After.3 ウサギのプレゼント

太陽の光が柔らかくなったのを、最近感じる。

そうか、夏ももう終わるのかと思いつつ額を軽く擦ると指先が汗ばんだ。ううん、まだまだ当分は暑い日が続きそう。

そんなことを一人考えながら、両脇に買い物袋を抱えて私は歩いていた。


一緒に買い物に来た真理は夕方からバイトがあると言って先に帰ってしまったのだが、私はまだまだ買い物を続行する気でいた。


ここは隣駅に新しく出来たショッピングセンターだ。そして今は、OPENセール実施中。

私は上りのエスカレーターに乗りながら店内を見回し一人微笑んだ。

さぁて、これからカフェでケーキでも食べてからもう一回りしようかな、さっき見たスカートもう一度チェックしたい……それから化粧品も……。


その時、ポンポンと背中を叩かれた。

振り返ると、そこにはピンク色のうさぎがいた。

いや、正しくはうさぎの着ぐるみを着た人物、である。もこもことした右手に、うさぎは大量の風船を持っていた。赤、黄、青、橙。どうやらサービスで子供に配るためのものだ。


きょとんとした顔で私が見返すと、突然そのうさぎはピンクの風船を一つこちらに差し出してきたのだ。


「え?」


これって、子供対象じゃないの?どう見ても私って対象外じゃ―――と思いつつ、躊躇いながらも風船を受け取ってしまった。

それを確認して、コクコクと小さくうさぎは頷くと続いて、赤色の風船を、そして橙色の風船を遮る間もなく手渡してきた。


そしてクルリと後ろを振り向くと私の前から去っていったのだ。

私は3本の風船を手に持って、しばらくその場に立ちつくしていた。



「え―――――――じゃぁ、あのうさぎ、榎本だったの!?」

「うん」


その日の晩、夕飯を食べながら何気なくその話をすると、榎本は「あ、それ、俺だよ」と意外なネタばらしをあっさり口にした。

呆気にとられている私に、榎本はヘラリと笑うと言った。


「いや、びっくりしたよーまさかあそこで大河原さんに会うなんて思わなかったから」

「びっくりしたのはこっちよ!いきなり風船渡されて!」

「あはは、ごめんごめん」

「もう!だったらあの時ちゃんと声掛けてくれれば良かったじゃない」


榎本のせいであれからずっと狐につままれ状態だったのだ。天井に頭打ちしてぷかぷか浮いている色とりどりの風船を見ながら私は、むぅと顔を歪ませた。

全く、考え損だ。

「バイト中だったからね」と答えた榎本に「それはそうだけど」と曖昧な返事を返して私は立ち上がると、台所に向かった。

冷蔵庫を開けて、小さな箱を奥から取り出す。

にや、と思わず顔が緩んでしまった。今日の衝動買い品その①だ。この店のシュークリーム一度、食べてみたかったんだ。


「榎本、カスタードと抹茶、どっちが良い?」

「んー、抹茶!」

「そっかぁ~じゃぁ、はい」


と、榎本に私は躊躇いなくカスタードクリームの方を手渡した。

困惑した顔でそれを受け取った榎本に私は平然と「私も抹茶にしようと思ってたんだ」と言って微笑んだ。

これは相当悔しがる榎本が見れるんじゃないか、と思ったのだが榎本は「ふぅーん、気が合うねぇ」と何故だか嬉しそうにヘラリと笑ってシュークリームを頬張っただけだった。


さすがだ、と私は内心舌を巻く。全く榎本は本当に恐ろしいほど気が長い人間だと思う。


シュークリームを口に近付ける。パリパリの生地に、粉砂糖がほんのりかかっていて、アーモンドが仄かに香る。そのあまりの美味しさに私は眼を細めて榎本に同意を求めた。


「美味しーい」

「うん、これは美味い!」

「また明日行って買ってこようかなぁ、まだ他にも種類いっぱいあったし」

「じゃぁまた会いに来てよ、せっかくだから」

「榎本に?」

「うん」

「でもバイト中なんでしょ?」


「まぁね、でもまた風船サービスしてあげるよ」と言って、榎本は得意げに私を見る。

私は曖昧に苦笑して「遠慮します」と答えた。だって正直、物凄い恥ずかしい思いをしたから……風船持って一人で電車に乗って帰るのはもう勘弁。

私はふと、抹茶味のシュークリームを榎本に差し出した。


「榎本」

「へぇーぃ」

「一口交換しようよ」


「いいよ」と言って榎本はそれを受け取り一口頬張った。榎本って口大きいな、なんてぼんやり考えながら私はそれを見ていた。

鼻にクリームついてるのに気付いてない。よし、言わないでおこう、さて気付くのは何時になるかな、という嗜虐的思考の下、私は一人意地悪く笑う。

そして、榎本から受け取ったシュークリームに小さく齧り付くのだった。

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