第三話 弱者は雑魚にすら及ばない




 前世のジルはゲーマーだった。中でも大好きだったのがRPG。

 日本人でありながら外国で産まれ落ちたがため異国寄りの名前をつけられた彼は、友と呼べる者があまりいなかった。そのため休みの日はゲーム三昧。野生のスライムを倒しては経験値をもらい、倒しては経験値をもらいを繰り返していた。その記憶は今でも存在している。


 だからこそ、ジルは軽く考えていた。考えすぎていた。

 弱い者から順に倒し経験を積むことでレベルアップする。そういうシステムがこの世界にもあるはずだとすっかり思い込んでしまっていたのだ。


「現実は甘くない」


 ドヤ顔で大木の幹にしがみつきながら、ジルは言う。その下には全長僅か五センチ程のスライム軍団が蔓延っていた。

 彼らは、それこそぶん殴りたくなるような顔で、落書きのような細い手足を振り回し、叫んでいる。


「オイ貴様! 逃ゲルトハ卑怯ダゾ! 堂々ト戦エ! 堂々ト!」


「やなこった! 大体、お前らそんな見た目してやたらグーパン強いから無理に決まってらあ! 助けてマミー!」


 叫ぶジル。殴られたのか、確かにその片頬は赤く染まり、若干腫れ上がっている。こう言ってはなんだがわりと痛々しい。


 泣き叫ぶジルに気を良くしたのか、スライム軍団はさらに果敢に攻め立てていく。地面に転がる砂を一粒両手で抱え、全員が全員、一斉に手にしたそれをジルに向かってぶん投げた。

 しかし当然、自分たちより高い位置にいるジルにそんなものが届くはずもない。


「クソッ! 忌マワシイ奴メ! 防御壁ヲ張ッテヤガル!」


「なんだよ防御壁って!? 張ってねーよ!!」


「ナン……ダト!?」


 スライムはショックを受けたようだ。若干よろめいている。といっても表情が変わっていないので実際どうなのかわからないが……。


 何やら騒ぎだしたスライム軍団を見て、これは好都合だとジルはしがみついた大木を蹴り上げ、その枝に飛び乗った。そこから隣接する木に飛び移ることで移動を果たし、なんとか危機と言って良いのかわからぬ謎の状況から脱する。


「はー、外に出たらすぐこれだ。やっぱり異世界ってこえーな。これなら前世の方がまだいい世界だったよ。ちょっと治安悪かったけど」


 治安が悪くとも生きていけたのだ。やはり引きこもりは強い。ニート万歳。

 そんな馬鹿なことを考えながら、地面へと着地する。広大とも言える緑の草原が、ジルの目前に広がった。


「しっかし、ココどこなんだろ。あまりにも興味無さすぎて外のことなんか教わらなかったからなあ。やっちまったぜおい」


 こんなことならこの世界の地理くらい学んでおくんだったと今さらながら後悔する。まあ、後悔したところでどうにもならないのだが……。


 ジルは一度落胆したように肩を落としてから、背に担いだリュックを地面に下ろし、中に突っ込まれていた地図を取り出した。かなり巨大な地図だ。このまま見るのはちょっと無理がある。

 ジルは適当な大きさの岩を見つけ、そこに地図を広げてみた。


 岩の上に広げられたそれは、世界地図だった。とてつもなく広い大地と海が記されている。世界はこんなに広かったのか……。

 ちょっと感動し、ついでに感動の影響か若干涙腺が緩んだ。


「……それ、なあに?」


「地図だよ。世界地図。って言っても俺もよくわからないんだけどさ」


「ふーん。地図ってなあに?」


「は? 知らねーの? バッカだなお前! 地図っていうのはこの世界の大陸と海をあべらばっひゃー!?」


 実に奇怪。かつ奇妙。

 自分でも分かるほどにへんてこな悲鳴をあげてその場から飛び退いたジルは、バクバクと煩い心臓を落ちつかせるように己の胸へと片手を当てる。その視線の先には、未だ岩の上に広げられたままの地図を覗き込む、一人の少女の姿があった。


 身長はジルより少し低めの百五十五センチほど。肩の上で切り揃えられた柔らかそうな桃色の髪がサラサラと吹き抜く風により揺れている。若干眠そうな、しかしそれでいて見知らぬ事柄に遭遇し興味津々といった少女の瞳も髪と同じく桃色だ。微かにキラキラと輝いているのは、ジルの目が悪くなっていなければ確かな事実である。


 少女は、突如として奇声をあげ退いたジルに顔を向ける素振りすら見せず、片手をほんの少しあげて彼を手招く。

 ジルはついつい己を指さした。少女は顔も上げていないのにこくりと頷いている。


「……な、なんでしょう……」


 恐らく、というか確実に年下であろう少女に対し敬語を使い、尚且つ両手を擦り合わせるという情けない行動を起こしながら、ジルは少女の傍らへ。少女はそんな彼が隣に来たことを気配で確認すると、何も言わずに地図上のある箇所を指し示した。


「え、えーっと?」


「ココ。ココ、行きたい」


「へ、へぇ、そうですか……」


「ねえ、連れてって。ミーリャ、ココ行きたい」


「いや、そう言われましても俺は地理に疎くてですな……」


「連れてってくれるなら、ミーリャがお前を守ってやるのよ」


 ミーリャ。その名で己を呼んだ少女は、身に纏う真っ白なワンピースの裾を揺らしながら、意気揚々と立ち上がった。


「ミーリャは呪術師。弱いお前を守るくらいたやすい。死にたくなければミーリャの条件を呑むことをオススメするのね」


「死にたくないんで呑みます」


 あっさりと頷いたジルに、ミーリャという名の可愛らしい少女は、ひどく嬉しそうに微笑んだ。

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