1―2

「ん? なんだありゃ⁉」

 砲撃を続けながら宇宙海賊の一人が違和感を口にした。レーダーでは砲撃がヒットしたと出ているにも関わらず、獲物であるウェンズデイたちの宇宙船は健在なのである。この宙域にスペースデブリは存在しない、非常に見晴らしがいい狩場。相手は戦艦の砲撃を受けて何故無事でいられるのか。

 彼らは計器を操作し、獲物の様子をモニターに映し出した。

「……これは⁉」

 レーダーが示す通り彼らの砲撃は間違いなく宇宙船の装甲を撃ち抜いた。しかしそれは宇宙船のそばを漂う装甲片だったのだ。

「目標の形状が変化しているだと⁉」

 ジウがコードAを受け付けたことで宇宙船に秘められた装備が解放された。宇宙船は民間の輸送船に偽装していた装甲をパージし、一回り小さくなると重火器を露わにした戦闘形態に変形したのだ。

 彼我の戦力差はあるとはいえ、もはや今までのような野放図な砲撃では宇宙船を追い込めなくなっている。身軽になった宇宙船はおちょくるようにギリギリのラインで砲撃を回避してゆく。

「この……舐めやがって! たかが五〇メートル級が戦艦に勝てるか! お前ら、海賊が舐められてたまるか! 撃て! 撃ちまくれ!」

 スコールのような砲撃が宇宙船に襲い掛かる。

〈パターンと安地は読み取りました。あなた達の攻撃が当たる事はありません!〉

 しかし宇宙船は攻撃を軽々と避け、驚くべきことに反転すると砲撃の雨と銃弾の嵐の中とを抜けて戦艦へ向けて突っ込んでゆく。

「ヤベぇ!」

 宇宙船の火器が戦艦の艦橋へ銃弾を撃ち込む。幸いな事に攻撃は窓にひびを入れたにとどまり、今すぐ危険な事態になる事は無い。彼らは冷静に隔壁を展開し、変形する宇宙服に身を包むと状況を整理し始めた。

「やつら一体どこへ……」

「キャプテン! 情報出ました」

「どうなってやがる!」

「それが……アイツらこの船にいます!」

「はぁ⁉」

 下っ端が船体に備え付けられたカメラの映像をモニターに上げる。そこには戦艦にアンカーを打ち込み停泊するウェンズデイたちの宇宙船の姿が。

 レーダー技術が発達している今、そんなコバンザメみたいな方法でやり過ごせるとでも。キャプテンは理解に苦しんだが、獲物が無傷で側にあるのだからめっけものと違和感を無視する。舌なめずりすると部下たちに宇宙船を回収するように指示を出そうと――

「――……ん⁉」

 腕を広げたその時、広げた腕が宙を掻き、体が浮くのを感じた。

「うっ!」

 次の瞬間艦橋中に悲鳴が響く。戦艦はいきなり船体を横に回転させ海賊たちは迫りくる壁に体を打ちつけられたのだ。

「一体……一体何が……」

 重力制御は解除され、船体の自由も怪しい。それでも海賊のプライドを震わせてキャプテンは指示を出し始める。

「おい! オペレーター! この船はどうなっている!」

「ああ駄目だ! ハッキングされている!」

「……ハッキングだぁ?」

 キャプテンの疑問が晴れぬまま、間髪入れずに船体の各所から警報が鳴り響く。

「今度は一体どうした……!」

〈何者かが侵入して……ああっ――〉

〈隔壁が襲ってくる……もう何人もミンチに……動けねえ……〉

〈ドックが爆発した‼ 戦闘機はもちろん脱出艇もできねえ〉

「キャプテン!」「助けて……」「死にたくない」戦艦はその船体を宇宙に誇りながらも内部では悲鳴のオーケストラを奏でている。俺達はいつも通りの狩りをしていただけなのになぜ。ここれだけの異常が重なればさすがのアウトサイダーも剛毅ではいられない。

「なあキャプテン……あの船、って書いてあったよな」

「それがどうした……」

「まさか……相手はレッキン――」

 言葉を発する前に彼の頭部が吹き飛んだ。無重力空間に彼の血や脳漿が広がる中、キャプテンは視線を感じると蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

「お前は……」

「……」

 バイザー越しに飛び込んでくるのは褐色の肌ときっちりと収められた白髪に、爛々と輝くエメラルドグリーンの瞳。キャプテンは相手の顔の造形と、宇宙服から盛り上がる豊満な胸部から自分たちを追い込んだ死神が少女である事実に混乱した。

 何より異様なのは少女が無重力の艦橋で空間の底面に両足をぴったりと付けている事だ。彼女は安定した姿勢を作りしっかりと照準を定めるとカチリと引き金を引いた。

 

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