こちらサマートランスポート・レッキングシスターズ(旧版)

蒼樹エリオ

第一話

1―0

 西暦二五〇九年。人類はワープ航法技術を確立させ、銀河系という大海原に向かってあまねく広がり始めた。すでに火星等に代表される地球圏の惑星で培ってきたテラフォーミング技術に、主に宇宙船内での生活環境を快適に行う目的で磨かれた重力制御技術を加えた宇宙三種の神器を手に入れた人類はゴー・ウェストならぬゴー・スペース、惑星開拓への野望を胸に星の海原に向かって続々と進出する。

 西暦二五三九年。テラフォーミング技術がさらなる向上を遂げ、かつて人類の生存に適さない惑星まで安価で開拓できるようになると惑星開拓の主導権は国家から民間企業へと移って行く。広大で、豊富な資源を保有する宇宙環境と科学技術の向上を背景に、人類はかつての宗主国である地球からの物理的、金銭的な制約から解放され、目につく星を片っ端に開発し利益を上げるようになる。

 企業による過剰な惑星開拓、ゴールドラッシュならぬプラネットラッシュ、スペースラッシュ時代。手に入る利益はかつての地球で埋蔵されていた金や化石燃料の比では無い。企業は豊富な資源をもたらす惑星を競うように開発してはその保有数を増やしてゆく。新たな植民地ならぬ植民惑星の拡大を、宇宙の片隅で出涸らしとなった地球がコントロールできるはずがない。かつてアメリカ合衆国と呼ばれていた国家が一介の植民地から独立した歴史をなぞるように、西暦二五六七年になると植民惑星にカンパニータウンならぬカンパニーガバメントが誕生した。植民惑星は企業が主導とする国家として惑星単位の政府を成立させたのである。地球からの独立を完全な形で成し遂げると、人類の経済活動の中心は宇宙へ、その拡大は留まるところを知らない。

 しかしながら、宇宙進出は人類に決して良い面だけをもたらしたわけでは無い。宇宙船の生活環境の向上は、宇宙船一隻での生活環境の完結をもたらすまでとなり、移動する拠点を破壊兵器で飾り立てると武力を背景に植民惑星や惑星間での資源輸送を行う輸送船を襲う宇宙海賊が現実の脅威として現れた。ワープ航法を悪用し、突然現れては利潤を横取りし、好き放題した後に煙のように姿を消す彼らの脅威は、当然惑星開発の妨げになり、惑星企業国家はその対応に迫られた。

 また、どんな企業にも程度の差はあれホワイト企業、ブラック企業が存在する。従業員に無茶な重労働を押し付け、役員や幹部クラスの上級社員が貴族のように振る舞う。かつて地球で行われていた資本主義の縮図は当たり前のように存在する。しかしながら、舞台は最早地球から宇宙という広大なスケールに拡大している。一部の惑星では企業による不当な抑圧に耐えかねた従業員が宇宙への憧れを爆発力に蜂起し、惑星単位でストライキや暴動を起こし始めた。

 カンパニーガバメントが発足したのは何も地球への独立を宣言するためだけでは無い。惑星企業国家を襲う外側からの脅威に内側の安定した統治を行うための、実務として必要なことだったのだ。国家の枠を超えて巨大な利益を得ようとした企業が統治のために軍や行政組織を発足させるのは何たる皮肉か。けれども人類はまだ国家以外に惑星を、人民を統治する方法を知らない。こうして惑星企業国家による開発のエネルギーはその一部を内政へ。惑星開発は並行して行われるものの、その熱は平熱にまで下がったのである。

 そして西暦二五八八年。この物語は惑星企業国家がある程度の成熟を迎えつつも、開発の情熱に燃える人類の新たなる成長期にスタートする。


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