#005 神の住まう村③

・修正報告

ニャアがシロナを呼ぶ場合「シロナ」と呼んでいますが「シロニャ」に遡って修正をしました。





『ニャア、ここの土地神は……人を、食べるの?』

『食べないのにゃ。アレは土地神を人食いの邪神にするための印象操作なのにゃ』

『でも、食べないんでしょ?』

『だから、あぁやって見殺しにして、食べていたって国に報告するのにゃ』


 空気が震える。幸か不幸かその轟は、力を持たない者が感じ取れるものでは無かった。


「さぁ~って、ボクたちも行こうか」

「「はぁ~ぃ」」

「…………」


 貴族はまず、

①、国に『この土地の土地神は人を喰らう危険な存在』と報告する。

②、調査の名目で、獣人の子供を奴隷商から買い付け、それを生け贄に捧げて実際に人を喰らうか確認する。

③、実際の土地神は、人を喰らうどころか姿を見せることは無く、子供はそのまま餓死する。

④、餓死した子供を土地神に喰われた事にして、その危険性を村や国に再度報告する。

⑤、最終的には、適当な魔物を土地神と偽って仕留め、その成果を得る。


 死因については、適当な魔物に子供を喰わせ、それを証拠として提出する予定であった。しかし、山に人を喰う魔物が出現しない事から、結果的に餓死する事となった。貴族は、取りあえずで死者数を増やし、適当なところで証拠用に、魔物に喰われた子供を何人か調達する予定であった。


「ん? どうしたんだい??」

「ちょっと~、なにモタモタしてるのよ。他の班は行っちゃったよ?」

「何よこの子、もう、私たちだけで行きましょ~」


 せかす冒険者の声が、シロナの体を通り抜ける。しかし、彼らがシロナの憤りを理解することは無い。何故なら、


「何も思わないのですか?」

「え? 何の話??」

「子供が、今にも死にそうなんですよ?」

「はぁ? アレはただの"獣"だぞ? 子供もクソもあるのか??」


 そう、彼らにとって獣人は、二足歩行で言葉を話す動物でしかない。いやむしろ、人として権利を主張し、領土や資源の問題を引き起こす"害獣"と言う認識なのだ。


「堪えろ、シロニャ!!」

「ん? 今の声、誰だ??」

「…………」


 シロナは無言で子供に近づき、鎖を断ち切る。


「おいおい! 何やってんだ! ソイツは貴族様がわざわざ金を払って買っている生け贄エサだぞ!!」

「煩い!!」

「「!!?」」


 一陣の風が吹き、冒険者が肉塊となって散らばる。


「水だよ……」


 冒険者に目もくれず、解放した子供に手持ちの水を分け与えようとするシロナ。


「シロニャ、ダメなのにゃ!!」

「うぅ……ゴ! ガホッ! ガホッ!!」

「あっ!? ごめんなさい、今……」


 むせる子供の様子を見て、シロナは慌てて背中をさする。しかし、子供は何の反応も示さない。


「…………」

「え?」

わらべは既に事切れる寸前だったのにゃ。だから、舌を動かすことも……」


 子供が磔にされたのは7日前。途中で降った雨や朝露でなんとかココまで耐えてきたが、それでもとうに限界は超えていた。


「あぁぁぁ!! 私、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! こういう時は湿らせた布とかで、それでそれで!!」


 錯乱するシロナ。しかし、状況は容赦なく追い討ちをかける。


「おい、何を騒いでいる!?」

「なんだよ、獣人のガキをおろして」

「なっ!? なんだこの血だまりは!!?」


 解散して間もなかった事もあり、騒ぎにつられて兵士や冒険者が戻ってきた。


「クッ! こうなれば仕方ない!!」

「「!?」」


 混乱の最中、突然シロナへの視線を遮るように煙が上がる。


「皆の者! 聞くがいい!!」

「「な、なんだオマエは!?」」


 突然現れた裸の美女。流れるような髪に、豊満な乳房、艶めかしい足。しかし、見る者の視線は一様に別のところに集まっていた。


「その耳! 獣人か!?」

「大変だ、獣人がエサを助けに来たぞ!!」


 女性の頭には、猫を思わせる体毛に覆われた耳が生えており、よく見れば二股に分かれた尻尾も生えている。


「ふん! 下郎がさえずるな! 我はこの山を統べるいにしえの幻獣、ニア様だ!!」

「「はぁ!?」」

「愚かな貴様らにも分かる言葉に置き換えるなら、土地神かのぉ」

「嘘だろ? 本当に姿を!?」

「なんで今更!?」

「理由なぞ決まり切っておろう! 貴様らの暴虐非道は目に余る。今よりこのニア様が、貴様らの飼い主もろとも血祭りしてくれよう!!」


 魔力が瞬き、森の木々が激しく騒めく。その光景は、獣人や並みの魔物が発せられるものでは無く、居合わせた誰もが土地神の威厳と憤慨を、強く心に刻み付けた。


「ひぃぃ~、本物だ! 土地神がでた!!」

「おい、兵士が逃げたぞ!?」

「ちょ、どうするんだよ!?」

「ほう、貴様らは我に挑む気概があるようだな」

「「え?」」

「せめて、そこの肉塊よりは、我を楽しませてくれると良いのだが……」

「「ひぇぇええ!!」」


 マヌケな悲鳴を上げて冒険者たちもが逃げ出す。


 そして、逃げ惑う冒険者の背中を見送ったところで、ゆっくりと女性が振り返る。


「シロナ、自分を責めるな」

「でも、でも……」

「悪いのは何もできなかった我だ。その童も、最後に水と、人の温もりを感じられ、幸せに逝けたであろう」


 僅かながら落ちつきを取り戻したシロナが、ポツリポツリと語りだす。


「その、私、今まで沢山の人を、殺してきたの」

「そうか」

「私や友達を襲った冒険者。そして、その人たちを送り込んだ村の人たち。そこには、お年寄りや子供も居たわ……」

「うむ」

「でもね、こんな私が言うのも烏滸おこがましいけど……私は、皆が平和で、穏やかに暮らせる世の中になってほしいと望んでいるの」

「そうであろうな」

「ねぇ、ニャア。お願いがあるの」

「なんだ?」

「この子のお墓を作りたいの。手伝ってくれる?」

「……断る!」


 少し強い言葉で、シロナの願いは退けられる。


「そう、ごめんね、無理言って……」

「我は、我の意志でその童を弔うのじゃ! シロナの指図は受けん!!」

「え?」


 そう言って彼女は、汚れるのも構わず素手で土をかき分ける。


「えぇい! 何を見ている! さっさと我を手伝え! この体は、維持するだけで力を消費するのだぞ!!」

「ふふふ。ニャアちゃんには、敵わないな~」




 こうして、山の祠の傍らに、小さなお墓が建てられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る