第2話

「あの…失礼ですけど家…で良いんでしょうか?その…造り方とか教えてもらう訳にはいきませんか?」佐名木はおどろおどろしくオヤジに聞きにくい事を聞いた。

「造り方のノウハウなんてないさ。集められるだけの材料をかき集めてぎするだけだよ。とにかく廃材と言う廃材…そうだな。丈夫な物や温かそうな物。後、撥水の良さそうな物なんかをかき集める。そして何を柱にするのか。何を壁にして何を屋根の素材にするのかを想像しながら集めるんだ。言わば我々が社会で生きていた時とは違う頭を使う。まぁ慣れてくりゃ楽しくもなるさ」握り飯をくれたゲンさんと呼ばれるオヤジは目尻に深い皺を作って笑った。 

 佐名木にとって、もはや境界線など消えていた。自分には帰る場所も生きていく場所も向こう側にはない。自分が生きていく場所はこの、目も覆いたくなるほど小汚い小屋が建ち並ぶ場所なのだ。

 佐名木は缶拾いをして回るゲンさんに同行しながら助言を受けつつ廃材集めを始めた。総理と呼ばれる仲間から借りたリアカーをき、トタン板やベニヤ板、寸三角の木材に、びた釘が刺さった木材。潰された段ボールや毛布など、多岐多様に渡る廃材を集められるだけ集めた。そしてゲンさんの好意によりゲンさんの住まいのすぐ隣に、先日社会復帰を果たしたばかりの男の空き地をてがってもらった。何故男が社会復帰を果たせたのかは佐名木の興味を大いに誘ったが、恩になったゲンさんの手前、聞く事が出来ずに家造りが始まった。

 元来が生真面目な佐名木は昼夜を問わずに小屋造りに没頭した。共に暮らしていた家族との思い出を追い求めるように、佐名木は懸命に小屋を建てた。

 ここはリビングだろうか。ここが食を共にしたダイニングだろうか。のめり込めばのめり込むほどに佐名木は職人の手付きのように作業を進めていった。それを見守るように下弦の月が公園を照らしている頃、佐名木の耳をつんざくような悲鳴が鼓膜を突き刺した。

 夜の静寂を突き破るその悲鳴を佐名木は無視出来なかった。声が聞こえた方へ歩を進めると、公園の中央に鎮座する噴水池のへりで絡み合う男女の姿を目撃した。それは佐名木の人生経験から、とても合意で絡み合っているようには見えなかった。それが証拠に女性側の声は泣き声をにじませている。見たところ女性は佐名木の娘である陽菜ひなとそう変わりない年頃のように思われた。その事が佐名木にとって信じられない行動を起こさせた。たまたま手にしていた長さ1mほどの寸三角材を頭上に掲げて咆哮ほうこうと共に向かっていった。怒鳴り声を聞いた男の方は佐名木を見つけて立ち上がり身構えた。娘を守ろうと佐名木は目を一杯に瞑り木材を振り下ろした。男は右腕で木材を受けとめようとしたが、角が上手い具合に尺骨を捉え、あまりの激痛に男は「痛ってーっ」とうずくまった後、「覚えてろ!」と捨て台詞を残して去っていった。佐名木は男の後ろ姿を見ながら肩を上下させていた。

 「アハッ…アハハハ」娘はあまりの突然で呆気ない出来事に、高笑いを始めた。

 「な…何が可笑しいんだ」娘を陽菜に当てはめて見ていた佐名木は今にも説教を始めそうな勢いで言った。

 「だって…だってさぁ、まるでスパイダーマンか何かじゃん?自分が人生最悪のピンチに現れるってありえる?」娘は笑い過ぎてなのか感動からか、目尻を人差し指でこすった。

 「私はヒーローでも何者でもない。そんな事よりも君はまだ高校生くらいじゃないのか?そんな年端もいかないような娘がこんな時間まで出歩くなんて感心できないな」佐名木はまさに陽菜に言いつけている感覚で娘をさとした。

 「つまんないスパイダーマン。そこは "これからは気をつけるんだよ。じゃあ!" ってな感じでカッコ良く去っていくトコでしょ?」娘は憮然とした態度で口を尖らせた。

 佐名木は娘の言葉にかつて陽菜を叱りつけた事を思い出した。仕事ばかりで家族に構わず、妻の理沙子に任せっきりだった。そんなある日、理沙子が陽菜の生活態度に苦言を呈しているところに居合わせた。母親に反抗的な態度を取る娘を見兼ねた佐名木は遂、口を挟んでしまった。

 『つまんない親父。そこは "今度からは態度を改めたらそれで良い" なんて感じでアタシをかばってくれたって良いじゃん』陽菜の言葉が脳裏をかすめた。

 「まぁ良い。家は近くなのか?何なら送っていこう」陽菜に嫌われてしまった記憶が遠慮した物言いにさせた。しかし娘の返答は意外なものだった。

 「ウチなんてないよ。ネットカフェとかに寝泊まりしてっから。そんじゃあね、今日はありがと。お・じ・さん」そう言ってきびすを返した。その姿は理沙子が陽菜と長男の陽介共々家を出ていく光景を彷彿とさせた。このまま別れれば娘との関係は完全に絶たれる。そんな想いが佐名木の心に湧き上がった。

 「ちょっと待ってくれ。ネットカフェだか何だか知らないが、そんな事はどうでも良い。そこまで送らせてくれないか?」意外な佐名木の問いかけに、娘は立ち止まりゆっくりと振り返った。

 「ふ〜ん。もう説教はしないんだ。アタシの父親よりかは物分りが良いんだね。おじさん」娘はうつろな眼を作って向けた。

 「ウチがないって、どう言う事だ。家出でもしたのか?」娘は相変わらず物憂げな瞳のまま口を開いた。

 「そう。家出だけどおじさんも "家なき子" でしょ?」佐名木は薄汚れた見すぼらしい格好の自分を見た。

 「そうだ。私たちは仲間のようなものだ。だから安心してくれ」切れかけそうな娘との絆を繋ぎ止めようと、佐名木は自分でも分かるほどの支離滅裂な理屈を並べ立てた。

 「ふ〜ん。仲間か。おじさん面白いね。おじさんの方は何があったか分かんないけどきっと信頼すべき人に裏切られたって感じだよね?」娘の瞳は憂いを増し、同時に優しさをにじませた。

 「そうだとも。君もそうなのか?」佐名木の言葉に僅かな微笑みを浮かべた。

 「そうだね。裏切りって呼んで良いのか分かんないけど…で?どうすんの?アタシを送ってくれんの?」佐名木は慌てて首を縦てに振った。そして二人は薄暗い公園から外灯や自動車のヘッドライトに照らされた大通りへ向かった。

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