第11話 学院内昏睡事件①

 昼のスウェーガルニ学院の食堂では、毎日のようにフェルとレミィとロイスの三人+モルヴィが楽しげに昼食を食べている光景を見ることが出来る。

 入学早々、本人に言わせれば理不尽に絡まれて悪目立ちしてしまっただけのフェルと、つい最近チーム戦で活躍して注目を集めるようになったレミィ。加えてこの二人が揃って美少女だということも含めて、いろんな意味で昼の食堂のこの一画に生徒達からの関心が寄せられるのは当然かもしれない。

 そしてこの日もフェル達がいつものように食事を摂っていると、時折観られるお馴染みのイベントが始まった。それは、意中の美少女への告白のようなもの。


「……純粋な剣技での決闘を、申し込みたい」

「お断りします」

「……いや、剣を交えればきっと互いに得るものが…」

「そういうの間に合ってますから」

「……」


 という具合に、意を決して決闘を申し込んでも全く取り付く島もないという所まで毎回台本通りであるかのようにお馴染みだ。


 だがこの日は役者が違っていて、断りの台詞はフェルが発したものではなかった。

 勇んで決闘を申し込んできた男子生徒が結局は諦めて離れて行くと、フェルが苦笑いしながら、向かいの席のレミィに小声で囁いた。

「レミィ、決闘申し込んでくる人が増えたね。昨日から二日連続だよ」

 フェルからそんな風に言われて、去って行く男子生徒の背中には少し睨んで見せたレミィだが、すぐに溜息混じりの声を漏らした。

「ふぅ…、勘弁してほしい…」


「今のは騎士科の1年。あいつも、この前のチーム戦を見てレミィに剣技で挑んでみたいと思ったんだろう」

 と、どこか他人事のロイスは、気になった相手に挑むのは剣士なら当然だと言わんばかりの表情でそう言った。

 ロイスのこんな様子を見て、レミィの顔はウンザリ感が五割ほど増加してしまう。

 すると、フェルが二人の方に少し身を乗り出してから小さな声で問いかけた。

「ねえ、これってもしかしてさ。剣術大会のことが発表されて騎士科の生徒が盛り上がってるからとか…? 大会前の肩慣らし、みたいな」

 うわぁ、とレミィはすぐさま露骨に嫌そうな顔になって眉をひそめる。

「うわぁ…。なんだかそんな気がしてきた。でも、だとしたら私を巻き込まないでって話よ、フェル」


 そう言って自分を見詰めてきたレミィに、うんうんと頷いたフェル。

 そして二人は、次の瞬間。揃ってロイスの顔を見る。

 二人とも顔に、「で…? 実際のとこどうなの?」と書いている。


 ロイスは、またこれかと嫌そうな顔を見せて二人を順に睨みながら尋ねた。

「お前ら。その様子だと、また掲示板見てないな?」

「……だって掲示板のあるところ遠いし、騎士科の剣術大会は私達関係ないし。それにロイス、そういうのって詳しく調べずにはいられない性格でしょ」

 フェルが少し言い訳めいた口調で後半はほぼ茶化している内容のそんなことを言うと、ロイスはまたもや二人を睨んでから話し始めた。

「レデルエ先生が、掲示板に詳細貼られるから見とけって言ってただろ。確かに騎士科の為のような大会だけど、一応全生徒が参加可能なんだから。お前らだって関係ないなんてことは無いぞ」


 話題に上ったこの剣術大会は、生徒達のより積極的な剣術への取り組みを促すと同時に技能向上を図ることを目的としたものだ。その名が示すとおりに、魔法は一切なしの剣技と体術で勝負を決する大会。個人の技能の優劣を競うことに重きを置いているために、あくまでも個の強さをぶつけ合う1対1の個人戦。

 大会は学年別予選と、その予選を勝ち抜いた生徒達による決勝リーグ・総当たり戦という二つの段階に分かれる。

 一年生の予選通過は二名。二年生と三年生の予選通過は各四名で、計十名。

 決勝リーグはこの予選通過者十名による総当たり戦という長丁場。

 これは、生徒に上位者同士の対戦を数多く見せる為というのが最大の理由だが、選手に敢えて過酷な経験を積ませて一層の成長を期待している部分もある。

 大会へのエントリーは、騎士科の生徒は原則全員参加となっている為、既にエントリー済みという扱い。その他の学科の生徒については、参加希望者は期日までに担任教師を通じて申し込むことになっている。


「……大会の概要はそんな感じ。学年別の予選の詳細はまだ発表されてないが、噂ではもしかして予選の最初はバトルロイヤル的なものじゃないかと言われてる」


 ロイスの説明を黙って聞いていたレミィが、ここで口を開いた。

「大会のことは大体理解したよ。それで、私は話を一番最初に戻したいんだけど…。もしかして、騎士科の生徒からは私が大会に参加すると思われてるのかな? だから事前に一度手合わせしとこう、見ておこうみたいな?」

「ああ、間違いなくそうだと思う。騎士科の生徒同士は普段から交流もあるし一緒に訓練も対戦もしてお互いのことは知っている。だけど騎士科以外の生徒については情報が少ない。特に一年生は学年別の予選からレミィ達と当たる可能性があるから、余計に知りたいと思ってるはずだ」



 ◇◇◇



 食堂でそんな出来事があった翌日。早朝のまだ夜が明ける前。

 日課の朝訓練を開始したフェルとレミィは、ストレッチを終えると負荷を高める為に緩急をつけたランニングをしながら野外演習場へ移動して、そこでいつものように剣術・体術などの訓練を始めた。


 彼女たちが野外演習場へ場所を移す理由ははっきりしていて、なるべく人目を避けたい目立ちたくないというのは相変わらずだが、素振りだけならまだしも二人が木剣で撃ち合いを始めてしまえば、音が結構大きく響いてしまうせいもある。多くの学生たちはまだ起床していない時間だ。


 そうして夜明けを迎えてからもひとしきり訓練を続け、ルーティンとしての区切りが付いたところで小休憩となる。

 いつも通りの休憩の時間ということには間違いないが、フェルとレミィは汗を拭い飲み物を口にしながら意味深な目配せを交わすと、すぐに顔を寄せ合ってひそひそと密談を始めた。


「レミィ、気が付いてる? 一人覗き見してる奴が居るよ」

「うん、少し前からなんとなく見られてるなと思ってた」


 演習場の林の中から身を隠しながらこちらを見ている者の気配については、当然のようにモルヴィからも早い段階でしっかり伝えられているが、フェル自身にも気配察知の能力は備わっている。もっとも、精度は高いものの有効範囲はまだそれほど広くはないのだが、この覗き見をしている不審者についてはしっかりと把握できていた。

 そしてレミィも、貴族の娘という血筋と立場が能力を自然開花させていたと言って良いだろう。幼少の頃から、近い距離ならば人の視線や悪意の感知をある程度は行うことができる。


 さっさと段取りを決めた二人は、すぐに作戦行動開始。

「それじゃあフェル。いつでもどうぞ」

「はーい…、スタート!」


 その不審者は、いきなりダーッと真っ直ぐに自分の方に走って来るレミィの目が間違いなく自分に向いていることで、慌てた。


 充分に身を隠せていたはずだ。

 どうして気付かれたんだという疑問。

 とにかく逃げるべきだ。

 いや、例え問い詰められても惚けてしまえばいい。

 後ろめたさがあるからこそ。

 焦りがいろんな思いを頭の中でごちゃ混ぜにしてしまう中、不審者が執った行動はやはり逃げることだった。


「覗き魔、逃げるな!」

 レミィが発した声は、内容とは裏腹にむしろ不審者の決意と行動を後押しした。

 走り出したのは迫るレミィから逃れて、より深く林の中へ入って行く方向だ。

 しかし、ここでレミィが尋常ではない加速を見せた。

 不審者は、予想外の速さで足音が迫ってきたことに驚き、軌道修正する。

 だが、その目の前にフェルの姿が現れた。

 待ってましたと言わんばかりの、しっかりと隙無く木剣を構えた態勢だ。


「追っかけっこは終わりだよ~」

 ニヤッと笑いながらそんなことを言っているフェルのどちらの脇を抜けようとしても。また今更方向転換をしようとしても、次の瞬間にはレミィとフェルから挟み撃ちにされて木剣で叩き潰される未来がこの不審者には見えてしまっていた。


「……っ」

「朝の散歩してたとか…」

「……っ」

「偶然通りかかったとか、下手な言い訳は無しだよ」


 不審者、それは男子生徒だった。

 観念して立ち止まった彼が、何か言おうとするたびにフェルはそうやって遮った。

 そしてレミィが彼の背中に向けて言葉を投げる。

「30分ぐらい前からずっと見てたでしょ。ストーカーね」


 男子生徒はストーカーという単語には心外だと言わんばかりにすぐさま反応する。

「違う、そんなのじゃない」


「じゃあ、なんなのか手短に説明してくれるかな? 私達がそれに納得出来たら、今日のことは無かったことにしてあげる」

 フェルが今度はニッコリ微笑んでそう言うと、男子生徒は視線を落としてしまい、なかなか決心がつかないような様子を見せた。

 レミィはそんな男子生徒を黙って見ていたが、突然「あれっ…?」と大きく目を見開いて彼の顔を覗き込んだ。

「覗き魔くん。君、昨日決闘を申し込んできた人だよね。確か騎士科の1年生…」


 このレミィの言葉を切っ掛けにして、その後、改めてこの男子生徒から氏名に始まり覗きの理由までを問い質した結果。

 レミィから決闘を断られても、それでもどうしてもチーム戦を観て以来気になっていたレミィの剣術を自分の目でもう一度見たかった。というのは嘘じゃないんだろうとフェルとレミィは結論付けた。

 フェルもモルヴィにしても、当初からこの騎士科の男子生徒フランツに悪意のようなものは感じていない。


 フランツというのが、レミィから覗き魔・ストーカーと呼ばれた不審者の名。

 一応の事情を理解したレミィは、幼稚なことをしている男子を諫める時のような少し説教モードがにじみ出てくる。

「フランツ。理由については、まあ理解できなくも無いけど。だとしてもこっそり覗くというのはね…。私達、一応女の子だし。割と問題行動だと思う。こんなこと学院に知られたら、下手したら謹慎だよ」

「……ごめん」


「て言うか、私達が野外演習場で朝練してるってよく知ってたね」

「あっ、それは…。総合学科の奴から聞いたから…」

 フェルが何気に尋ねると、フランツはすぐにそう答えた。


 え、なにそれ。とフェルは唖然とした顔。

「総合学科の奴って…、うちの男子?」

「あー、なんとなく想像つく」

「あいつら、そんなに私から締め落とされたいのか」

 と言ったフェルは、吹き出しそうな笑いを浮かべている。

 そんなフェルと笑顔で頷き合ったレミィが、フランツの方に向き直った。


「それじゃ、私達そろそろ寮に戻るよ。繰り返しになるけど、もう女子に対してこんなことはしないで。あ、それと…、私もフェルも剣術大会には出場しないから。他の騎士科の人に言っておいて貰えるかな。決闘も絶対にやりません、というのも付け加えて」


「えっ、大会に出ない…? 二人とも?」


 どういうことだと、疑問符だらけの表情に変わってしまったフランツを残して、フェルとレミィは野外演習場を後にした…。



 ◇◇◇



 早朝訓練中に起きたそんなハプニングのおよそ三時間後。

 一時間目の授業がもう間もなく終わろうかという頃合いで、突然、教室のドアが開かれて担任教師のレデルエが入ってきた。

 生徒達からの視線を集めながら、レデルエはすぐに教壇で授業を行っている教師の下に歩み寄って何ごとかをその教師に耳打ち。

 ふむふむと頷いたその教師とレデルエは、その次には二人揃ってフェルの方に顔を向けた。


 ───ん? 何かあったのかな?


 フェルがそんなことを思っているうちにレデルエはフェルの前までやって来て、そして小さな声で言った。

「フェル、そしてレミィも…。ちょっと私と一緒に来てくれ」


 言葉は発することなく、訝し気な視線でレデルエに疑問をぶつけているフェルだが、そこに深刻そうな表情と共に微かに浮かんでいる苦渋の色を認めると、席から立ち上がった。

「解りました。レミィ、行こう」


 同じように、なんだろうと頭を捻っている様子のまま無言で立ち上がったレミィと連れだって、フェルはレデルエの後に続いた。


 教室を出て廊下を歩き出してからは、先頭に立って速足で歩くレデルエの背中から今は何も言うなオーラが出ていることを感じているフェル達は、沈黙を保ったままチラッと目配せを交わしている。しかしそれは、この状況について説明を求めたい思いを互いに確認し合っただけのこと。

 そんな重苦しい雰囲気のまま廊下を進むうちに、フェルはどうやらレデルエは教職員用の幾つかの会議室や一般の来客を迎える応接室があるフロアに向かっているのだろうと察した。


 幾つかの部屋の前を通り過ぎ、一番奥の小会議室の前で停まったレデルエは、その部屋のドアを開けて二人の方を振り返った。

「入ってくれ」

 小さく頷いて二人にそう言った時、レデルエは僅かに口元を緩めて見せた。


 どうしたんですか、何があったんですか。そう尋ねたい気持ちをもう一度抑え込んで、フェルはその会議室へと足を踏み入れた。


 会議室には部屋を手前と奥の半分に区切るような衝立があった。尚もレデルエに付いて行く格好で奥に進んだフェルは、思わず「えっ?」と小さく声を上げてしまう。

 そこには学院の治癒室に置かれているものと同じようなベッドが一つ。

 そして、傍に置かれた椅子には治癒学科の教師が一人座っている。


 レデルエの頷きに促されて、フェルとレミィは更に近付いてベッドに横たわっている人物の顔を覗き込んだ。


「フランツ…?」

「そうだね…」

 見覚えのある顔を確認するように名前を呼んだレミィに、フェルは肯定の言葉を返しながらじっとフランツを見詰めた。

 レミィが説明を求める視線を治癒学科の教師に向けると、その所作に気付いたレデルエが話し始めた。


「一時間目が始まる少し前、実習の準備の為に野外演習場に入った魔法科2年クラスの生徒が発見した。地面に仰向けになっていて、その時からこの状態だったそうだ。眠っていると思った生徒たちが起こそうとしたが、この通り昏睡状態で目は覚めず。最初は治癒室に運ばれたんだが、診察した先生の説明を聞いた学院長が一旦隔離すべきだと判断してここに移されたという状況だ。詳しいことはまだ不明だが、少なくとも自然な眠りではない。魔法か薬のようなものが原因ではないかという想定で、ミレディ先生に応援を依頼したところだ」


 魔法、薬…。

 ミレディさんが来てくれるのか…。

 だけど、どうしてフランツがこんな目に…?


 ほとんど瞬間的にと言って良いほどの速さで、様々な思いを巡らせたフェルがレデルエに問い返した。

「先生、フランツは演習場のどこで倒れていたんですか?」

「南側のフィールドの真ん中辺りだったそうだ。発見した生徒は演習場に入ってすぐに見つけたと言っている」

「そうですか…。その二時間前ぐらいに私達はフランツと会って少し話をしました。発見されたフィールドよりもっと奥の、林の中にかなり入った所で」


 レデルエはふむふむと、フェル達が野外演習場でフランツと会っていたことについて驚く様子も無く頷いた。

「私が二人を呼んだのは、今朝も二人は演習場で訓練をしていたはずだと思ったのと、フランツが寮を出る時に偵察に行くと言っていたという話を聞いて、それはお前達が目当てだったのだろうと思ったからだ」


「確かに私とフェルは、訓練の様子を偵察というか…、こっそり見られました。それで話をすることになったんですけど…」

 そう答えたレミィの、敢えて『覗き』という単語を使わない説明を聞いて、レデルエは少し微笑んだ。状況はなんとなく想像できるよ、とでも言うように。

「まあ、お前達二人に気付かれずに隠れて見続けることが出来る者は、うちの学院の生徒には居ないだろうな…。それで、話をした時の様子はどうだった? 何かフランツ自身におかしな様子だったり、あとはお前達二人とフランツ以外に誰か近くに居なかったか、ということなんだが」


 改めてフェルとレミィが二人揃って、朝のフランツとのことを思い返し始めた時。

 会議室のドアが開いて、フェル達総合学科一年クラスの副担任教師であるバーゼルが姿を現した。


「あ、フェルとレミィも来てたんだね…。レデルエ先生、また一人昏睡状態の生徒が見つかりました。今度は更衣室の中です」

「「「……」」」

 治癒学科の教師、そしてレデルエとレミィも絶句してしまった中、フェルだけが言葉を発した。

「バーゼル先生、何が起こってるの?」

「うん、それはまだ分からない。ただ、今度の生徒も騎士科の一年生だ。何かその辺に理由があるのかもしれない」

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