第8話 寮生レミィ

「よくお父さんが許してくれたね。アトランセルから戻ってきて喜んでたんでしょ」

「父は私には甘いのよ。それに会おうと思えばいつだって会えるから」

 フェルの話にそう応じたレミィはニッコリ微笑んでいる。

 二人が話をしているのは女子寮のカフェテリア。

 テーブルの上には二人分のケーキと紅茶と、そしてフェルのケーキの横にちょこんと座っているモルヴィ。


 モルヴィの為にケーキをフォークで少し切ったフェルがまたレミィを見て言う。

「ロイスは寮に入りたいって言わなかったの?」

「うん、気持ちとしては私と同じよ。学院のことに集中したいっていう。でもロイスはうちの跡取りの自覚もあるの。それが家に居る理由…」

「なるほどね…。貴族は大変だね」

 レミィはその言葉には答えず、ケーキを少しずつ食べ始めているモルヴィをそっと撫でて苦笑して見せただけだった。


 この週末フェルが自宅に帰ってリズと過ごし、寮に戻るとレミィが待っていた。

 確かにレミィはフェルに、自宅からの通学をやめてフェルのように寮に入って卒業まで学院のことに専念したいと、ここ最近はずっとそんなことを言っていた。

 だがフェルは、まさかレミィの父親がそれを許可するとは思っていなかったので、それが認められたことにかなり驚いた。

 それが冒頭のフェルの言葉である。



 ◇◇◇



 翌日からはフェルの毎朝の訓練にレミィも参加している姿があった。

 もちろん、いきなりフェルと同じことが出来るはずもなく、フェルと比べるとかなりイージーな内容だが本人にとってはかなりきついメニューをレミィはこなした。

 ヘトヘトになりながらもレミィは執念を滲ませて必死に訓練を続けた。そんなことが数日続くと日々少しずつ身体が慣れて強くなってきていることをレミィは実感し始めて、苦しさの中に充実感を感じるようになった。


 総合実技のチーム戦は、どの対戦相手もフェル対策を懸命に練って臨んでいることが窺えるものだが内容は伴っていない。フェルに遠距離攻撃を集中させても全てを簡単に躱して迫って来るフェルに対処できないばかりか、そんな事をしているうちにレミィからの魔法攻撃を受けてしまうというパターンも多い。そしてレミィにも人員を割くとその分手薄になったフェルが自由に動き回ってさっさと片付けられてしまう。


 レミィが発現している魔法属性は水魔法と風魔法。貴族の婦女子らしく防御系の魔法は幼い頃から訓練されていて、レミィが使える風の障壁は魔法でも物理でも射撃系の攻撃に対する防御として有効だ。


 朝訓練では剣の素振りと剣術の型の訓練もレミィは念入りに毎日取り組んでいる。

「レミィ、剣の振りが良くなってきたね」

 ヴォルメイスの剣を振りながら横目でその様子を見ていたフェルがそう言った。

 レミィは唇をキュッと結んで頷くと応える。

「まだまだだけど、基礎体力が上がって来たおかげだと思う」

「そうだね。全然違ってくるからね」


 朝訓練が終わるとフェルがクリーン魔法をかける。フェル自身はシュンがくれた清浄の首飾りがあるので改めてクリーンで綺麗にすることはそれほど必要ないが、レミィは毎度、汗まみれの埃まみれだ。

 そしてレミィはヒールを自分とフェルに掛ける。

 フェルは毎回レミィが掛けるヒールの発動の様子を興味深げに熱心に観察する。

「同じヒールなのに、微妙にフレイヤさんが見せてくれたのとやっぱり違うよね」

「魔法には多少なりとも個性があるわ」

「うん、それはそうなんだけど…。なんかそれ以上の差があるような気がする。効果は同じなんだけどね」

 そんなフェルの話にレミィは思案気な顔で応じる。

「エルフとの違いかも…。エルフの四大元素魔法は突き詰めると全て精霊魔法だと聞いたことがある。ヒールだったら水の精霊ね」

「あっ、そっか。精霊魔法が起源なんだっけ。あれ? じゃあレミィの水魔法は?」

「私は祖母から教わったけど、ヒューマンの魔法は精霊起源じゃないと思う」

「ふーん…、その辺今度フレイヤさんに訊いてみるよ」



 昼の学院食堂。

 いつものようにフェル達が三人と一匹で昼食を食べていると、そのテーブルの傍に男子生徒が二人やってきた。モルヴィが特に反応しなかったのは強い悪意や害意などは感じられないからだ。

 学院内でフェルに関心を持つ生徒は多い。それは入学早々の決闘で知れ渡った強者に対するものであったり、男子生徒からの性的な興味など様々。そして、そんな関心を向けられることにフェルもモルヴィも気配として察知はするが、最早いちいち気にしなくなっている。やってきた二人についてもそんな類だと感じていた。


「コーフェルトゥ・ブレアルーク、ちょっといいか」

 二人の内の先に近付いてきた方の生徒が、少し緊張気味な声でそう言った。

 ゆっくり顔を向けたフェルはその二人を順に見てから言う。

「ダメです」

 レミィは知らん顔で食事を続けていて、ロイスは怪訝そうな顔で二人を見ている。


 まさか門前払いされるとは思っていなかったのか少し唖然とした顔をした男子生徒二人だが、思い直したように口々に言う。

「決闘を申し込む」

「決闘だ」


 モルヴィにデザートの冷たいお菓子をスプーンで食べさせ始めたフェルは、二人を見もせずに言う。

「お断りします。私は見世物になるつもりはありませんし、先輩達の自己満足に付き合って剣を握るつもりもありません」


 騎士のプライドがどうのこうのとか、逃げるのかなどと言ってワーワー騒ぐ男子生徒二人をフェルはそれっきり無視した。あまりにもうるさいのでレミィが遮音効果がある風の障壁を自分達と男子生徒二人の間に張ると、取り付くしまがないとやっと理解したのか二人は憤慨の顔つきを見せて睨みながら去って行った。

「えっと…、今の二人で10人かな?」

 指を追って数える素振りを見せたレミィがそう言うと、

「11人だ」

 ロイスがそれを訂正した。

 その数字はこれまでフェルに決闘を申し込んできた人数。


 11人は全て騎士科の生徒である。

 騎士科の生徒は剣技だけなら自分達が最強なのだという変なプライドを持っている生徒が少なからず居て、早い話が脳筋が多い。

 フェルがボコボコにした入学早々の決闘の相手、マクシミール・デュランセンは騎士科の2年生だ。同じ騎士科の生徒同士でもマクシミールは血筋をかさに着て威張り散らしていたせいで人望はなく、だから彼の仇打ちという気持ちでは無いのだが、騎士科の生徒が騎士科ではないしかも新入生に圧倒的な差を見せつけられて一方的に負けたというのは、同じ騎士科の生徒としてそれはそれで我慢ならない。特にフェルとマクシミールの決闘を見ていなかった騎士科の生徒は、どうやらそう考える傾向が強いようだ。


「強者に挑戦してみたいという気持ちは解る」

 ロイスがそんなことをボソッと言った。

 フェルはチラッとロイスを見るが、すぐにモルヴィを抱きかかえるようにして頬ずりをし始める。

 ミュー…

 モルヴィは一声鳴いてからは喉をゴロゴロ。フェルに甘える。


 誰が強者だってのよ。ねえモルヴィ…。

 皆もロイスも、シュン達アルヴィースの4人が戦っている所を一度でいいから見てみるといい。真の強者というものがどういう次元の存在なのか思い知るだろう。


 フェルはそんなことを思っていた。


 レミィはフェルが内心怒っていることを察して話題を変える。

「フェル、私ね。実は冒険者登録をしたいと思ってるの」

「え? どうして?」

 初めて聞く唐突な話にフェルは面食らう。

「理由の一つは私に魔物討伐の経験が無いということ。そしてもう一つはギルドの演習場を使いたいから」

「ギルドの演習場は、確かに使えると便利だよ。魔法にしても弓にしても好きなだけ撃てるから…。だけど魔物討伐はお父さんに許可貰わないとダメでしょ」

 フェルがそう言うとロイスが苦虫を噛み潰したような顔になった。

 その表情を見て、あっ、これは既にひと悶着あったんだなとフェルは理解する。


 つい最近、ロイスは父親に内緒で冒険者登録をして壁外に魔物を狩りに行ったらしい。それはクラスの男子生徒数人で計画したこと。常設依頼となっているゴブリンやコボルト目当てだったらしい。

 ロイス含めた生徒5人は、なかなか魔物を見つけられずに歩き回って疲れ切っていた頃にコボルト4匹の群れと遭遇した。

 ロイスが吐き出すように言う。

「攻撃が当たらなかった。魔法も人に当たりそうで撃てないし剣も焦るばかりでちゃんと振れなかった」

「もしかして一緒に行った人の中に経験者は居なかったの?」

 フェルがそう尋ねるとロイスは首を縦に振る。

「甘く考えていた。けど何とか剣でぶっ叩いて1匹やっつけたところで、残りは逃げて行った」

「あー、うん。コボルトは変なフェイントみたいな動きするんだよね。あれに惑わされるんだったら剣で斬るんじゃなくて突き刺すことを考えた方が良かったね」

「そうなんだ…」


 レミィが話を戻す。

「で、そういうのが父に知られてしまって大変だったの。私も父から疑われたのよ」

 レミィが言うには、ロイス達が壁外から戻ってきた時の門番からしっかりと報告が上がったんだそうだ。貴族でしかも代官の身内は、衛兵にしても領兵にしても優先的な保護対象である。いかにも冒険者っぽい格好で返り血が装備に付いている者もいれば、何があったのか確認しない訳がない。


「何となく事情は分かったけど、それでどうしてレミィが冒険者になって魔物討伐って話になるの?」

 フェルがそう尋ねるとレミィはコクリと頷いて話を続ける。

「父は討伐そのものを叱った訳じゃないの。いつかは経験すべきことだからそれ自体は良い…。ただ最初はちゃんと指導を受けなければ駄目だってことと、ロイスは生徒のそんな無謀な勇み足を止めるべきだと叱ってた」

「その通りだね。怪我がなく帰ってこれたのは運が良かったよ」

「そうなのよ。それで父は私にも、もしそういうことを考えてるならちゃんと事前にどういう形で討伐に臨むか計画を立ててそれを説明してからにしなさいと言ってきたから、その時は冒険者ギルドの初心者講習を受けますって答えたの」

「なるほどね…。ということはレミィは既にその気満々ってことなんだ」

「うん。正直な話を言うとフェルに付いて来てもらいたいけど、長期休暇の時しか壁外の冒険者活動はしないって言ってたでしょ。でも剣を振るう者として早く次の段階に行きたいという気持ちも強いの。それとアルヴィースのシュンさんとエリーゼさんの初心者講習の話をフェルから聞いたからかな」


 フェルはレミィと一緒に朝訓練をするようになって、そして同じチームで戦っていて気が付いたことがある。それは、レミィはもう少しレベルを上げた方がいいということだ。肉体の成長期にのみ起きる自然なレベルアップを待っていてもそれはいつになるか分からない。

 シュン達から聞いている話と自分自身のことから考えれば、今のように厳しい訓練をしているレミィが魔物を討伐してレベルアップに至れば、かなりのステータスアップが期待できるだろう。そうすると訓練の負荷も更に上げられる。


「レミィ、どうせならレベルアップするまで魔物狩った方がいいよ。きっと見えてくる世界が変わるから」

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