1―6

「もう! あなた達はどうしていつもいつも派手なやらかしをしないと気が済まないんですか」

 部屋中にヒステリックな悲鳴にも似た怒号が鳴り響く。その声にウェンズデイは「ひぃ」と身をすくめ、ジウは「申し訳ございません」と鮮やかに九〇度の謝罪のお辞儀を決める。

「前回は惑星ギルダンでの違法植物群輸出未遂、前々回は小惑星スイリュウでの対消滅装置起動事故、その前は……イタイ、イタイ……お腹が痛い……」

「あの……マリーさん。怒るのがストレスならもう止めません……?」

 ウェンズデイの言葉にマリーと呼ばれた女性の丸メガネが光る。ヒールを鳴らし、ストッキングに絞られた両足で床を思いっきり踏みしめるとグリーンのスーツの胸を思い切りふくらまし、琥珀色の瞳をキッと睨ませて叫び出す。

「誰のせいで怒っていると思うんですか! ウェンズデイさん、いくらあなたが社長令嬢だからってその立場は社内外でなんでもやっていい特権じゃないんですよ! あなた一人が行った行動がこの宙域で働くサマートランスポートの社員約五〇万人を代表しているって何度言ったら分かるんで――イタイっ……お腹が……胃が……」

 マリーは二人が起こした数々の事件を表示したタブレットごと腹部を抱えながら蹲る。亜麻色のロングヘアをバレッタでまとめた正統派ビジネスウーマンスタイル。そんなデキル女を演出したい彼女のヘアスタイルを乱れさせる度にウェンズデイととりわけジウは申し訳なく思うのだが――

「……私は悪くないもん」

「ウェンズデイ、それが罰を受ける側の態度ですか。私はあなたの教育係として四年間こう教えたはずです。悪い事をしたら『ごめんなさい』。仕事での不祥事は『申し訳ございませんでした』。いくら納得がいかなくても外に出ると言うことは頭を下げなくてはいけない環境に出会うかもしれない事なんです」

 ウェンズデイに向かってジウは九〇度体を起こし、その双眸で睨みつけて怒りの表情を出力する。陶器のような滑らかな素肌に、枝毛一つ無いストレートに整った金糸と見まがうロングヘア、それに水晶を磨いたような碧眼が加わると本来であれば天使の如く麗しいジウなのだが……現在彼女の瞳は裁きのために冷たくパートナーの挙動を監視している。

「でも元はといえば――」

「でももへちまもありません。ウェンズデイ、本来であればあなたみたいな出所の分からない記憶喪失の少女を雇うのは会社としてリスクがある事なんです。それに、いつまでも怒ってもらえる・叱ってもらえると思ったら大間違いです。マリー社長秘書も私もただあなたが憎いから怒っている訳じゃありません。あなたに可能性を感じ、期待しているからこそ、今回の失敗から学んで、成長して欲しいから怒っているんです。もし最後通告があるとすればウェンズデイ、あなたは何も言われずに責任を丸被りしてこのコロニーから追放される。聡いあなたの事ですから頭の方では理解出来ているでしょう」

 仕上げにジウはウェンズデイに向かって慈愛の微笑みを出力する。マリーも追随するように「そうですよ」と声を重ねる。ウェンズデイはいまいち納得できないと口元をモゴモゴさせ、しばらく葛藤していたが――

「……申し訳ございませんでした」

 最終的にウェンズデイは自身の口で謝罪を述べ、頭を下げた。教育係と社長秘書は胸を撫で下ろすと、愛しい問題児のまた一つ成長した姿勢に温かい視線を送り始めた。

「まぁでも、今回はウェンズデイだけが悪いわけじゃないし。二人ともその辺にしといてあげたら?」

「「社長‼」」「ママ!」

 非難二、感謝一の視線がデスクに座る人物に注がれる。

「サマートランスポート代表取締役社長」のプレートが乗せられたデスクの上に「ようやくシリアス終わった」と軍用ブーツをだらしなく乗せてリラックスを始めた女性こそ、P―二八宙域を中心に物流を担う星間運送会社の女社長シャ・メイファンその人である。

「社長! せっかくウェンズデイさんが頭を下げる事を覚えた今!」

「それを台無しにする事を言うのは養母失格ですよ! これは私を教育係として運用したマスター権限に抵触します」

「いやーだってさ」

 メイファンはウェーブがかかった灰色の髪をかき上げると、丸メガネの位置を直し、漆黒の瞳を報告書に走らせ始める。

「ブルームーン海賊団ってジウのデータを基にするなら空間潜航が手法の海賊で、宇宙港の突っ込んだ残骸のコンピューターからも被害の帳簿が出てきたそうじゃない。本来なら回避できないはずの、あの宙域で今まで莫大な被害をもたらしていた海賊をたった二人で返り討ち。周辺の宇宙軍はもちろん、これはウチの男衆でも出来ないウェンズデイの天性の殲滅力がもたらしたお手柄ジャン。そこは評価しても良いと思うんだけどなぁ」

「ママなら分かってくれると思った!」

「貨物もまあ予定時刻より早く届けられたし、会社の仕事は完璧にこなしている。人質たちも全員無事にあの星で療養中。一応やる事はきちんとやっているんだから。二人が叱る役を引き受けてくれるんだったら私は褒めて伸ばそうかなって」

 あー堅苦しい。そう呟くとメイファンは会社の前進である私兵団時代の軍服の、胸元のボタンを外し始める。ウェンズデイのそれよりも二回りは大きい胸部が露わになると、メイファンはネコ目に涙を溜めながらあくびを始めた。

「何よりも良かったのはお金がかからなかった事だよね。宇宙港の修復費用、あの海賊団全員分の懸賞金でちょうど満額払えたし。二人が無事で仕事も順調。それにウチの財政にダメージが無ければ万々歳ジャン」

「え⁉ 賞金全部使っちゃったの⁉」

 メイファンの言葉を自身の味方だと、うんうんと頷いていたウェンズデイはここで衝撃を受ける。

 彼女の反応を受けてメイファンはジウを「ほら」と顎で指示を出す。すると彼女の碧眼から空中へとスクリーンが投影された。そこには今回起こした宇宙港の被害状況とその賠償額、海賊団のそれぞれの懸賞金が表示され、金額はピッタリ相殺である事が記されていた。

「そんなぁ……。私のお小遣いがぁ……」

「はっはっは。何事もやりすぎは良くないんだよ。それにこの物騒な時代の宇宙法の『宇宙海賊との交戦における免責事項』のおかげで賠償金程度で済んだけど、これが普通の破壊行為であれば十六歳のガキだろうが重罪でムショ行き。悔しかったら『レッキングシスターズ』だなんて呼ばれないように努力することだね」

 彼女の言葉にウェンズデイはがっくりと肩を下ろす。その様子に満足するとメイファンはジウとマリーにむかって悪戯っぽくウインクをした。「こういうやり方の方が効き目がある」ネコ目はそう語っている。

「まあ、私もあんまり甘やかすと他の社員に示しがつかないのは間違いない。ウェンズデイ、それにジウ、二人に今回の処分を伝える。始末書の提出と、そののち一か月間の内勤への配置換えを命ずる」

「えー……また始末書……あれ書くのニガテ。それに内勤も得意じゃないし」

「こらウェンズデイ。それだけの処分で済んだんですから文句は言わない。社長もようやく親としてらしい処分を出せたんですから甘んじて受ける場面です。さ、そうと決まればまずは始末書を書きに行きますよ」

 ジウはうなだれるウェンズデイの腕を掴み「失礼しました」と一言告げるとその場を後にした。人間を引きずるアンドロイドの構図は果たしてどちらが主人なのか、二人らしいやり取りにメイファンは扉が閉じるまで微笑みを浮かべた。

「お二人の異動先って問題の部署じゃないですか……社長も人が悪いです」

 マリーはタブレットに表示した二人の辞令を見て顔をしかめた。

「まあ、かわいい子には、って言うじゃない。それに破壊をもたらす姉妹レッキングシスターズにピッタリの場所だし。私は気に入っているよ、あの子たちのあだ名」

「……今回のところは社長の采配に従いましょう。ただ、あまり甘やかしすぎないでくださいね。これ以上は本当に会社の評判に関わるんですから」

「分かっているって。養子でも一応親だしね。さて、それじゃあ五十万人の家族を養うために私も働きますか」

 そう言うと二人は外回りのために社長室を後にする。

 多少のトラブルはあったものの、今日も会社は順調に回る。若い二人が引き起こしたヤンチャなどでびくともしない。あれだけ騒がしかった社長室に広がるのは静寂だった。

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