第9話 それぞれの週末

 夕方の冒険者ギルド。その日の仕事を終えてギルドに帰ってきた冒険者の姿が増え始めている時間帯だ。そんな中、レミィは新規登録の窓口で出来上がったばかりの自分のカードを受け取った。

 初めてのギルドカードに見惚れてしまっていたレミィは、ハッと気が付いたように居住まいを正しお辞儀をして言う。

「ありがとうございました」

 そのレミィのお辞儀の相手、レミィへ冒険者登録についての説明からの一連の手続きを行った受付の女子職員はニコニコと微笑んでいる。

 レミィの横に居るフェルは馴染みのその女子職員に顔を近づけて小さな声で言う。

「すみません。フレイヤさんと話をしたいんですけど…」

「確認してみるから、ちょっと待っててね」


 そうしているうちにもギルドには冒険者が増えてきた。飲食スペースで何やら騒いでいる喧騒も響き、騒がしくなってくる。

「凄い。活気というのかな、圧倒されてしまいそう」

「この時間はそうだよ。ひと仕事終えて街に戻ってきた安心感とかね。そういうのがあるから」

 冒険者ギルドのこの建物の中に初めて入ったレミィは、目にするもの全てが新鮮な様子だ。


 そんな風にレミィに付き合うように何気なくフェルもギルドの中を見ていると、ギルドの入り口の方から声が響く。

「あー! フェルが居る! コスプレしてるし」

「ん? コスプレ?」

「おっ、フェルか」

「ホントだ」

「フェル、久しぶり。元気そうだな」


 フェルは学院の制服をコスプレと言ったシャーリーとそれに反応したウィルを少しだけ睨むが、すぐに笑顔になる。

「お久しぶりです。セイシェリスさん、皆さん」

 フェルは真っすぐに自分に近付いてきたバステフマークの五人に囲まれて、セイシェリスから抱き締められながら、全員から頭を撫でられる。

 セイシェリスはフェルを抱き締めたままで尋ねる。

「フェル学校は楽しいかい?」

「はい! スッゴク楽しいです」

 フェルがそう答えると、セイシェリスはニッコリ笑ってフェルの顔を見て

「しっかり勉強するんだよ」

 そう言ってもう一度抱き締めた。


 その時、レミィの新規登録をしてくれた女子職員が戻って来て言う。

「フェルちゃん達も、バステフマークの皆さんもどうぞ。ギルドマスターがお待ちです」

 え? 自分達も一緒に? とフェルが尋ねると職員はニッコリ微笑んで頷いた。



 フェルとレミィがバステフマークの五人から少し遅れてギルドマスター室に入ると、先に入っていたウィル達は勝手知ったる場所とばかりに思い思いにソファなどに座り始めている。

 入口で立ち止まってそんな様子を見ていたフェルとレミィが自分達の方に歩み寄って来たフレイヤの方に視線を向ける。フレイヤはニッコリ微笑んでいた。

「レミィ、ようこそ冒険者ギルドへ。冒険者ギルドスウェーガルニ支部はレミィを歓迎します」

「あ、はい! こちらこそ、よろしくお願いします」

 ぺこりとお辞儀をしたレミィはさすがに緊張気味である。

 フレイヤが、レミィは代官レオベルフの娘だということを含めてバステフマークの五人に紹介すると、すぐにセイシェリスが自分に続いてバステフマークの面々をレミィに紹介する。


 そんな互いの紹介が終わると、フレイヤはお茶を淹れ始めた。雰囲気的に自分達が先に用件を済ませた方が良さそうだと思ったフェルはレミィに目で合図。

 レミィはその意図を察して頷くと姿勢を正して話し始めた。

「フレイヤさん、私を新人講習会に参加させてください。フェルからアルヴィースのシュンさん達が新人の頃に講習会に参加した話を聞いて、私も同じように学びたいと思いました。私はその…、魔物と戦った経験がまだありません。ですから…」

 え? という顔をして何か言いかけたウィルの口をシャーリーが塞いだ。

 そんな二人の様子に笑いながらフレイヤは答える。

「大丈夫よ。新人冒険者をサポートするのはギルドの大切な仕事なの。むしろ大歓迎よ。新人が皆、レミィのように慎重に考えて講習を受けてくれるといいのだけど」

「ありがとうございます」

 ホッとした表情でレミィは頭を下げる。


 途中から手伝っていたフェルと一緒にお茶を配ると、フレイヤはレミィに尋ねる。

「当然、学院が休みの日がいいわね…。野営一泊になるのはお父さんは許可してくれるかしら? 無理そうだったら違う形を考えるけど、確認して教えてくれる?」

「はい、すぐ訊いてみます」

 フレイヤはうんうんと頷く。

「それとね、弟君…。ロイスも一緒に参加させてはどうかしら」

「あ…、はい。ご存知なんですね」

「もちろん把握してるわよ。冒険者としてのことだったもの」



 ◇◇◇



 週末の冒険者ギルド。冒険者に曜日の概念はほとんど無いに等しく、ギルドの中の様子は平日と大して違いはない。そんなギルドにフェルは朝から来ていた。

 その日は仕事のリズと一緒に自宅を出て、そういう時はいつもだったら騎士団の訓練に参加することが多いのだが、この日はギルドに来ている。


 滅多にしないことだがフェルはギルドの飲食スペースで飲み物を注文した。

「フェルちゃん、今日は早いね。どうしたの?」

「待ち合わせなんです。ちょっと早く来過ぎたみたいだから」

 カウンターの中からギルドの職員に声をかけられてフェルはそう答えた。


 フェルが飲み物を飲み終える前に、目的の人物が現れる。

「フェル、お待たせ」

「クリスさん、おはようございます」

「おはよう。ティリアもあとで来るって言ってたわ」

「えっ、そうなんですか」

「うん、魔法と弓の訓練するみたいよ」


 学院の制服を着ていたフェルはシャワー室にある更衣室で冒険者モードの服へ着替える。そして冒険者の装備も身に着ける。

「この装備、久しぶり…」

 ミュー…

 モルヴィがフェルのそんな様子を眺めて鳴いた。


 演習場に出て、先にウォーミングアップを始めていたクリスの傍でフェルも身体を動かし始めた。モルヴィは横のベンチで大人しく寝そべってフェルを見ている。


「そろそろ始めましょうか」

 クリスのその言葉でフェルもクリスと同じように木剣を手にする。


 軽く剣を合わせることから始めて、いよいよ互いに身体も温まって来ると次第に剣の速度も上がる。打ち合う木剣の音が大きくなってくる。

 クリスは、すぐに気が付く。

 フェルは以前よりも数段、実力が上がっていると。


 一旦打ち合いを停止して木剣の状態をそれぞれが確かめる。

「さて、じゃあ身体も温まったことだし、本気で行くわよ」

「よろしくお願いします」



 ◇◇◇



 この日は朝早くから、レミィとロイスは初心者講習会に参加している。生徒はこの二人だけ。担当講師はフレイヤからの指名でシャーリーとウィルとセイシェリス。

 なんとも贅沢な講師陣だ。フレイヤが代官レオベルフに気を使ったのは間違いがないが、レミィのように真面目に取り組もうとしている子には、可能な限り良い講師の元で初めての冒険者としての経験をさせてあげたいという気持ちが強い。


 セイシェリスの指示で、スウェーガルニの西門から出た一行は街道を少し進んだ所から山へ入っていく。ゴブリンやコボルトと言った常設依頼対象の魔物が目当てだ。街道近くまで出てくることも有るこれらの魔物は、最近は少し数が増えているという情報がギルドには入っていた。

 一回の途中休憩を挟んで木立が点在する起伏のある草原を更に進むと、次第に木立は林という様相に変わる。


 シャーリーに先導される形で歩く一行がゴブリンの群れを発見すると、セイシェリスから指示が飛んだ。

「最初はロイスからだ。1匹だけ残すぞ。レミィは待機」

「「了解です(分かりました)」」

「了解(ういっす)」


 全部で6体居たゴブリンを引き付けると、あっという間にセイシェリスとシャーリーが矢を射って一体だけにしてしまう。その一体が手にしている武器は剣。

 残った一体は仲間の呆気ない最後に戸惑いを見せているが、自分も弓で狙われている事に気が付くと最早逃げることは不可能だと悟ったようで、自分の前に進み出てきたロイスを睨んだ。

「ロイス、相手の剣だけじゃなく全体を見ろよ」

「はい!」

 ウィルのそんなアドバイスに気合十分な返事をしたロイスは、勢いよく近付くやゴブリンに向かって上段から剣を振り降ろした。

 パッと左に飛ぶようにしてその剣を避けたゴブリンは、剣を薙ぎながら身体を捻ってロイスの横から剣を当てようとするが、下がりながらの剣に勢いはない。

 それを返す剣で受けたロイスは、すぐにもう一度返した剣でゴブリンの腕に斬りつけた。


 グギャッと叫びながら更に後退したゴブリン。


「ちょっと怖がり過ぎだな」

 ウィルがレミィの耳元に近付いて小さな声でそう呟いた。レミィも同じことを思っていた。腰が引けてると。

 ロイスの剣を避けて下がりながら剣を振るうゴブリンに、腰が引けて剣を手だけで振り回しているロイスという構図になっていて、だからこんなに長引いている。

 それでも傷を負わせたことでゴブリンの動きは少し鈍くなってきて、ロイスの剣が今度は何とかゴブリンの利き手を斬ると、ゴブリンは剣を落として後ろに大きく下がった。

 ウィルが大きな声でロイスに言う。

「油断するな。飛びかかって噛みついて来るぞ」

 ロイスはその声にピクリと反応して一旦足を停めるが、すぐに近付く。

 ロイスは、ゴブリンに止めを刺すべきだと頭では理解している。しかしグギャグキャと少し弱々しい声になったゴブリンを見て躊躇した。

「可哀想だと思うな。ゴブリンはそう思われるように演技をする。騙されるな」

 シャーリーがそう言うとロイスは小さく頷いた。



 魔物の魔石を抜くのも講習会ではお決まりのことだ。シャーリーとウィルが説明しながらまず一体から魔石を取りだす。そしてロイスも、指導を受けながら自分が殺した一体から魔石を抉り出した。

 顔色が悪く吐きそうな表情のロイスの背中を、ウィルがポンと叩いてポーションを渡す。

「初めてはそんなものだ。それより体力を回復しとけ」

「はい…」

 ポーションの小瓶を受け取りながらロイスはウィルを見て頷いた。


 レミィは最近ではフェルと軽く剣を撃ち合うこともしている。その時だけは木剣に持ち替えて。もちろんフェルはかなり手を抜いていて本気の速さではないし寸止めしてくれるとは言え、毎日のようにフェルの剣の振りを目にしている。

 グギャグギャと喚きながら唾を飛ばして向かってきたゴブリンに対峙して、レミィは緊張しているが、それでもゴブリンが走るスピードも振るう剣も遅いと感じた。

 そう感じたことで余裕が生まれた。

 一合だけゴブリンの剣を受けて弾き返すと、すぐにゴブリンの隙だらけの胴を横に素早く薙ぐ。それは致命傷だったが、レミィは倒れ込んだゴブリンの首をすぐに斬り裂いて止めを刺した。


「よし、いい感じだったぞ」

 シャーリーがそう言ってニッコリ微笑んだ。

 ウィルは今のレミィの戦い方についてだろう、ロイスに剣を振る仕草を見せて何か説明している。真剣な表情でそれを聞いているロイス。



 レミィとロイスが更に一体ずつゴブリンを狩ったところで、セイシェリスは昼の休憩時間にすることを告げた。

「レベルが、上がりました」

 半ば茫然としていたレミィはセイシェリスからの声で我に返るとそう言った。

「そうか。だったら少し素振りをして確認しておいた方がいいぞ。身体が動き過ぎるかもしれない」

「あ、そうですね」

 レミィはウィルに応えながら、フェルから聞いていたレベルが上がった後の感覚のギャップについての話を思い出していた。


 見晴らしの良い場所に移動して、それぞれが弁当のようにして持っていた食べ物を出して食事の時間。食べながらでも周囲への警戒は怠らない。

 レミィはあっという間に食べてしまうと皆から少し離れた所で剣を振り始める。


 軽い…。剣を凄く速く振れる。力が上がっているのが実感できる。

 全てのステータスがかなり上がっているので当然なのだが、レミィは不思議さと同時に喜びを感じていた。



 ◇◇◇



 昼前にギルドにやって来たティリアが演習場に行くと、そこには20人程の人だかりが出来ていた。近付いてみると、もしかしてとティリアが予想した通りにその冒険者達が注目しているのはクリスとフェルの模擬戦だった。

 クリスもフェルも観客のことは全く気にせずに、二人とも楽しそうに剣を撃ち合っている。二人が剣を振る速度、そしてその一撃一撃の強さはとんでもない。

 観客が居るのは演習場を区切っている低い塀の外側。その塀が途切れている所から入ってすぐのベンチにはフェルの愛猫モルヴィを抱いたフレイヤが座っている。

「フレイヤ、お疲れさま」

 そう言ってフレイヤの横にティリアも腰を下ろした。

「お疲れさま。ティリアも訓練?」

「ええそうよ、私は弓と魔法だけど…」


 その時。

 ミュー…

 と、フェル達をじっと見つめ続けていたモルヴィが鳴いた。

 それはクリスの木剣が折れて大きく弾け飛んだから。


「丁度いいわ。休憩させましょ」

 フレイヤはそう言うと、代わりの木剣を取り出してすぐに再開しようとしているクリスとそれを待っているフェルに声をかける。

「二人とも、そろそろお昼よ」



「ふぅ…、スッゴク楽しいです。クリスさんとの模擬戦」

「私もこんなに剣を楽しめたのは久しぶりよ」

 フェルとクリスはそれぞれ汗を拭い、そんなことを話しながら並んでベンチの方に歩く。二人とも時間を忘れてしまうほどに、互いに剣術の技を競い合うのが楽しくて仕方なかったのだ。

 ティリアがそんな二人にニッコリ微笑んで言う。

「いい訓練が出来てるみたいね」

 クリスがそれに大きく頷いて答える。

「フェルは強い。まるでシュンと戦っているようだった」

「あっ、私も同じこと思ってました。シュンみたいだなって」

 フェルが笑いながらそう言うとクリスも笑った。


 ティリアがかなり多めに買って来ていた昼食を取り出すと、フェルもクリスも目を輝かせた。そして4人で食べ始めるとフレイヤがしみじみと言う。

「フェルちゃんがしっかり訓練を続けているのがよく分かったわ。シュン君達も気にしてたから、次に連絡があった時には良い報告が出来そうよ」



 ◇◇◇



 週末最後の夜。翌日からの学校に備えてレミィは寮に戻って来た。

 いきなりフェルの部屋を訪れたレミィは、興奮気味に報告を始める。

「……それで、ゴブリン2体相手でもしっかり剣で勝てたの。剣を振るのが楽しくて仕方ないわ」

「レベルアップしたら全然違うでしょ?」

「ステータスが凄く上がって、もう信じられないほどよ」

「だろうね。じゃあ明日の朝からはもっと負荷がかかる訓練にするよ」

「うん、頑張るよ。今からでもすぐに訓練したい気分」

「いやいや、休むのも大事だから…」


 その後、二人で寮のお風呂で背中を流し合う。その間もずっとレミィの初冒険話は続いていた。

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