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 広大な宇宙空間のとある宙域。一面の青色が広がるそこがいきなり捻じれると、収束した一点から直径約六〇メートルの円が広がる。暗色を中心に様々な色に変色する円の中から五〇メートル級のシャトル型の宇宙船が飛び出すと円は再び収束し、そこは何事も無かったように再び青色を広げている。

〈ワープ完了。空間にも異常なし。航行を続ける〉

 シャトル内にアナウンスが広がるとシャトルの左側の操縦席に座った少女がサングラスを外した。

「ええっと、目的の惑星まであとどれくらいだっけ」

〈時間で言うならあと六時間程度ですかね〉

「もう少し早くならない? 宇宙港の近くにワープするとかさ」

〈生活圏の近くでワープするとシャトルが出し抜けに起動エレベーターに激突したり、人やモノを空間の歪みに巻き込んだりして大変な事になるから禁じられているんです。それにウェンズデイ、私達は先週それが原因で始末書を書いたばかりですよ〉

「あ~思い出すと頭が痛くなってきた……。ねえジウ、あんまり嫌な事思い出させないでよ~」

 ウェンズデイと呼ばれた少女はアナウンスとの会話を打ち切ると、エメラルドグリーンの瞳で窓越しに宇宙空間を見つめる。少女の目の前にはすでに目的地である起動エレベーターが惑星から棘のように飛び出してそそり立っている。見た目にはこんなに近いのに、六時間もかかるのかぁ――ウェンズデイはしばらく続くであろう退屈な時間をどのようにして潰すのか、シートを思いっきりリクライニングさせながら考え始める。

〈ん?〉

 船内アナウンスが違和感を口に出そうとした瞬間、船体に「ドン!」と大きな衝撃が加わりウェンズデイは跳ね起きた。

「ジウ、状況は⁉」

〈周辺に空間のねじれ発生……これは、ウェンズデイ!〉

 ウェンズデイは言われる前にシートに身を寄せしっかりと捕まった。しかし再び加えられた衝撃は想定を超えるもので、宇宙船の軌道を変え、さらには彼女の肉体は船体へとしたたかに打ち付ける。

「いたた……」

 退屈を感じる程に安全なはずだった航路に一体何が起こったのか。彼女は痛みを堪えるとすぐさま各種計器に目を通す。

「これは――っ‼」

 宇宙船の後方に巨大な熱源が出現し始める。モニターに後部の様子を映すと、そこには自分たちが通り抜けてきた物よりもはるかに大きいワープゲートから巨大な船体が顔を出し始めていた。船体が宇宙空間に這い出すごとにゴテゴテとした武装の装飾がうねりだし、宇宙の迷彩である金属質の青色が背面を覆い尽くしてゆく。

「一〇〇〇メートル級の宇宙戦艦⁉ ちょっとジウ! 今回の任務は宇宙海賊が出ない安全な海域だったはずじゃないの!」

 ウェンズデイは褐色の肌に冷や汗を浮かべ肩までのセミロングの白髪を乱しながら反対側のシートに座っている少女へと掴みかかる。

 しかし少女は掴まれながらも眉一つ動かさない。シートは直角に近い初期位置のままのあまり快適とは言えない状態でありながらも、金糸と見まがうばかりの金髪のロングヘアを乱さず人形のように座ったまま眠りについている。

〈知りませんよ! 現在状況を解析中……〉

 代わりに少女の両耳を覆うヘッドセットが黄や赤系統の色を様々に発光させ、同時にアナウンスがウェンズデイに返事をする。ヘッドセットからは少女たちが搭乗する宇宙船のコンピューターへと接続するケーブルが伸びており、少女型アンドロイドMaiDream markⅨ、通称ジウは現在宇宙船と一体化して船体を操作していたのだ。

〈分かりました。相手は亜空間に潜航して移動していたんです。誰かがワープを発生させたら時空の歪みを検知しては出現して略奪。まんまと待ち伏せですか〉

「そりゃ誰もここが危険だって分からない訳だ……ってキャッ‼」

 宇宙戦艦が船体を空間に安定させるとすかさずウェンズデイたちに向けて砲撃を始めた。レーザー砲が船体をかすめると衝撃と共に装甲にプリントされた「サマートランスポート」のロゴを拭い去る。

「ちょっと! 今日は大した物運んでいないしその大きさでそんなの撃ってくるのは卑怯でしょ!」

〈海賊の理屈なんて理解できる物じゃありません。それよりもウェンズデイ――〉

 ジウはアナウンスで伝えようとするも、一旦すべてのリソースを船体制御に回した。宇宙海賊は野放図にレーザー砲や実弾兵器を宇宙空間にばら撒き、宇宙船はそれらを回避しなくてはならなかった。回避パターンを素早く演算し、実行に移すと宇宙船は宇宙空間を上下左右、三次元で行えるあらゆる軌道をなぞる。

〈その気になれば一撃で仕留められるのに、こっちが避けられるからって遊んでいますね〉

「そんなの私達がしていないからでしょ。どうして攻撃しないの⁉」

〈どうしてって……ウェンズデイが準備出来ていないからでしょう! それにアンドロイドである私が人間に攻撃するためにはマスター権限が必要なのを忘れやがりましたか⁉〉

「ああそうだった。ごめん! 三〇秒だけちょうだい!」

 まったく……、というつぶやきと共に船内アナウンスが止まる。ジウは自身のマスターの宣言に従い三〇秒の準備時間のために全力で船体と一体化して回避運動を始めた。

 ウェンズデイもまた行動を始める。シートのリクライニングを解除するとシート裏に備えられた宇宙服に袖を通しヘルメットを装着する。ワンサイズ大き目のそれはヘルメットとの接続を果たすと彼女の体型に合わせてぴっちりとサイズの調整を始めた。興奮で乱れた白髪はヘルメットの中で邪魔にならない位置に収納され、スーツでは彼女の豊満な胸元が強調される。全身に戦闘の緊張感が充満すると、バイザーの奥のエメラルドグリーンの瞳が爛々と輝き始める。

「コードA承認、行動を開始する」

 言葉と共にジウのヘッドセットが赤一色に発光する。コードA、人間に奉仕するアンドロイドが主である種に攻撃するためのプログラムが解放される。


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