第3話

大通りに出ると、眩しい光が佐名木の視界を突き刺した。前に外国で炭鉱夫だかが何日間か生き埋めにされ、二週間振りくらいで救出されたニュースを見た事があった。きっと彼らもこんな感じだったのだろうか?久しぶりに外灯に照らされた佐名木はそんな事を思った。

 五分ほど歩けば駅前のロータリーがある。そのロータリーを取り囲むように雑居ビルが立ち並んでいる。その一画のビルに娘の言うインターネットカフェがテナントとして入っていた。

 「ここがアタシの常宿じょうやどにしてっトコ」

 「こんなトコが…まぁ良い。またな」佐名木は踵を返し、サッと右手を上げた。その背中を見た娘は、今度は自分が佐名木との繋りが断たれる事に戸惑いを感じた。

 「ねぇ、アタシ蛍。野々山ののやま ほたるだよ。おじさんはなんて言うの?」

 「私は佐名木 幹夫だ。住まいは知っていると思うが、あの公園だ。いつでもそこにいる」振り返りもせずにそう言い残すと、夜の都会まちから消えていった。


 翌朝になり遂に小屋が完成した。ゲンさんのお陰もあろうが、自画自賛しても良いほどの立派な物が出来上がった。こうなると後は収入源だ。ゲンさんは空き缶を集めてそれなりの業者に持っていってはそれを換金して収入を得ていた。月に二〜三万円くらいになれば良い方らしい。家賃も光熱費もかからない上に週に一回程度の炊き出しボランティアで温かく美味しい食事に有りつけるこの生活の中、それが高いと言えるのか安いと取るのかは千差万別あろう。しかし人とはとことんまでごう深き生き物である。全てを諦めたはずの佐名木ではあったが、ある程度満たされると、もっと欲するようになってしまう。

 ふと佐名木は前に聞いた自分がてがわれた土地にかつて住んでいたと言う男の事が脳裏に浮かんだ。この、地に墜ちた生活を送りながらも社会復帰を果たした男の事だ。佐名木は思い切ってゲンさんに聞いてみた。するとゲンさんは前に話してくれたチョーさんの元に案内してくれた。

 「あんたが新入りさんかい?なんか垢抜けてんねぇ。それで…ハム太郎の事が聞きたいんだって?」チョーさんの話しによれば、社会復帰した男は元は某有名な食肉加工品販売メーカーに勤務していたらしい。食肉加工だからハム太郎。この世界では本名を名乗らぬ代わりに様々な特徴からあだ名がつけられ、そう呼ばれる事が習わしであった。

 「辞めときな」チョーさんは柔和な表情を一変、険しく変化させて強めの口調で言った。チョーさんが言うには、ある日まだ三十代半ばと若いハム太郎の元に、背広姿の二人組の男たちがやって来た。男たちはハム太郎を何やら言いくるめて小屋を引き払わせると、どこかへ連れて行ったと言う。

 その後の事はチョーさんも詳しく知らないらしいが、チョーさんの情報網から、ハム太郎は住んでいた1DKのアパートで自殺したと言うのだ。

 「きっとあの二人組だ。詳しくは俺も分からねぇ。だがな…きっとハム太郎は何かに利用されて殺された。そうに違いねぇんだ」チョーさんは苦虫を噛み潰したような表情で痛恨の念を述べた。

 この時の佐名木にチョーさんの言う何かとはなんであるかは知る由もなかった。しかし後にこの事が佐名木の人生を大きく揺るがす事になるのであった。


 人の死…それは自身の人生の死と同等の境遇に堕ちてしまった佐名木にとってみても看過出来ない事であった。あの日、ゲンさんがくれた握り飯を貪るように喰った佐名木にしてみれば、生への執着イコール自分がこの小屋を建てた意味なのだ。

 "何がなんでも生き続ける" それこそが佐名木のこれからの人生の意味を指し示していた。


ゲンさんの指導の元、空き缶をある程度集めて業者へ持っていった。業者は¥400くれた。一日中働いて手に入れた賃金がその程度のものであった。都の最低賃金を考えれば、とてもではないが割りに合うものとは思えない。しかしそもそもがそんな空き缶集めのような仕事自体が存在しない。自分のようなホームレスか、もしくは地域団体の活動費の足しに充てる為に、時間を持て余す者がやるような事なのだ。もちろん仕事として成立などあろうはずがない事は、佐名木自身も分かっていた。それよりもこんな生活に身を落としながらも現金を得れる感動の方が勝っていた。

 「ミッキーさん。今夜は初収入の祝いに缶チューハイででも祝杯を上げるかね?」ゲンさんは日に灼けたのか、垢で染まってしたったのか分からない顔色を目一杯に皺クチャにして笑った。

 たかがコンビニで買ったレモン缶チューハイがはらわたに染み込んでいった。いつ以来かは分からないが、久しぶりに飲むアルコールは佐名木の心も身体も大いに喜ばせた。

 「ミッキーさんねぇ。私らみたいな人種…ってぇの?人生の頂点も底も知っちまった人間にとっちゃあ、このアルコールの美味さは天からの授かり物なんじゃあないかって思うのさ」ゲンさんは何かを噛み締めるようにしみじみと語った。その言葉を聞いていた佐名木もその通りだと思っていた。佐名木は徐々に "向こう側" の人間に溶け込んでいる自分を実感していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

都会(まち)のホタル 岡上 山羊 @h1y9a7c0k1y2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る