スランプ日記

フライングちんあなご

第1話 七月十一日(土)

 今日はなにも書けなかった。


 といっても何もかも、ではない。現にいま、この文章を書いているからだ。私が書けなかったのはストーリーのある小説だ。途中で行き詰まり、手が一度も動いていない。世にいうスランプであった。


 若い頃の私はスランプになるわけがないと思っていた。ただ因果応報と、自分の書く小説は面白くないのではないかとの疑問から筆を遠ざけ三年。書くたびに疑問が浮かび、手が動かなくなっていく。


 アイディアを生み出すために本を読むのも怖かった。ストーリーの最後に味わう喪失感が私は嫌いだからだ。物語が終わること、すなわち私はもう、その話に心から没入できなくなること。エンディングが不服な終わりならなおさらである。


 さらに素晴らしい小説に出会ってしまえば、私はいま書いている自身の小説の意義を疑ってしまう。疑ってしまえば最後、私の魔法は解けてしまう。


 時間をおくのもダメだ。それは熱意を奪う。終わりまで必死に駆け抜けなければならない。頭をストーリー一色に染め上げ、命と時間を燃やしながら不安と強迫観念を押し殺さねばならない。


 だが今の私にはどうしようもない。映画を観ても、漫画を観ても、展開は浮かぶが文は浮かばない。響いてこない。


 私はどうすればいいのだ。どうすれば……また小説が好きになれるのだ。

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