第13話 学院内昏睡事件③

 騎士科とは離れた総合学科の教室。しかも一年生の教室までわざわざやって来たオリベイラが、少し緊張した雰囲気を醸し出していることと相まって、込み入った話をしに来たように感じたフェルは、挨拶もそこそこにオリベイラに着席を勧めた。

 フェルの後ろの席にオリベイラが座り、すかさずその隣にはロイス。フェルはレミィと二人で後ろを向いて、男子二人と女子二人が対面する形で話が始まった。


「……その一年生のランキング表を見ながらフェルがあんな話をしていることで、最初にしなければと考えていた説明の手間が少し省けたかなと思ってる」

 着席を勧められた時には微かに浮かべていた笑みを、今はすっかり消したオリベイラのそんな言葉にフェルが応じた。

「いいえ、被害者三人が平民だということが判っただけです…。先輩が何か私達が知らない情報を持っててくれたらと思ってます」


 コクリと頷いたオリベイラは、

「もちろん僕たちが把握している情報は全部共有するよ。だからという訳ではないんだけど、フェル…。僕たちに協力してくれないだろうか」

 と、その言葉の後半ではフェルの方をじっと見つめながらそう言った。


 レミィも、そしてロイスも頭の上に大きな疑問符を浮かべて首を傾げていて、それはフェルも同じくなのだが、フェルは見詰められている視線から少し目を逸らすと、膝の上に居るモルヴィを撫でて何かひと言。声を掛けるような仕草を見せた。

 そして、すぐに顔を上げたフェルはオリベイラに、どうかすると対戦時に冷静に相手を観察するような涼しい目を向けた。


「……先輩、何が起こると考えているんですか?」


 オリベイラは一旦レミィとロイスへ順に視線を移してから、再びフェルの真っ直ぐな視線に戻ると言葉を絞り出した。


「最悪、デュランセン伯爵領出身者たちへの粛清…。みたいなもの」


「「「はあ?(えっ?)」」」


「君たち一年生は、以前学院であったことなんて当然、詳しくは知らないだろうから、順を追って話すよ」

 そう言って、改めて説明を始めたオリベイラの話は長くなった。



 ◇◇◇



 アリステリア王国には、各地にそれぞれその地を治める貴族が設立した学校が点在している。日本で言うところの小学校や中学校程度までの小規模な学校はそれなりに数が多いが、これが高等学院や専門学部のある大学に相当する教育機関となると話は別だ。財政的な基盤、充実した施設・設備、人材の確保など全てを安定的に維持していくことが大前提であり、王家と大公家と公爵家という他家を全く寄せ付けない程に余力のある、いわゆる御三家に高等教育の場は委ねられているのが実情。

 中等部までは地方の自領の学院に通った生徒達も、高等部への進学を希望する際にはこれら三家が設立した学院のいずれかに入学するのが当たり前のことになっていて、人材や生徒については分校の形で開設されたスウェーガルニ学院の母体である公爵領都のアトランセル学院でも、従来から他領出身の生徒が数多く学んでいる。

 この傾向は、アトランセルよりも更に西に位置するスウェーガルニ学院では一層顕著なものとなっていて、高等部に限れば全生徒の三割近くがウェルハイゼス公爵領以外からの生徒達である。


 この公爵領以外の他領出身者は、ウェルハイゼス公爵領の南西に位置するデュランセン伯爵領からの者が最多で、問題はそんなデュランセン伯爵領出身者が昨年アトランセル学院で起こした数々の横暴に端を発しているとオリベイラは言う。


「行き過ぎた貴族至上主義、優越主義と呼んでもおかしくないような悪しき風潮は、以前から他領出身者には時々見受けられたんだ。それが顕著になったのはマクシミール・デュランセンという愚か者がアトランセル学院高等部に入学してからのこと」


「「「……」」」


 レミィとロイスは、中等部ではあったがオリベイラと同じく昨年度まではアトランセル学院で学んでいた身なので、当時、噂話程度では高等部のそんな出来事について耳にしたことはあった。

 フェルにしてみれば全くの初耳。しかし、フェルが入学した直後のマクシミールとその取り巻き連中のバカな言動はしっかりとその目と耳で体感したことなので、彼らがアトランセルでもどんな愚かさを発揮していたのかは想像に難くない。


 黙って続きを待つ三人に、当時を思い出して思わずそうなってしまったのか。実に苦々しい顔つきに変わってオリベイラは語り続けた…。



 デュランセン伯爵領で起きたクーデター未遂の結果、思いもよらぬ形で継承権二位に序列が上がり、デュランセンの未来の当主となることが確実視され始めていたマクシミールは、同じ伯爵領に所縁のある者にとっては、近い将来の自分達の主だ。

 世代を遡るほど前からウェルハイゼスでは先進的な実力主義が多くの分野で徹底されているのとは異なり、デュランセン伯爵領は、あらゆる場で相変わらずの血統優先の世襲で貴族ばかりが既得権益・権力を握り続けて、そんな輩が群れを為す派閥の論理で全てのことが回っていくという旧態然とした体制。

 だからこそマクシミールと同学年の者達も、当時二年生三年生という年上の者達も、学院生という立場であっても将来の為に自分の顔と名前の覚えを良くしておこうと、この若き後継者にゴマをすり何かと持ち上げ、媚びへつらう。

 マクシミール本人を含めた彼らは学院生としての本分で秀でている訳ではなく、たまたま自身の身体に流れている貴族の血だけが他と違う証であり、自分達が常に特別であるべきと彼らが信じて疑わない根拠であり拠り所だ。そして、マクシミール生来の傲慢で嗜虐的な性格も災いして瞬く間に彼らは、低レベルな承認欲求を満たし自分達の存在価値を強く実感できる愉悦を味わう為に、好んで他者を見下すようになっていった。

 観方を変えれば、彼らの親兄弟が普段行っていることを拡大して粗雑に模倣しているに過ぎず、そんな生きた手本がある故に学院の教師らによる教育的指導は短期間ではほとんど効果は無く幾度も虚しい徒労に終わっている。

 貴族の子女の生徒に対してはさすがに物理的に危害を加える程のことは少なかったものの、とは言え嫌がらせ、在りもしないことを事実のように騙っての罵詈雑言、家格の違いを示しての恫喝などで追い詰めていく。

 平民の生徒に対しては辛らつだった。目立っていたり思い通りにならない相手には、言いがかりをつけた上での制裁という名の集団での暴行や、そういう行為を仄めかしての脅迫。

 そして、それらに言い訳と逃げ道を作っておく用意周到さ。当時二年生三年生の取り巻きの生徒達がマクシミールの参謀役となって、計画的で組織的な動きも見せるようになっていた。


 このマクシミールを中心としたデュランセン伯爵領に所縁のある者達による横暴が最初に極まったのが、約一年前の剣術大会だった。



 ◇◇◇



「君たちは、剣術大会の学年別予選がどういう形式で実施されるか知ってるかな?」

 そう尋ねてきたオリベイラに、いや全く。とでも言うように、フェルとレミィは揃って首を横に振った。

 ロイスが、

「一次予選はバトルロイヤル形式じゃないかという噂を聴いてますが…」

 と応えると、オリベイラはまたしても苦笑いを見せる。

「うん、毎年その話は出るんだけど、それが実現したことは僕が知ってる限り一度もない。乱戦を経験させたいと考える教師が一定数居るのは事実なんだけど、それは正規の授業の中でやるべきだという話にいつも落ち着くよ」


「ですよね。バトルロイヤルは本来、弱者を効率よく切り捨てる為のもの。学院の大会にはそぐわないですよね」

 と、言ったレミィにオリベイラは、その通りとばかりに大きく頷いて見せると、予選の形式について説明を始めた。


 大会にエントリーした者の総数によってその人数は変動するが、まず最初にシード選手が学院によって普段の成績などを見て決められる。


「……去年のアトランセル学院の時もそうだったけど、おそらく今年も一年生のシードは8人だと思う」


 そして、シード外となった参加者は一対一の対戦でトーナメント方式の勝ち抜きを争い、残りがシード選手と合わせて16人になった時点で予選の第一ラウンドは終了する。


「三学年それぞれあると言っても、並行して何試合も同時に行われるから、意外と時間はかからずに終わる。特に一試合目は短時間で決着がつくことが割と多いからね」


 16人のトーナメントは全て抽選で、シード選手はシードの枠に、第一ラウンドを勝ち抜いた選手もシード外の残りのどの枠かが決定されて、一年生で言うなら代表枠の二名となるまで戦う。シード外から勝ち上がる場合、トータルで5連勝ないしは6連勝はしなければならないという結構シビアなものだ。



「シード選手はエントリーが閉め切られた翌日に発表されるが、最初の事件はこのエントリー最終日に起きた」


 なんとなく想像が付いてきているフェルは、嫌な話だなと思いつつも今回の事件との類似点にも気が付いていて、余計に気分が悪くなっている。


 オリベイラの話は続いていた。

「……一年生でシードされそうだと下馬評の高かった平民の生徒が二人居たが、マクシミールの指示でデュランセン伯爵領出身者達によって棄権に追い込まれた。貴族を蔑ろにする生意気な平民は大会に参加するべきではない、というのが内輪で語ったマクシミールの言い分だったそうだよ」

「「……」」

 レミィとロイスは無言のままで、実に息ピッタリの溜息を吐いているが、フェルはオリベイラに質問を投げかけた。

「先輩それって、具体的にはどんなやられ方だったんです?」

「単純な襲撃だった。何人もで袋叩きと言った方が正しいかな。因縁の理由はでっち上げてたが、問答無用で身体中を木剣で殴打している。それでも手加減は心得ていたのか、剣術の授業の直後だったから防具も着けていたおかげで酷い打ち身などで済んだけど、二人とも大会は棄権したよ」


 フェルは眉をひそめて考え込んだ。

 そして、

「手口は随分違いますね…。去年の方が、言い方はアレですけど幼稚というか単純というか…。あまり隠す気も無いというか、物理的過ぎるし…」

 と言って尚も考え続けた。


 その時、レミィが口を開いた。

「オリベイラ先輩。さっき、最初の・・・事件って言いましたよね」

「うん、これからその後のことを話していくよ」



 シード選手になる見込みだった生徒二人が棄権したことで、マクシミールがシード選手となった。欠員が出て繰り上げられたおかげのギリギリの8人目だっただろうというのが大方の見立てだったが、いかにも得意げな顔で上機嫌な様子だったとオリベイラは言った。


「説明したように、予選第2ラウンドは16人がトーナメントを戦って代表枠を争う形。第一ラウンド終了後に行われた抽選の結果、マクシミールの対戦相手は規定通りシード外から第一ラウンドを勝ち抜いた生徒になった訳なんだけど…」


「平民の生徒だったってことですか…」


 ロイスの言葉にオリベイラは頷いた。

「そう…。その生徒は、翌日のマクシミールとの試合開始時刻に姿を現さなかった。彼の父親はデュランセンの領都サインツェで商店を営んでいて、その実家の商売が出来なくなるかもしれないぞと脅されて、試合に出ることを諦めたんだ」


 結局、その次の試合でマクシミールは反則負けとなって代表の枠には入れずに終わった訳なのだが、その反則が問題となって謹慎処分という処置を受けている。

 学院としては積み重なっていた目に余る不適切な態度なども加えての比較的重い処分を下した格好で、その後はマクシミール自身にも彼の取り巻き達にも表立った問題行動は少なくなった。逆に、陰ではいろいろやっていたようだが、オリベイラはその辺の話は今日の本題にあまり関係ないから省くと言って触れなかった。

 そして年度が替わり、そのタイミングで開校したスウェーガルニ学院に移って二年生となると、この年の新入生には比較的デュランセン伯爵領出身の生徒が多く、彼の取り巻きの人数は従来よりも増えることが確実となる。


「……あれも心機一転と言うのかな。新しい学院で新しい年度。マクシミール達は自分達の存在を下級生である君たち一年生に積極的に知らしめようと考えたんだと思う。くだらない支配欲を満たそうとしていただけなんだけど、とにかく、伯爵家の威光を振りかざして君たちを跪かせようとした」


 それからのことは、知ってるよね…、と言ってオリベイラはフェルに向かって微笑んだ。

 フェル達と決闘で対戦したマクシミールともう一人、フェルがゴブリン顔と呼んでいた生徒。この二人はフェル達との決闘の後すぐに学院を退学している。そこまでを意味した言葉だと理解したフェル達は頷いた。


「……フェルがマクシミールを手玉に取って、挙句に文字通り粉砕してしまった瞬間。いったいどれだけ多くの生徒の溜飲が下がったと思う? かなり多かったのは間違いない」


 えっ? とフェルは少し嫌そうな顔。

「いえ、真剣持ち出されたにしてもやりすぎだって。学院長先生にはメチャクチャ叱られました」

「そんな風に言えるのはフェルだからだよね…。だけど、マクシミール達を退学にしたのは学院長だよ。『ウェルハイゼスのもう一人の姫に対して愚かにも伯爵家の威光で思い通りにしようとするなど、公爵領の学院では到底面倒見切れません』だったかな…。そういう通達をデュランセン伯爵に送ったと、僕はとある先生から聞いてる」


「げっ」

「「……」」


 さて、雑談っぽくなったここでひと区切り。

 やっと本題に入れるとばかりに、オリベイラは一旦説明を止めてフェル達三人を見渡した。


 ここまで聞けば、さすがに既にいろいろと察してしまっているフェルだが、変わらずにオリベイラからの言葉を待つ姿勢。それはレミィもロイスも同様で、ロイスは暗くなってしまった教室の明かりを灯すために席を立ち、レミィはフェルが収納から取りだしたお茶をカップに注いで全員に配り始めた。

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