第4話 再び庭に小屋が建つ

土曜の朝8時。帰宅部の私は特にいって予定がない為、いつもなら布団の中で丸まっている時間である。

――――――しかし今日は違った。

私は寝ぼけ眼のまま、黒のハーフパンツにTシャツという姿で手に軍手をはめながら榎本の後ろを歩いていた。


眠い、寝てたい、帰りたい。

何で私、こんなとこにいるの、何で、どうして、眠い……


と、思いつつ前を見ると榎本はウキウキとスキップしていた。その様子が無性に癪に障り私は意味もなく叫んだ。


「…………ばかーっ!!!」

「うゎ!どうしたのいきなり」


驚いて立ち止まりこちらを見る榎本。私はキッと榎本を睨んだ後、「別になんでもない」と呟いた。

しかし、彼はニヘッと笑うとこちらに近づいてきて私の顔を覘き込み楽しそうに言った。


「もしかして大河原さん、朝苦手?」

「えぇ、そうですけれども……悪い?」

「いやぁ、別に」

「何よっ」


小馬鹿にされたようで腹が立ち、ふんっと横を向きそう答えると更に榎本は楽しそうな顔をした。


「大河原さん、何かしっかりしてるからさ。寝起きが悪いのって意外だなぁと思って」


意外……?アンタにだけはその言葉、言われたくない!!!


私はちらりと榎本の顔を見た。今日の彼は髪を一つに結わき、頭にタオルを巻いている。

昨晩と今日の朝、私が作った食事を腹いっぱい食べた為か今日の榎本は普段の100倍程元気がいい。その姿は生命力に溢れ、爽やかだ。長い長髪や不精ひげもファッション故の結果である様に見える。


私は断言できる。

もし今此処で同級生とすれ違っても、誰一人としてこれがアノ榎本とは気づかないだろうという事を。


「あ、ほらほら着いた、着いた!」


そう言って榎本は国道の向こう沿いにある大きな酒屋さんを指で示すと「ひゃっほう!」と奇声を発しながら私をおいて、道路の向こう側に向かって走り去っていった。



「あぁぁぁぁっ!ジュンちゃんっ!?」


酒屋の中に入ると、入口横のカウンターに立っていた女の人が榎本を指さして叫んだ。そしてなんと、榎本の処に走り寄ってくると、バッと榎本に抱きついたのだ。


(え!?何この状況!)


あまりの突然の出来事に驚いて「ヒィ」と叫び後ずさった。何気に二人の傍から離れると、女が私を見た。

腰のあたりまで伸ばした髪はグルングルンに巻かれ、化粧も濃く目の周りは真黒だ。

私だってうちの学校ではそこそこ外見に気を使っている方だが、それを遥かに上回っている。

彼女は涼しい目で私を見ると「何?この女」と呟いた。


何これ、まさかの修羅場!?


ってことは―――――この人、え、え、え、え、榎本のカノジョ!?


私が頭にハテナマークを大量に浮かべ、冷や汗をかいていると店の奥から体格の良い男の人が出てきた。


「おぉ!榎本クンじゃないかっ!これまた、えらく髪を伸ばしたなぁ!またうちにバイトに来たのか?」

「店長!お久しぶりです。確か、段ボール箱たくさんありましたよね?貰ってってもいいですかぁ?」

「段ボール?山ほどあるよ!好きなだけ持っていきなっ!」


そう言って店長さんはガハハと豪快に笑うと、手招きをしながら再び奥に消えていく。


「えっと、じゃ、そういうことで」

「えぇ~!?ジュンちゃん、段ボールなんて何に使うの?久し振りに会ったんだからもっと愛華とお話ししよ?」

「あ~ごめん!今俺、結構急いでるんだ!んじゃっ!」


榎本はさり気なくその女の人の腕を振りほどくと、私の腕を引っ掴み逃げるように店の奥へと進んで行く。

「何でそんな冷たいのよ~!」という不満げな声が後ろから微かに聞こえた。



「ほら、ここにあるの全部持って行っていいから!」


そこは小さな倉庫の様になっていて大量の段ボールが積み重なっていた。大中小と大きさは様々である。榎本はまるで宝物でも見るようにそれらを手に取ると「おっちゃん!有難う」と言ってヘラリと笑った。


「お前のその顔を見るのもひさしぶりだよなぁ~またバイトに来ればいいのに…

――――あぁ、でも愛華がなぁ……さすがにアレじゃぁ榎本くんも嫌になるはずだ」


店長さんにそう言われ榎本は苦笑いを浮かべている。

「あのぉ、その愛華さんと榎本は一体どういう関係で?」と我慢できずに私が口をはさむと店長さんがこっちを見た。そしてまたガハハと笑う。


「どうもこうも愛華がこいつに首ったけだったんだよ。まぁ、榎本クンはウチの娘なんぞ全く相手にしてなかったけどなぁ~」

「すんません」

「君が謝る必要はないさ。モテる男も辛いって事だ。それにこんなに美人な彼女も出来たみたいだしね」


そう言って店長は何故か私の方を見て下手くそなウインクをした。こんなにも大きな図体をしている中年男性がウインクなんて何だかちょっとチャーミング…って、違うっ!


「え、そ、れは、もしかして私のことですか…っ?」

「君の他に誰がいるの?いやぁ、榎本クンはちょっと能天気なとこもあるけど、真面目だし仕事は一生懸命やるし男の僕から見ても爽やかだし、本当にいい奴だよ。まるで好青年の鏡だな!」

「そんなぁ~店長。俺もさすがに照れちゃいますよ~」


赤面しながらモジモジし始めた榎本を、私は思いっきり段ボールで叩いた。バキッと激しい音がして段ボールに穴が空き、榎本の頭がそこを通った。そしてガクンと膝を落とす。


「違いますっ!!!!私は榎本の彼女なんかじゃありませんっ!誤解です!」

「いやいや、照れなくてもいいからさ。じゃぁ後は二人で適当に運んでいくんだよ!手とり足とり共同作業で」


そう言ってウワハハハハと何が面白いのか大声で笑いだすと、店の中へ戻ってしまった。


「いたたたた。何で大河原さんはすぐに暴力に走るのかな。ちょっとは手加減を…」起き上がった榎本の首根っこを私は思いっきり掴む。


「ばかっ!アンタが調子こくから変な誤解されちゃったじゃないのよ!」

「ぐ、くるしい……」

「今日だって昼まで寝てるつもりだったのに、”段ボール運べ”って窓ガラス叩いて起こしてくるし!感謝の一つぐらいしなさいよ!」

「は、放して……」

「それどころか人が寝ぼけてるの小馬鹿にしてたわよねっ!?何が好青年の鏡よっ!この野蛮人!!!」


すっかり目が冴えた私はそう叫びきると榎本を解放した。そして手頃な大きさの段ボールを4つほど抱えると「私、帰って二度寝するからっ!!!」と叫び倉庫から出たのだった。



居間の大時計が正午を告げる鐘を鳴らした時、私はベランダのデッキで本を読んでいた。

結局すっかり目が覚めてしまった私は、10時に開店するスーパーに行って買い物をした。

しかしその後は時間を持て余し、ただ大量の段ボールを持って帰って来るだろう榎本を待っているしかなかった。

あれから4時間経っても榎本は帰ってこなかった。


やはり首を絞めたのがいけなかった?野蛮人は言いすぎた?もしかして、もう別の場所に移り住んだとか?




「だったらそれでいいじゃない」




そう口に出して言ったものの、私は何故か溜息をついてしまった。さっき大量に買ってしまった食材のことを考えた。あんな量の食材をどうやったって一人では消費できない。

そういや、この家に引っ越したばかりの頃よくそういう事があった。

家族の分、買って、作って、待って。

最後は一人で全部処理をする。

ゴミ箱にボロボロと残り物が落ちていく度、私の眼からも涙がこぼれた日が、確かあった。


「―――っ……おーい!大河原さぁーん」


はっと意識が戻ると目の前で榎本が手をヒラヒラさせていた。全然気づいてなかった私は驚いて思わず後ずさる。


「もしかして目開けたまま二度寝してたでしょ」

「そんな器用なこと出来ないわよ!榎本遅いなぁって思ってたの」


私がそう言うと榎本は「待っててくれてたんだ」と言い嬉しそうに笑った。何故だか私は榎本から眼を背ける。庭には榎本が持ってきた段ボールが積んであるのが見えた。

きっと重かっただろうに、と思うと先に帰ってしまった事が急に申し訳なくなった。


「帰ろうと思ったらさ、途中でちょっと捉まっちゃって長引いて」

「もしかして、あの店長さんの娘に?」

「うん」


心なしか榎本の顔はぐったりして見える。私は思わず顔がにやけた。


「アンタに首ったけなんだってねぇ~。いいの?冷たくしちゃって。ちょっと派手だけど可愛いひとだったじゃん」

「俺にも好みってものがあるんだよ!あぁいうタイプは苦手なの」


榎本に女の好みがあったとは……そう思うと我慢ができなくなり私は笑いだして「えぇ~何それ?じゃぁ、榎本はどういう子が好きなのよ?」と質問した。

私の質問に榎本は少し困った様な顔を浮かべた後、答えた。


「しっかり者で家庭的で優しくて、一緒にいると楽しい子かな」

「うわ、何か典型的。今時そんなよく出来た女の子そうはいないでしょ」


ケラケラ笑う私に榎本は「理想は高く持つべし」とだけ言うと、そっぽを向いて段ボールを組み立て始めた。


「大河原さん」

「何よ?」

「何だかんだ言いながら、段ボール運んでくれて有難うございました」

「持ちやすいのちょっと持ってきただけだよ?」

「それでも、助かったから。有難う」


急に黙り込み榎本が作業を始めたのでつまらなくなった私は「何か手伝おうか?」と言って榎本に近寄った。

デッキは日陰になっていてわからなかったけど、裏庭は思いっきり直射日光にさらされており、ものすごく熱い。だらだらと汗を流している榎本の顔はびっくりするほど真っ赤だった。


さて、榎本の小屋を建てる技術は素晴らしかった。

話を聞くと前に公園で一緒だったホームレスさんが秘伝の技を教えてくれたらしい。

私が興味深々で教えてくれとせがむと、榎本はいつもの様にヘラリと笑い「大河原さんが小屋に住む機会があったら教えるよ」と言った。そんな事あったら困る。冗談じゃない。

榎本の指示通り段ボールを支えたり、ガムテをちぎっていた私もいつの間にか汗だくだった。


「出来たっ!」


榎本がそう叫んだ途端、思わず私まではしゃいでしまい「やったぁ!」と言って笑い榎本を見た。

右手を立ててこちらを向く榎本に合わせ、ハイタッチをするとぱんっと軽くて気持ちのいい音が弾けた。


「でも、前の小屋よりも大分小さいけどいいの?」

「まぁ、ほとんど仮眠と荷物置く程度だし。こないだの失敗を生かしより頑丈に、そして通気性を考えたコンパクトなものに仕上げました」


そう言って嬉しそうに榎本は出来たての小屋をすりすりと触った。


「……ところで大河原さん」

「何よ?」

「今日のお昼ご飯は何かな?」

「図々しい奴!」


ヘラリと笑った榎本に踵を返すと私はさっさと部屋に上がった。

窓を開けていたせいか、いつもは涼しい部屋の中も生ぬるくなってる。でも、そんなに嫌じゃない。

私は大きく伸びをすると脱衣所からタオルを2枚取ってきて1つを榎本に向って投げた。

それは榎本の顔面にバシッと勢い良く当たると、空しく地面に落ちた。

ついでに頭に巻いていたタオルも一緒にずり落ちる。


うわ、またやってしまった。

誤魔化すように私は叫ぶ。


「そ、素麺と冷やし中華、どっちが好き?」


タオルを拾った榎本はそんな私を見ると楽しそうに「冷やし中華!」と叫んだのだった。

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