家出少女を見つけたので、常識的な対応をしてみた

久野真一

家出少女と飄々とした男

「あー、寒ー」


 強い風が吹いてきて、思わず腕を抱えてしまう。


 今はバイト帰りだ。もう少しすれば、暖房のついた自宅が待っている―そう言い聞かせながら、家路へ急いだのだけど、何やら見慣れないが。いや、人が居た。


 その女の子は、路地裏で、体育座りをしていた。幸い、コートを羽織っていたから凍死はしないだろうと思うけど、下はスカートだし相当寒そうだ。


 どうにもこうにも下手に関わるとややこしそうな手合いだと僕の本能が告げている。ただ、見捨てていくのも寝覚めが悪い。意を決して僕は声をかけることにした。


「あの、そこ、寒いですよ」


 すたすたと近づいて声をかける。


「わかってます」


 声には覇気がなく、いかにも「何か事情があります」感がプンプンしていた。


「ひょっとして、親御さんと喧嘩でも?」


 制服を着ているので、おそらく高校生だろう。セミロングの茶髪に、小柄な体躯。顔立ちも整っているし、暴力を受けた様子もない。だから、大方家出だろうと検討をつけたのだけど―


「言いたくありません」


 にべもない拒絶。困ったなあ。仕方ない。110番するか。


「あの、すいません。こちらに家出―」


 秒速で通報しようとする僕だったが、


「お願いですから、警察には知らせないでください!」


 彼女の必死の懇願によってその試みは阻止された。


「といっても、僕も放置するのは寝覚めが悪いですし」


 良識ある大学生として、こういうのを放置しておくのは嫌なので、せめて警察に保護してもらうのが筋かと思ったのだけど。 


「あの、それだったら一晩泊めてもらえませんか?」


 少女の声は必死だったが、それを聞いて、反射的に思ったのは「下手すると事案になるぞ」というものだった。ニュースで見たことがあるが、家出少女を下手に泊めて、猥褻行為に及んだ挙げ句、逮捕された案件というのもあるとか。こちらから猥褻行為をする気はないけど、少女の方が思い余って変な事を言い出すかもしれない。


「せめて、理由を聞かせてもらえませんか?」


 理由によっては、一晩だけ泊めて、親御さんと話し合ってもらえればいい。


「理由は言えません。すいません」


 そう謝る少女だったけど、こちらとしてはそれでは困る。原因不明でこんな所にいるなんて、どんなトラブルを抱えていることか。


「そうですか。じゃあ、お元気で」


 後で、この路地裏に少女が座り込んでいる旨110番しておこうと誓ったのだった。


「ちょ、ちょっと。ここまで関わっておいて、薄情じゃないですか?」


 そそくさと退散しようとしたのだけど、なんだか面倒くさい事を言い出した。


「そう言われましても、理由を聞かないことには……」


 万が一、ややこしい事情があったとしたら、泊めるのは危険極まりない。


「どうしても、言わなければ駄目ですか?」


 懇願するような声だけど、絆されない。


「僕も、トラブルに巻き込まれるのは勘弁なので」


 ぴしゃりと跳ね除ける。


「わかりました。その……両親と喧嘩したんです」


 やっぱりか。制服を着ている時点で、普通に登校してたんだろうと感じていた。


「それで、一晩だけ泊めて欲しいと?」

「はい」


 仕方ない。


「明日になったら、帰ってくださいね。約束ですからね」

「は、はい。わかりました」


 なんだか、少女は恐縮した様子だった。


 そして、僕の住むマンションにて。


「意外と片付いているんですね。男の人の一人暮らしって散らかってるものだと」


 きょろきょろ部屋を見回す少女。


「割と、散らかっていると落ち着かない性分なので」

「し、失礼しました」

「いえいえ、お気になさらず」

 

 どうせ一晩の縁だ。適当にお茶を濁すのが一番。


「自己紹介していませんでしたね。僕は、平和太郎へいわたろうと言います」


 あからさまな偽名だけど、まだ本名を明かす気にはなれなかった。


「どうも。私は、小西幸子こにしさちこと言います」


 小西さんか。この子も偽名を使っているかもしれないけど。


「もう一度言いますけど、明日になったら、ちゃんと戻ってくださいね」

「は、はい。必ず」


 しつこい程に言って聞かせる。しばらくして、彼女がトイレに出て行った後、何やら手帳らしきものが胸ポケットから落ちたのが見えた。


 ふむ。ぺらぺらと捲る。どうやら彼女は本当に小西さんで、本当にこの近くの高校に通っているようだ。小西さんが戻ってくる前に、手帳を元の場所に戻しておく。


「あ、どうもありがとうございました」


 トイレから出てきた彼女。


「いえいえ。ちょっと、これから友達と電話してきますね」

「はい。どうぞ」


 友達と電話をする振りをして、外に出る僕。幸い、さっきの手帳に連絡先らしいものが書かれていたので、そこに電話する。


「あの……小西さんのお宅でしょうか。いえ、怪しいものではなく…」

「はい。はい。明日、駅前の交差点で」


 どうも、事情を聞くに、本当に大したことじゃなかったことがわかった。


「どうもお待たせしました」

「いえ。ところで、寝る所なんですが……」

「あ、来客用布団があるので、お使いください」


 1LDKの我が家だが、友達が泊まりに来ることがあるので、用意してあったのが助かった。


「何から何まで、ありがとうございます」

「いえいえ。それで、親御さんとはなんで喧嘩を?」

「……」

「あ、無理に言わなくていいですよ」


 行きがかりだが、ほんとに大した事情じゃなかったので、ちょっとくらい手助けをしてもいいかと思ったのだが、行き過ぎた真似をするつもりはない。


「その……私、今、受験生なんです」

「ふむふむ」


 ご両親から、事情は聞いているのだけど、聞かなかったことにして先を促す。


「それで、志望校について、両親と口論してしまって、つい」

「ひょっとして、志望校って、この近くですか」

「はい、そうですが。どうして?」

「いや、ただの勘ですよ勘」


 危ない危ない。


「それで、志望校はレベルが低すぎるから止めなさいって。前から何度も言っても聞く耳を持ってくれなかったので、つい家を飛び出してしまったんです」


 ほんとに大した事情じゃないけど、この年頃だとよくあることなのかもしれない。


「なるほど。ちょっと気持ちはわかります」

「え?」

「僕も、両親の反対を押し切って、志望校受験したクチですから」

「そうだったんですね。とてもそうは見えないです」


 驚いだ様子の小西さん。


「親の金で大学行かせてもらってるから、偉そうな事言えないんですけどね」

「そうですよね……」


 どよんとしてしまう小西さん。


「でも、幸い、死ぬ気で説得したので、なんとかなりました」

「死ぬ気でって何を?」

「ここを受験させてくれないと死ぬぞ!って首吊る振りしたんですよ」


 本当に首を吊るつもりはなかったけど、本気だと感じた両親は真剣に話し合いに応じてくれたのだった。


「それで、小西さんのご両親、意思は固そうですか?」

「わかりません。何度言っても聞く耳を持ってくれなかったので」

「きっと、なんとかなりますけどね」

「そうでしょうか……」

「……そろそろ、寝ましょうか。あ、リビングの方で寝てくださいね」


 すたすたと、寝室の方に歩いていく。何か言いたそうだったけど、明日には解決してるだろう、きっと。


 そして、翌朝。小西さんを連れて、駅前にいるご両親のところへ。


「ママ……パパ……」

「ごめんなさい。志望校のこと、そこまで思いつめてると思わなくて」

「私も悪かった。正直、幸子が家出してショックだったよ」

 

 この分だと和解できそうだ。昨日の時点で分かっていたんだけど。


「じゃ、僕はこれで失礼します」

「あ、和田さん。今回はありがとうございました。なんとお礼を言っていいやら」

「和田……さん?平和さんじゃなかったんですか?」


 あ。偽名を名乗っていたのがバレた。


「いえ、それは……偽名です。すいません」


 さすがにこのタイミングでバレるとは運が悪い。どんな恨み言を言われるかと思ったのだけど。


「……いきなり押しかけたら警戒しますよね。今回は、ありがとうございました」


 ペコリとお辞儀をされる。よく見ると、所作に品があるし、ご両親の身なりを見ても、いいとこのお嬢様なのかもしれない。だからこそ、あんな突発的な家出に走ったのだとすると、納得が行く。


「いえいえ。僕は単にご両親に連絡しただけですし。それじゃ」


 そもそも、さっさと厄介払いしたいというのが本音だったのだ。そこまで感謝されるいわれはない。


「あ、あの!」


 少女が僕を呼び止める。


「良かったら、連絡先教えてもらえませんか?お礼がしたいので」


 そう真剣な声で言われる。うーん、身元もはっきりしたし、いいか。


「じゃ、交換しましょうか」


 そして、ラインの連絡先を交換して、その場は解散したのだった。


 というわけで、一件落着かと思ったのだけど、そうは問屋がおろさなかった。


 どうも、妙なところで尊敬されてしまったらしく、それから、何度となく僕の家に遊びに来るようになったのだった。


 そして、誕生日には、


「これ、プレゼントです」


 バレンタインデーには、


「これ、義理ですが。お世話になっています」


 また、彼女の受験が終わった後には、


「今度、映画行きません?」


 そんな怒涛の攻勢を経て、しまいには、


「好きです、常矩つねのりさん」


 告白されてしまったのだった。しかし、なあ。


「その、嬉しいんですけど、僕も今年で就職ですし……」


 そう。今は3月で、僕は4月から新社会人になる。彼女も、この春から大学生だ。だから、時間も合わないだろう、そう言おうとしたのだけど。


「それでも構いません。私が、常矩さんの所に通いますから!」


 そうきっぱり言われてしまった。いい子なのは知ってるし、そこまで言うなら。というわけで、押し切られる形で、彼女と付き合い始めることになったのだった。


◇◆◇◆


 数年前のことをふと思い出す。あれから、彼女はひたすら僕の家に通いまくって、今はすっかり半同棲状態だ。そのうち、結婚を迫ってきそうな気もする。


「どうしたんです、常矩さん?」


 首をかしげる彼女。あれから、少しだけ成長して、だいぶ大人びた気がする。


「いや、一晩泊めただけなのに、なんで君は猛烈にアピールしてきたのかな」


 どういう理由なのだろうか。


「だって、常矩さん、すっごく紳士だったじゃないですか」


 その時の事を思い出したのか、なんだか目をうるうるさせてる。


「紳士……ええ?僕は、ただめんどくさかっただけなんだけど」


 ただ、できるだけ早くお引取りいただくために、最善の手段を講じただけなのだけど、そんな風に写っていたのか。


「正直、知らない男の人の家に泊めてもらうとか、すっごく怖かったんですから」

「泊めてくれって言ったのは君の方じゃ」

「他に行く宛が無かったでしたし。パパとママに事前に連絡取ってくれてましたし。部屋が片付いていましたし。清潔好きですし」


 なんか、色々いいところを挙げられているが、どうもむずむずするなあ。


「あと、遊びに行くようになっても、色々相談に乗ってくれたじゃないですか」

「それね。別に、愚痴くらい聞いてもいいかと思っただけなんだけど」


 それくらいは年長者の務めだろうという気分で、聞いていただけだった。


「そういうところ、やっぱり、大学生は余裕あるなあって尊敬してたんですよ」

「別にそれほどのことじゃないと思うけど。やっぱり」


 でもまあ、それも縁というものか。なんて思ったのだった。

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