第10話 冬の剣舞
スウェーガルニ学院の広大な敷地の一角に、新しい建物が幾つか急ピッチで建設されている。現在ある中等部と高等部に加えて大学に相当する専門学部を新設することが正式に決定され、建設中なのはその専門学部の校舎や研究棟だ。
専門学部は、アリステリア王国では王都アルウェンの王立学院にその例があるが、ウェルハイゼス公爵領では初めてのこと。
その日の授業を終えて、街に出かける為に二人で校門への道を歩いている時、レミィが専門学部建設中の様子を見ながらフェルに話しかけた。
「フェルは専門学部に進みたいと思う?」
そんな問いかけを受けて、フェルも建設中の建物に目をやった。
「まだ判んないけど。出来る専門学部によっては、かなぁ…。おそらく出来るんだろうと思うけど、治癒の専門学部が出来たらね。ミレディさんがそこでも教えてくれるなら続けたいという気持ちはあるよ」
レミィは一旦はフェルに向けていた視線をまた建設中の建物の方に戻した。
「そうなんだ…。私も来年は治癒の授業選択しようかな」
「レミィはヒール使えるんだから、絶対受けた方がいいよ」
「やっぱりそう?」
またフェルを見ながらそう尋ねたレミィに、フェルは頷いた。
「うん、人の身体のことを理解しているのとそうじゃないのは違うと思うからね」
◇◇◇
『総合実技』は授業の科目としての呼び名だが、その授業の中でチームによる実戦形式で行われる模擬戦は課外授業でも同じことが実施されていて、それは『チーム対抗戦』または『チーム戦』と呼ばれている。
課外授業である理由は単純で、授業クラスが異なっていたり、または学年が異なるチーム間での戦いを実現する為だ。これは通常の授業での模擬戦を教師が評価して参加資格を与えることからスタートする。
参加が認められたチームは、最低でも月に一度は学院が決めた対戦相手とチーム戦を行うことになっていて、春に行われる学院一を決めるトーナメントに備えていく。
さて、一日の授業が全て終わった教室。
フェルはその日最後に受けた治癒の授業内容についてレミィと話をしている。他の生徒たちも思い思いに雑談をしたりふざけ合っていたり、とても賑やかだ。
そんな生徒たちが醸し出している一日が終わった開放感の中。教室に入ってきた担任教師のカタリナ・レデルエは教壇へ進みながら声を発した。
「はーい、皆。今日もいい授業に出来たかな~? 連絡事項は二つだよ」
そう言ったカタリナは、一つ目の連絡事項について話し始めた。
フェルはそれを聞きながら、教壇の横の方を見ている。
そこには、フェルにニッコリ微笑んで人差し指を口の前に立てたクラスの副担任教師のディクリート・バーゼルが立っているのだ。
「……じゃあ、二つ目の連絡事項は見えないバーゼル先生から」
カタリナがそう言うと、ほとんどの生徒たちは、えっ? と慌てて教室の中を見回し始める。このかくれんぼは時々あることで、その都度バーゼルが居る所が違うので生徒たちは真剣に探す羽目になる。
次第に隠蔽を緩めたおかげで、漏れなく全員が居場所を分かってからバーゼルは口を開いた。
「うん、今日は早かった。なかなかいい傾向だね…。さて、もう一つの連絡事項はチーム対抗戦のこと。来週実施されるんだけど、今回は初の一年生チームが参戦することになった」
そこまで聞いて、フェルはとても嫌な予感を感じている。いや、それは確信に近いものだ。思わずしかめっ面になってしまっているフェルを見てバーゼルは微笑んだ。
「それはうちのクラスから。フェルとレミィ。皆予想は付いてたと思うけど、一年生で唯一、チーム対抗戦に参加するのに十分な実力があると認められたんだ。但し二名という人数の少なさを危惧する先生も居たんだけど、それについては私とレデルエ先生とで否定しておいたよ。二人は互いの良さを出し合ってチームとしての力を発揮できるはずです、とね。詳しい日程と対戦相手については明日掲示板に貼られるようだから確認しておくように」
終礼が終わり、フェルがふと視線に気が付いて横を見ると、レミィが複雑そうな表情でフェルを見つめていた。
「辞退は出来ないだろうし、やるしかないね」
ため息混じり。困りきった顔でフェルがその視線に応えるとレミィは頷いた。
するとレミィの後ろから二人の間に、ロイスが文字通り首を突っ込んできた。
「お前ら、絶対負けるな。一年の代表なんだから」
あっという間にフェルが露骨に嫌そうな顔に変わる。
「うわぁ…、ロイス。それ重いよ。あと、なんか暑苦しい」
すかさずレミィも続く。
「ホント、気が進まないのに余計なもの背負わせないで」
だが、ロイスは二人が言っていることが理不尽で仕方ない。
「何言ってんだよ、名誉なことだろ。皆、出たいと思っていても出れないんだぞ」
「レミィ。私、入学してすぐの決闘のこと思い出しちゃったよ」
「あー、確かに。対戦相手があんなのだとウンザリよね」
と、既にロイスの話は聞いていないフェルとレミィだった。
◇◇◇
試合前の注意事項が審判を務める教師から告げられている。
フェルとレミィの目の前。互いに並んで顔を合わせている初めて見る対戦相手五名は、全員が三年生だ。
自分達の代表だとフェルとレミィのことを何かと気に掛けて調べてくれたロイスやクラスメイトからの情報で、対戦相手が騎士科三名と魔法科二名というチーム構成なのはフェルも知らされていた。
そしてどうやら、現在学院ナンバー1だと目されているチームだということも。
「……それでは五分後にサイレンの合図で開始だ。初期配置は東側に初参加1年生チーム、西側がオリベイラチーム。開始までに布陣しておくように」
審判がそう告げると、オリベイラチームと呼ばれた三年生五人は一斉にフィールドへと走った。チームリーダーのオリベイラは騎士科。その実技は学年トップレベルだと評され、卒業後は公爵家騎士団入りが確実視されている逸材。
対するフェルとレミィは、観客席の一番前からおいでおいでと手招きをしている二人のチームの監督という立場の教師バーゼルの元に。
今回のような定例のチーム対抗戦は、チーム戦の集大成として春に行われるトーナメントと違って野外演習場の南の区切られたフィールド内で行われる。それは、全域で行った場合には野外演習場の北に広がる林も戦場となり、審判の目が届きにくいという理由から。そして、互いに目視できる距離での戦闘に慣れさせることを狙いとしているからだ。
これは遠距離攻撃を行う魔法師には不利な条件のように聞こえるが、標的を最初から目視できることは魔法を放つ者にとっても大きなメリットだ。
ミュー…
フェル達が監督のバーゼルの傍に行くと、バーゼルの隣に居る担任教師カタリナに抱かれたモルヴィが少し心配そうな声で鳴いた。
「モルヴィ、心配しなくていいよ。レデルエ先生と一緒に見守ってて」
フェルがそう言うと、モルヴィがフェルに飛びついた。
抱きとめたフェルがモルヴィに頬ずりをするとゴロゴロと喉を鳴らしてモルヴィも甘え、そんなモルヴィをレミィも横から手を伸ばして優しく撫でる。
バーゼルは二人と一匹のその様子に微笑みながら、二人の肩に手を置いた。
「二人の作戦は一応聞いてるけど、一つだけ注意しておくよ。決して油断しないように。囲まれそうになったら距離を置いた方がいいからね」
そう言われてフェルは、改めて相手チームが既に配置完了している様子を眺めた。
「魔法師がレミィをって感じ」
レミィも同じように布陣を見ながら頷く。
「そして私をさっさと片付けてから全員でフェルを、かな…」
フフッと笑い合ったフェルとレミィは、クラスメイト達からの声援を背中で聞きながらフィールドへ歩いた。
え? お? というどよめきは、対戦相手のオリベイラチーム関係者のみではなくロイスの口からも漏れた。それはモルヴィをまた受け取って手に抱いていたカタリナも同様だ。
それもそのはず。
最初は東側に布陣するフェルとレミィ、その二人共フィールドのほぼ中央付近。東側と区切られた線ギリギリのオリベイラ達に最も近い位置に並んで立ったからだ。
「あいつら…」
ロイスが思わずそう口にした。何を考えてるんだという、その続きに発せられるべき言葉は見ているほとんど全員が同じ思いだ。ロイス始めクラスメイトにとっては授業の模擬戦でも一度も見たことが無いフェル達のその配置。いつものように後方にレミィが位置するのだろうと思っていたら、である。
対するオリベイラ達は、後衛に該当する魔法職二人が後方のかなり深め。前衛の三名はフェル達が居る中央付近と後衛職との中間に位置している。
さらに驚くべきことにロイスは気が付く。
「木剣だと…?」
フェルもレミィも揃って手にしているのは木剣である。
競技用として刃先を潰した剣の使用が認められている模擬戦。レギュレーションが同じチーム対抗戦でもその剣が使われるのが普通だ。
そして、どよめきが収まらぬうちにサイレンが響き対抗戦がスタートした。
奇抜な配置に驚いていたオリベイラチームだったが、すぐに動き始めた。
魔法師が魔法の構築を始め、前衛の二名がフェル目掛けて走り始める。
その時、一瞬というほどの間も全く無くフェルが発動した光魔法がフィールドの半分を覆った。
まるで屋根付きの試合場だったかのように、オリベイラ達の側のフィールドのほぼ全面の上空10メートルの所に出来上がったのは眩い光を発する分厚い雲。
次の瞬間に消えたそれは、今度は魔法師の周囲を囲ってしまう光の壁に変わった。
光の眩しさに身を竦ませながらもフェルに向かって走っていた前衛の二名は、気が付くとフェルの姿が無いことを知る。
その時、彼らの至近距離に走り込んできたのはレミィ。
我に返りレミィに対峙する構えのその二名は、魔法師の悲鳴を耳にする。
魔法師二名をまとめてぐるりと取り囲む円筒形の壁となっていた光の壁は、まるで光の奔流が迸らんばかりに激しく波打ち赤く輝き始めていて、光量の強さと合わせてそれは猛々しい炎のようだ。
レミィが剣を撃ちこむと、それに合わせるべく剣を構える一人。もう一人はレミィの背後に回ろうとする。
しかしそこで剣を引いたレミィが、背後をとろうとした一人の一歩が踏み出された方へ方向転換し剣を返して水平の横薙ぎを振るった。
彼が慌てて身を躱そうとした時には、この剣もあらかじめ予定していたかのように引いたレミィは完全に懐に入る更なる一歩を踏み込んでいた。
今度は刺突。容赦のない今度こそフェイントではない、木剣に綺麗に体重が乗った渾身の一撃が彼の剣を持つ右手の肩に食い込んだ。
身体を翻してもう一人の方へ踏み込んだレミィは、オリベイラも自分の方へ近付いてきたことを知って急遽バックステップで距離を取った。
するとここで、魔法師二人を包んでいた猛々しい光がふっと消える。
そこから現れたのは、魔法師二人を倒してしまったフェルの姿。
魔法師の二人は一度もまともに魔法を撃つことすらさせて貰えずに、フェルの木剣の餌食となっていた。
オリベイラは、前のレミィと後ろのフェルを交互に睨みながら少しずつ横へ移動を始めた。もう一人は少しの間の逡巡を見せるが、自分の役割はレミィを足止めすることなんだと悟る。
それに気付いたフェルは、ニヤリと笑ってオリベイラに話しかけた。
「先輩。そっちも二人になったことですし、ここからは一対一ってことでどうですか?」
「「……」」
互いに目で語り合った様子を見せたオリベイラ達。
次の瞬間には、それぞれがレミィとフェルに向かって走り込んでいた。
剣を振るう音、それは訓練を重ねた者だからこそ発する剣が風を斬る音だ。
そこに荒くなってきた息遣いが混じっている。
フェルはオリベイラの剣をことごとく避けた。
全てを見切り、次を予測した。一度も木剣を合わせることもせずに躱し続けた。
同じく回避中心に対峙していたレミィの、機を逃さずに踏み込んでの一撃が綺麗に相手の剣を弾き飛ばすと、両手を挙げてリザインの意思が示されてその勝負は終了。
「レミィ、お見事…」
その様子を見ていたフェルがそう呟くと、オリベイラは剣の構えを変えた。
上段に構えたその姿勢を見てフェルは彼の意図を知る。
腰の鞘に仕舞ったかのように木剣を左手に持ったフェルは、右手の掌を開いたまま剣の柄に近づけて、その状態で腰を落とした。
踏み込みの音と剣を振るう音、そして…。
───石川流刀剣術の二、抜刀裂斬剣
踏み込み、瞬時に抜かれて振るわれたフェルの木剣が、大きな打撃音を立てながらオリベイラの剣を弾き、その勢いのままオリベイラをも弾き飛ばした。
オリベイラの身体はフィールドを転がり、そして動かなくなった。
「そこまで。一年、フェルとレミィのチームの勝利」
「「「「「やったぁ!!!(勝った~!!!)」」」」」
勝利に沸くクラスメイト達から逃げるように、レミィと共にそそくさとシャワー室に向かい始めたフェルは、レミィに尋ねる。
「レミィ、どっか打ったとことか無い? 見てた限りでは大丈夫だったと思ってるんだけど…」
「あ、うん。大丈夫よ。それよりフェル。特訓したことがしっかり通用したから、なんか今は嬉しさでいっぱいだよ」
うんうんとフェルは頷き、レミィはフェルの肩の上に乗っているモルヴィにニッコリ微笑んだ。
「モルヴィ観ててくれた? 私達、勝ったよ」
ミュー…
◇◇◇
オリベイラチームの魔法科の二人はフェルから軽い一撃を喰らって即座に気を失っていて、特にケガらしいケガを負った訳ではない。最初にレミィが倒した騎士科の生徒は右肩部分の激しい打撲。骨には異常はないが、その右手はしばらく剣を握れないだろう。
そしてオリベイラは地面に叩き付けられた時の衝撃が大きく息を詰まらせたような状態だったが、治癒を受けるとすぐに立ち上がっていた。
次の試合の為の準備が始まった中、オリベイラは治癒を施されたチーム全員を連れてバーゼルの所へ近付いた。
バーゼルはニッコリ微笑む。
「皆、お疲れさま。いい勝負だった所とそうでもなかった所の両方が在ったね」
俯いている五人。
つっと顔を上げたオリベイラがバーゼルを真剣な目で見つめた。
「はい…。先生、僕たちは何に負けたんでしょうか? フェル達の監督のバーゼル先生には分かっていますよね? その…、フェルの剣術は桁違いに凄い。学生のレベルなんかとっくに飛び越えていて僕達じゃ敵わないだろうというのは最初から理解はしてたんです。ですが…」
バーゼルも、そしてまだ隣に座っていたカタリナもどこか愛おしげにオリベイラ達に微笑んだ。そして、フェルのクラスメイト達もその話に耳を澄ませている。
「順を追って話そうか。最初の配置の時にレミィも最前列に並んだね」
「はい、驚きました」
「うん、それはフェル達の作戦でもあった。けれどレミィは実際、騎士科の三年生と遜色ないほどに強かった。そして試合が始まってすぐに皆がまた驚いたのはフェルのバカみたいに広い光魔法だったと思うんだけど、この時レミィも魔法を一つ発動してたことに君たちは気が付いたかな?」
「「えっ?」」
「「「……」」」
「風の障壁を、君たちの前衛と後衛の間に張ってたんだ。目的は解るよね。レミィはフェルが合流するまでは自分独りで前衛の騎士科三人と対峙するつもり。でもそこに魔法師からの支援が入るのは嫌だったんだ。だからこの時点から君たちを分断していた。そしてフェルはその分断を確かなものにする為に、今度は魔法師二人を封じるための光の壁を張った。皆がフェルの姿を見失ったのはこの頃だったと思うけど」
「……は、はい。そうです」
「実はその時、フェルはもう魔法師二人の背後にかなり近付いていたんだ。皆がフェルがまだレミィの傍に居ると思ったのは幻影の一種だよ。強い光で視界が不安定な時に影を見せられて、まだそこにフェルが居ると思ってしまってたんだ。光を本当の意味でコントロールするということは同時に光と影も操作できるということだからね」
「そんなことまで…」
と、そう呟いたのはバーゼルのこれまたすぐ近くに居るロイスだった。
バーゼルはそんなロイスの頭を撫でる。
「まあ、その後は君たちもその目で見たとおり。今回のことで言うなら、魔法師をもっと互いを離して配置しておいた方が良かったかな、ということは一つ言えるね。だけど、それはフェル達も想定はしていたはずだから…」
オリベイラは深々とバーゼルに頭を下げる。
「先生、良く解りました。でも、どう対処したらよかったのかは解りません。また皆で考えてみます」
「そうだね。少しヒントを挙げておくよ。解ってるとは思うけどフェルの剣術の最大の特徴は攻防両面でのスピード。皆はこれに対処できない。この速さを封じることが出来なければ、絶対に勝てない。魔法師はフェルとレミィのスピードを封じることに専念すべきなんだ。そして前衛職は魔法も駆使して対峙すること」
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