1―4

「……」

「……」

 艦橋に静寂が広がる。ウェンズデイが放ったヒートガンの一撃は、キャプテンの背後から彼女を狙った男の頭部を、ヘルメットごとドロドロに溶かしている。動きは素早く何よりも行動にためらいが無い。下手に殺気を出せばこちらが殺される。なるほどマグネットシューズか……こちらも備えるべきだったな。キャプテンは今までの狩りで出来上がった驕りを恥じつつ生き延びる算段を考え始める。

「十五」

「その数はなんだね」

 声色からキャプテンは相手が子供だと判断した。どこで仕込まれたかは知らないが、こちらが威厳をもって接すれば交渉の余地はあるだろう。彼は努めて平静に数字の意味を尋ねた。

「この船の海賊の人数です。残りはあなたを含めてここにいる十五人」

「⁉……なるほどそれは……正しいね」

 どうしてこちらの正確な数を……それにだって⁉ キャプテンの脳裏を断末魔に彩られた通信が駆け巡る。加えて――

「……レッキングシスターズ⁉」

「あー……確かそんなあだ名で呼ばれていたっけ? 私は悪くないと思うんですけど、ジウは嫌がるんですよね」

 宙域P―28を中心に展開する星間運送会社「サマートランスポート」。その会社には受けた依頼で必ずトラブルを引き起こすと評判のコンビである「レッキングシスターズ」が所属しているという噂が広まっている。

 一人は戦闘力に優れた女で、もう一人は電子戦を得意とするアンドロイド。二人にちょっかいをかけて沈められた船は数知れず。中には惑星一つ滅ぼした噂まで。さすがに後者は尾ひれがついているだろうが、船体の自由も奪われ、断末魔も銃の腕も本物だとすれば、相手が少女と言えど油断する事は出来ない。

「……」

 キャプテンは両手を上げて降参のポーズを示した。

「お嬢ちゃん、そんな物騒な物を掲げないで、少し話をしようじゃないか。え? ここまで疲れたんじゃないかな。腰を落ち着けて茶でもどうや」

「ああ、いいですね。普段は百人なんてへっちゃらなんですけど、短時間にこのスコアは結構キツくて……これが終わったらおやつにでもしようと思います」

 ウェンズデイはそう言うとヒートガンをホルスターに収めた。

「そうだそうだ。無重力なんておしまいにしてテーブルで茶をしばこう。あっちのテーブルに良い茶とクッキーもある。どうだ、俺と一服しないかね」

「ええっと、あなたが船長さんです?」

「そうだ。俺がこの船のキャプテンだ。自慢じゃないがこの船の、海賊船のリーダーをやらせてもらっている。なあお嬢ちゃん、君も女の子だしあまり生臭いのは好きじゃないだろう。確かに俺達から手を出したのが悪かったが、だからってそっちも――お嬢ちゃんの話が正しければ一〇五人か――結構やってる。気は済んだかい? 俺達はこの辺りで手打ちにするべきだと思うんだ」

 ウェンズデイの動作からキャプテンは彼女の事を御しやすいと判断し、海賊ならではの無茶苦茶な主張を投げかける。状況はどう見たってウェンズデイに有利で、その気になれば彼女は一瞬のうちに彼らを血祭りにあげるか、もう一人が船を爆破させるなりして全てを終わりにすることが出来る。

「そうですか。じゃあ皆さんを武装解除の状態であそこのテーブルに集めてくれませんか」

「良いだろう。いやー話が早くて助かるよ。それで重力は?」

「全部が終わったら戻します」

 キャプテンは舌打ちを我慢し、しかしながら仲間に目配せをしてテーブルへと集合させた。水の中を掻き分けるように移動する様は滑稽だったが、これには彼ら全員の生命が懸かっている。彼らは海賊らしく無重力の中を泳ぎ切り、テーブルの周囲を力なく漂い始めた。

「じゃあ俺達も行こうか」

 テーブルの中には武器が仕込まれているし、茶や菓子に毒を仕込む事も出来る。艦橋の警備システムもそこまで把握する事は出来ない。キャプテンは期待に胸を膨らませながらテーブルへと顔を向け――

「よいしょっと」

 えい、と気の抜けた掛け声と共に轟音が鳴り響き、男たちの姿が爆ぜる。

「……は?」

 宇宙服越しに香る硝煙の香り。声の方向へ向くと、そこにはいつの間にかロケットランチャーを掲げたウェンズデイの姿が。

「一。いやー頑丈な海賊船っていいですね。どんな強力な武器も借り放題撃ち放題。ウチの会社あまり燃費が良くない武器を使うの良い顔されないんですよ」

 成し遂げた行動と対照的に、世間話でもするノリでウェンズデイは口を開いた。

「あの……交渉は?」

「交渉? 何ですそれ?」

「いやだって、君、俺がキャプテンか、かどうか確認したじゃない」

「ああ、それは主犯格は生け捕りか、殺すならせめて身元が分かる状態にしておけってママに……いけない、今は業務中だから社長だ。とにかくラクしようと出来るのは下っ端までで、それにキャプテンさんを巻き込んじゃいけないなって」

「それって……」

「キャプテンさんの賞金首っていくらです? ウチの会社って賞金の取り分を会社に分けなくてよくって、そのまま自分のお小遣いに出来るんです。いや~新しい武器を一式そろえられるくらいだったら嬉しいなぁ~」

「……おい‼」

 キャプテンはウェンズデイを御しやすいと評価した事を後悔するとともに、状況の歪さに顔をしかめた。

 なるほど彼女は幼稚で、大人の言うことを素直に聞く側面があるのだろう。しかしながらその幼さは単に世間ずれしていないだけでなく、生き物として異なる次元に存在しているからではないだろうか。エメラルドグリーンの瞳は人間を見ているようでその実獲物とそうでないものを選別し、自身にとって有利な者を生かし、そうでない者は処分する。生まれながらの。でなければ自分たちがこんな子供相手に一方的に蹂躙されるはずがない。

「このイカレ女がぁ‼――」

 彼は拳銃をクイックドローすると同時に、侮蔑とある種の敬意を込めながら叫ぶ。

 ダン! ダン! ダン! と音が響く。しかしながらケムリをあげたのは男の銃口じゃない。

「――がぁっ」

「いやだなー。いきなり撃って来るなんて危ないじゃないですか」

 ウェンズデイの左腕には実弾が込められた拳銃が。彼女は殺気を感じると同時に、キャプテンよりも先に拳銃を抜いては発砲したのだ。しかも四四口径の、男性でも扱いが難しいそれを何でも無いように片手で。キャプテンの右腕は吹き飛び、拳銃ごと無重力空間を漂っている。

「う~ん。無重力だと汚れが広がるのが……ああ、でもそれは重力があっても同じか」

 ウェンズデイは左腕、両足、腹部へと次々に発砲を繰り返す。身元確認用の頭部だけ残し、男の肉体は弾丸の威力の前にあっという間に壊される。

 化け物め……。男は自身の肉体から湧き出る血球のシャワー越しに少女の顔を見る。爛々と輝くエメラルドグリーンの瞳、それはすでに彼から船内へと移っている。何か物珍しいのか、おそらく相棒と通信してはあれこれ指をさしている姿は無邪気な子供で、そんな彼女がこれだけの虐殺を成し遂げたことに男の思考は未だに混乱していた。

 思えば小型の宇宙船が艦橋を攻めてきた時点でおかしかったんだ。あの行動だけで立派に異常じゃないか。走馬灯が始まり、意識が遠のいてゆく。彼が最期に浮かべたのは笑顔を歪ませ引きつらせた、恐怖の表情だった。


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