1―5

「あー終わった……。やっぱり良い事をすると気持ちいいね」

 一仕事を終え、心地いい疲労がウェンズデイの体に広がって行く。彼女は戦闘での緊張をほぐすべく伸縮性に富んだ宇宙服のままストレッチを始めた。

〈まぁ、海賊退治は世間一般からすれば英雄的行為なのでしょうけど……〉

 ジウは艦内の監視カメラからその様子を確認する。焼け焦げた死体の群れに、宙を漂う血の噴水と化したキャプテン、艦橋の外では思いつく限りあらゆる方法で海賊たちの成れの果てが浮かんでいる。

 そんな状況で無邪気にリラックスとか……どちらが悪党か分からなくなるでしょうが。ジウは人間で言う所の「呆れ」の感情を算出すると共に他人がこの状況を見た場合におけるウェンズデイの非難を回避するべく正当性を演算し始める。

〈まずは不当な追いまわしに、威嚇を超えた範囲の砲撃、物的証拠から彼らが略奪者である事と、その被害に遭った事の立証――〉

 不意に船体を「ドン!」と震わせる振動が広がった。ウェンズデイはマグネットシューズのスイッチを切って宙に避難を始める。震源は複数存在しているのか、大小様々な揺れが断続的に発生する。

〈海賊の生き残りが⁉ まさか反撃を⁉ ウェンズデイ、危険に備えて!〉

 己が算出できなかった。それはおそらくウェンズデイを超える程の実力者に違いない。ジウはマスターの身を案じて演算を打ち切り、すべてのリソースをこれから起こるであろう脅威に備えた。

「あー……ジウ、多分敵じゃないから今すぐ何か起きるわけじゃないと思う。うん、しばらくは、ほんの少しは大丈夫だと思う」

 ウェンズデイは目を泳がせながら歯切れの悪い言葉を並べ始める。今やエメラルドグリーンの瞳は精彩を失い、折檻を嫌がる子供の用に「あー、うー」と落ち着かない。

〈まさかウェンズデイ……また何か余計な事を……!〉

 ひぃ、と小さな悲鳴と共に彼女の体が縮みあがる。図星か。ジウはすぐさま艦内の異常を精査を始めた。

〈戦闘機格納庫の大規模炎上が第四エンジンを誘爆、武器庫近くの各種制御装置に反応なし、談話室付近の重力発生ドライブが炎上爆破に――ウェンズデイ‼〉

「だってどの場所にも海賊がいたし、ジウだって壊しても何も言わなかったじゃない」

〈私がどれだけ他の機械のリソースを奪えても基本的な思考のスケールはアンドロイド一体分だって何度も言っているじゃないですか! 出来るのはあなたを守るための演算で、個人的に引き起こした破壊行為の余波まで一々計算出来ないんです!〉

「でもジウの話を聞くと今回は海賊たちのレイアウトも悪――っ」

 再びの爆発に船体が震え出す。シャッターの内側のウインドウが割れ、船体全体が軋みだす音まで聞こえる。どうやらこの船の寿命はそうは長くない。

「ジウ、人質たちは一カ所に集まっているんでしょ。パニックを避けるために部屋の中に催眠ガスを出して。略奪品はどうせ一番頑丈な場所に保管されているだろうし今回は無視。ああもう、脱出艇の一つでも残しておくんだった! 宇宙服! 予備の奴の位置を表示して! こうなったら紐でくくってでも宇宙船に乗せる!」

〈滅茶苦茶な発想ですけど、どうやらそれしかなさそうですね〉

 ウェンズデイの指示を受け、ジウは人質たちがいる場所までのルート上に存在する、宇宙服の配置を送信した。どうやら数だけは十二分に揃えられている。各ハッチに二つは存在するのを見るとあの生きぎたなかったキャプテンのらしさが浮かんでくる。

 そこからは時間との勝負だった。ウェンズデイは抜け目なくキャプテンの死体をワイヤーで背中に括り付け、今回はマグネットシューズを使わずに壁面を蹴って、無重力空間を最大限に活用した最速の動きで移動を始める。各ポイントで宇宙服を回収し、人数分を両腕いっぱいに抱えると目的地へ突入する。

 変形する宇宙服は袖と頭部さえ入れば服が自動的に装着を行ってくれる。ウェンズデイは技術の進歩に感謝しながら次々に服を着せてゆく。

「あとは三〇人をどうやって運ぶか、かぁ」

 振動は続いている。場数を踏んだウェンズデイですら、本来安全であるはずの船自体が脆く崩れ去ろうとしているのは肝が冷える。これが一般人であれば滅茶苦茶に逃げ回って全員で脱出とは行かないだろう。

「だからって今回ばかりは動いて欲しいと思っちゃったり」

 三〇人に自動で着られる服を身につけさせるのと、船外に移動させるのとではかかる手間が異なる。両手で抱えて十五往復していたら人質はおろか自身も爆発に巻き込まれてしまうだろう。

 こうなったらジウに啖呵切った通りにするしかないか。ウェンズデイは腹をくくると人質たちを一人一人ロープでつなぎ始める。自分たちが乗って来た宇宙船は貨物船仕様。人間三〇人を乗せるスペースは存在する。ただそれは彼らをギチギチに隙間に埋めた場合であって、彼女は係留した彼らの姿とこれからの行動がかつての地球で存在していた奴隷船の一幕のようで不愉快だった。

「どうせ私の自業自得ですよ。でも私にはアレしか取り柄がないんです!」

 彼女は最後に列の先頭と自身の腰をロープで固定し床を思い切り蹴った。戦艦の通路を行列が目的地に向かってたなびく様子は平時であれば出し物の如く華麗ではあるものの、今は観客もいないし、ウェンズデイも必死で全身を動かしているに過ぎない。

〈待ってウェンズデイ。出口は入り口では無くこちらへ〉

 彼女のバイザーにジウからの新たなルートが表示される。

「ここって船から遠くない? 流石に疲れてきたんだけど」

〈外を見れば分かりますよ。大丈夫です。宇宙に出ても必ず回収しますから〉

 それだけ聞くとウェンズデイは走る事にだけ集中した。運送会社に拾われて右も左も分からない頃からずっと一緒だった相棒がそう言うのだ。今までこの相棒が自分を裏切った事は無い。ウェンズデイはひたすら真っ直ぐルートに沿って走って行く。

 そして目的地である非常用のハッチを思い切り開けると――

「――っ! 嘘でしょ!」

 そこには二人の目的地である宇宙港が視界を埋め尽くす程広がっている。本来の到着時間は六時間後。であるにも関わらずこれだけ近くに見えると言うことは、制御を失った戦艦がものすごい勢いで前進している事に他ならない。

「脱出ッ!」

 ウェンズデイはハッチの外に出るとマグネットシューズを起動し外壁に張り付く。そこからは畑から芋を引き抜く要領で三〇人を一気に外へと引っ張り出した。

「よし!」

 ウェンズデイは磁力を解除して人質と共に宇宙を漂い始めた。そんな彼女たちをすかさず後方からやって来た宇宙船が回収する。そこからは二人で手分けして人質を格納スペースへと押し込んでゆく。時折戦艦の爆発の余波が船体を襲うが、二人にとって重要なのはいかに積荷を傷つけずに彼らをする事。ただでさえ盛大にやらかしたのだ。せめて自分たちの周辺だけは綺麗にしておきたい。

 すべてが片付き、コックピットに戻った所で大きな光が操縦席の窓に降りかかる。

「うわー……」

〈これは酷い……〉

 ウェンズデイは「しまった」と顔を青く、ジウは相変わらず睡眠時の無表情ながらもアナウンスを震わせながら事の次第を見守る。

 戦艦のエンジンは巨大な爆発を引き起こし、船体の後部は宇宙の藻屑として消え去った。あれだけの質量の物が爆発したにも関わらず、爆発自体が宇宙港と二人が乗る船を巻き込まなかったのは奇跡と言っていい。

 しかし――ジウの記録によれば盗品を格納していた宝物庫が配置されていた前方が何故かまるまる残り、背後の爆風で加速を得ると真っ直ぐに宇宙港に突っ込んでしまったのである。真空の宇宙空間では一切音がしない。だが、起動エレベーターをドーナツ状に囲む宇宙港の外壁は戦艦の衝突によって爆発炎上を引き起こし、内部では悲鳴と混乱の大合唱になっている事は想像に難くない。

「どうしよう……」

〈まあ、今回はあれだけ証拠が残っていますし、少なくとも正当防衛の範囲で減刑される事は間違いないのでは〉

「減刑って……そんなぁ……」

 終わった……私の運び屋生活。ウェンズデイは力なくその場にへたり込む。するとロープが緩んだのか、背負っていたキャプテンの死体が転がり落ちる。宇宙の真空と冷却によってミイラの如く変形したそれは、二人のこれからをあざ笑うかのように乾いた笑いを浮かべていた。

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