「へっ!?」」
突然笑みを浮かべる土地神の仕草に、一同が困惑する。
「それならこの場で、我が守護する村人に真意を問うとしよう」
「「??」」
「我に
「「!!?」」
「しかし! 村の者が我に従わぬと言うのなら……その時は潔く、この地を去るとしよう」
「「おぉぉぉ!」」
一同から歓声が沸き上がる。一度は死を覚悟した兵士たちだが、その天秤が村人に委ねられると言うのなら、自身が責任を背負う必要は無くなる。
「はははっ! 何を言うかと思えば、良かろう! その提案、受けてやる!!」
提案は即座に受け入れられる。彼とて、この場に集まった兵士や冒険者で、この土地神をどうにかできるとは考えていない。そして何より、村人の意見がどう転んでもこの地を離れる時間が確保できる。もし村人が土地神につくようなら、大人しく引き下がって、改めて討伐隊を指揮すれば済む話。それこそ、村人を人質にして土地神狩りを優位に進める策だって使える。
「よし、それならば決まりだな……。我、この土地を統べる古の幻獣、ニアの名において命ず! 我につき従いし者は、我の下に集え!!」
「「…………」」
静まり返る村。当然だが、信仰を失ったこの村に、国や貴族に逆らってまで土地神に付き従おうと思う者は極稀だ。
しかし、それでも居ないわけではない。
「ニアさま……」
「…………」
窓から覗く老いた瞳に対し、ニアは無言で首を振る。
「「おぉ、ニア様、ニア様……」」
村の家から、路地裏から、土地神を讃え、むせび泣く声が響く。
「ハ~ハッハッハッ! 所詮は時代遅れの魔物崩れよ!!」
「ふぅ、そうかもな」
貴族の高笑いを聞き流しつつも、ニアが老いた村人たちに微笑みを返す。
「さぁ! 約束通り、この地より去るがいい!!」
「ん? そうだな。そうさせてもらおう。しかし……」
「「!?」」
「最後に、あの醜悪な屋敷だけは破壊させてもらうとしよう。どうせ貴様らも事が終わったのなら用はあるまい?」
「「??」」
何のことか理解できない一同。しかし陣の奥に、声も出さずに脂汗を滝のように流す者たちが居た。彼らは貴族の側近で、もし主に危険が及ぶときは、その身を挺して彼の者を守る責務がある。
「それでは、さらばだ! カ~カッカッカッ!!」
土地神が背を向けると同時に、轟音が村に響き渡る。その先にあるのは、貴族がこの村に滞在するにあたって建てさせた屋敷であった。
「ひぃぃぃ……」
轟きを聴き、陣の奥で豪華な鎧を身に纏っていた男が……膝をつき、尿を漏らす。彼は、もしもの時に備えて貴族の代わりにこの場に立っていた影武者だ。そして渦中の貴族は、屋敷の地下で事が終わるのを待っていた。
「おい! 土地神が消えたぞ!?」
「はぁ? どうなってんだ!?」
煙と共に消え去る土地神。
こうして村は、何の変哲もない辺境の農村へと生まれ変わった。そして、人喰いの土地神は、とある軍閥貴族に討伐されたと報じられたが……その功績を称される者が公の場に姿を見せる事は無かった。
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