第6話 模擬戦チームのこと

 学院には、全ての専攻科で共通した必修科目が幾つかある。歴史や地理、語学や数学などの一般科目は当然で、それに加えて剣術も必修科目になっている。もちろん剣術科目の授業時間は専攻科によって異なるが、例え文官志望、治癒師志望であってもいざとなったら剣を持って自分の身を守れるようにという狙いと同時に体育科目という位置付けにもなっている。

 魔法実技は、魔法の発動や制御、魔力効率を上げることなどの訓練が中心。魔法科の生徒は必修科目だが他の専攻科の生徒は選択科目の一つでしかない。魔法の発現自体が魔法科の生徒であってもそれぞれ異なる為に個別の指導が中心だ。魔法を使用した対人形式の戦闘訓練は危険度が高すぎる為にこの科目では実施していない。

 フェルは魔法実技は選択していない。同じ枠の治癒系の授業の科目の方に興味があったからだ。もっとも、入学時点でのフェルの魔法発現は光魔法のみだったので、戦闘系に近い魔法実技の授業は向いてないのは明らかだった。


「フェルの剣術やっぱすげえな」

「あー、見た見た。1対3でも全然余裕だったよな」

「あいつが剣振ってるの見えない時が多いし」

「ホントそれな。桁違いにもほどがあるわ」


 剣術の授業が終わって、フェルのクラスの男子達が男子更衣室で着替えをしている最中の会話である。

 ロイスは黙ってその話を聞いている。


 会話に出てきた1対3の、3のうちの一人はロイスだった。

 フェルの実力を理解している教師が、人数の都合もあって剣の撃ち合いの時に1対2を指示した。当然、フェルならやれると思ってのこと。

 ロイスともう一人の男子生徒がかなり真剣にフェルに攻撃を仕掛けても全く相手にならなかったのを見た教師が、半ば興味半分にもう一人追加したのだ。

 結果は話題になっていたとおりで、フェルは周囲を囲まれてもクルクルと身体を移動させながら全てを受け流して見せた。


「お前ら、フェルが毎朝一人で走ったり素振りしてるの知ってた?」

「えっ、そんなことしてんのか」

「俺たまたま走ってるとこ見かけて何してんだって聞いたら、毎朝、朝食前に訓練してるんだってさ」

「どこで?」

「野外演習場に行って、走って身体をほぐして型の確認と素振りだって言ってた」

「へえ~」


 ロイスは、毎日早起きだとフェル本人から聞いたことはあったが、そんなことをしているとは聞いてないし想像もしてなかった。

 最近ロイスもレミィも、家で剣を振ることが増えてきた。間違いなく刺激を受けたのだ。あのフェルの圧倒的な強さに。だから以前よりも剣を手にして振る時間が増えてきている。

 ロイスは焦りを感じてしまっていた。まだまだ今やっている程度では真剣に向き合っているとは言えない。既にあんなに強いフェルが、更に毎朝訓練していると言うのに…。



 ◇◇◇



 その日の放課後、フェルはベルディッシュの店にやってきていた。

「おじさん、こんにちは~」

「ん、フェルか。ちょっと待ってろ」

 接客中だったベルディッシュは店に入ってきたフェルをチラリと見てそう言った。


 冒険者向けの武器や防具が並び殺伐とした雰囲気さえ漂うこの店には、およそ似つかわしくない制服姿のフェルに、他の客、店の棚に並ぶ商品を見ている何人かの冒険者も注目する。

 学院生がこんな冒険者向けの店に来ることはほとんど無い。武器などの購入やメンテは学院指定の大手商会系列の店が幾つかあって、そこで済ませるのが通常である。フェルもレミィ達に連れられてそういう店に行ってみたことはあるが、何となく自分には合わないものを感じて結局それきり行っていない。


 新しい商品が入荷したのか以前は店に無かった幾つもの武器を見ていたフェルが目を留めたのはひと張りの弓。

「わ、これいいなぁ…」

 ミュー…!

 肩に乗って一緒にその弓を見ていたモルヴィもそう鳴いてフェルに同意する。

「モルヴィ、これニーナが使っているのに似てると思わない?」

 ミュ…

「多分張りの強さは比べ物にはならないけど、なんとなく似てる気がする」


 するとフェルの後ろからベルディッシュの声が響く。

「よく分かったな。その弓とニーナの弓の製作者は同じだ」

「やっぱり」

 フェルは振り向いてベルディッシュに微笑みながら納得するようにそう言った。

 ベルディッシュは思わずにっこり笑ってしまう。どうにもシュンとエリーゼを筆頭にフェルのこともまるで自分の子どものように思えて仕方ないのだ。しかもフェルはその中の一番年下の末っ子という感覚。

「待たせたな。剣は出来上がってるぞ」

「うん、見せて見せて」


 ベルディッシュが店の奥から持って来たのはフェルから依頼された特注の剣。

「注文通り刃は潰してる」

 そう言って手渡された剣をフェルは握りを確かめてから少し振ってみる。

「いい感じ」

 フェルはそう言いながら、更にもっと広い場所まで移動して剣を振った。

 その後ベルディッシュは、競技用の剣ならではのメンテの仕方などをしっかりフェルに説明して、メンテ用の道具をサービスで付けてあげた。


 今回ベルディッシュが作成した剣は、モルヴィがフェルに合わせて謎改造したヴォルメイスの剣のレプリカだ。どうして刃を潰しているかというと、それは学院の実技で使うためである。

 フェルが学院に入学して間もなく、無理やりにさせられた決闘と呼ばれる模擬戦は、対人戦闘実技として生徒同士で戦う実戦形式のもの。致命傷を与えてはならない等の細かなルールはあるが、個人戦、団体戦共に生徒の戦闘技術向上の為に学院の専門科目の中でも重要な位置づけである。

 その細かなルールのうち、使用武器に関するものに適合する剣を今回フェルは作った。学院には貸出可能な模擬戦用の剣もあるにはあるのだが、手に馴染む自分用の物を持つ生徒が多い。

 科目の正式な名称は、総合実技。この科目を選択している生徒たちによる模擬戦は授業の中で行われるものと課外授業のような形で別枠で行われるものがあり、この別枠のものは学年を問わず生徒同士が対戦する。

 総合という名が意味する通りに剣だけではなく魔法も弓も認められている。団体戦の場合は各チームは5人以内で、魔法科の生徒と騎士科の生徒がチームを組んで前衛職と後衛職の両方を用意するのが一般的。

 致命的となる攻撃は禁止されていると言っても怪我は多く、それ故に学院が模擬戦の時のみ貸し出す防具を着用することが原則義務付けられている。スウェーガルニ学院が所有しているその防具はサイクロプスの皮革で作られた高級品で、これはウェルハイゼス公爵家から特別に寄贈された学院生の為の防具である。その素材となったサイクロプスは、あのスタンピードの時にシュン達が倒したもの。



 1年生の総合実技も、基礎講座のような授業が何度か行われるといよいよ実戦形式へと進む。最初は個人戦。教師が指名した組み合わせで野外演習場の一角で対戦し、その様子を他の生徒は見学する。対戦内容についても対戦している生徒へ与えられる教師からのアドバイスも、自分に当てはめて考えさせるという狙い。

 教師がなるべく実力が伯仲しそうな魔法系と武術系を対戦相手として組み合わせるのも、意図的に行われる。その流れでフェルが最初に対戦したのは魔法科の生徒だった。

 距離を取って向かい合ったフェルとその生徒。教師の合図で先に仕掛けてきたのはやはり攻撃魔法を使用する魔法科の生徒の方だ。

「ファイアボール!」

 直径1メートルほどの火の玉がフェルに向かって真っすぐ飛ぶ。それを避けるべくフェルは斜め前方へ走る。

「ファイアアロー!」

 今度は矢の形状になった火が三つ飛んでくる。こちらの方が火の玉よりも飛ぶスピードが速い。それも避けるべくフェルは斜めに走っていた速度を上げる。

 しかし次の瞬間にフェルは急停止する。

「ファイアウォール! なに?!」

 フェルが走る先を目前で塞ぐはずだった炎の壁は、フェルが停止した為にかなりの距離が離れた状態で広がった。

 その時にはファイアアローが消えていることは判っていて、すぐにフェルは相手に向かって真っすぐに走る。

「ファイ…、わっ!」

 まっすぐに向かい始めたフェルは相手の次の魔法発動のタイミングに合わせるように、その生徒の目の前にライトの光球を出した。

 視界を奪われた生徒はフェルが近付く恐怖にかられたように手にしていた剣を闇雲に振り回し始めるが、フェルはその振り回されている剣を難なく弾き飛ばしてその生徒の首筋に剣を当てた。



 剣術、武術ではもちろんのこと魔法でもフェルとまともに戦える相手は皆無だったが、その当人であるフェルは結構楽しんでいる。魔法の発動を敏感に感じ取る為のとてもいい訓練になっている実感があるからだ。いろんな魔法を間近に見て感じることが出来る機会はそんなにある訳ではない。

 もっとも、シュン達のような規格外を常に相手にしていたフェルにとって、騎士団の魔法師の発動速度にも遠く及ばない学院生の魔法は、発動の兆候と範囲さえ判ればそれを避けるのはフェルがその身体能力をフルに発揮する必要もなく容易だった。


 総合実技の授業は、そんな風に教師がしっかり傍で監視して備えておく形での個人戦を数週間続けると、次第に野外演習場をフルに使う形式でのより実戦に近い形へ近付いていく。

 授業の終わりに総合実技を担当している教師が言う。

「来週からはいよいよ団体戦、チーム戦に入る。全員チームを組んでおくように。人数は規定通り5人以内だ。独りでの参加はダメだからな。どうしてもチームが組めそうになかったら先生まで相談に来ること、いいな!」


 はい! と生徒たちは揃って返事をした。


 フェルはその日は授業が終わったら図書館に行く予定にしていた。座学の方の課題を進めておきたいと考えていたからだ。

 帰りのホームルームの時間が終わり、ロイスが机の上にノートを広げて何やら考え込んでいるのをノートの横にちょこんと座って覗き込んでいるモルヴィにフェルは声をかける。

「モルヴィ、帰るよ。おいで」

「あ、フェル」

 ピョンと両手の掌の上に飛び乗ってきたモルヴィを肩に移しながら、フェルは自分を呼んだレミィを見る。

「今日は何か予定有るの?」

「うん、図書館に行って調べもの。カタリナ先生の課題難しいんだもん。全然進んでないの」


 自分の世界に入り込んでいるロイスは置いて帰ると言うレミィと一緒にフェルは校舎を出る。女子寮は反対側だが図書館への道は校門へと続く道でもある。

 レミィがフェルに言う。

「フェルは総合実技のチームどうするつもり?」

「えっ、いやまだ考えてないよ。来週だから、そのうちでいいかなって…」

「私と二人でチームを組まない?」

「あれ? ロイスはいいの?」

 立ち止まったレミィに合わせるようにフェルも立ち止まってそう尋ねた。

 レミィは頷く。

「今頃、総合実技を選択している生徒達は皆、悩んでるよ。ロイスもその一人」

「チームを組むのに?」

「そうよ。正確には、フェルを負かすことが出来るチーム作りってことだけど」

「「えー(ミュー)…」」


 レミィはフェルとモルヴィの息ぴったりなその声に微笑みながら言う。

「本当の戦争で敵にフェルみたいなのが居たらさっさと逃げるのが正解よ」

「はぁ…」

「でも、チャレンジするのが学院では正解。いかに強敵をチームで撃破するか。それが総合実技のテーマだからよ」

「うん、それは最初の授業の時に先生から言われたことだよね…。えっ? てことは私は皆の敵ってこと?」

「敵と言うか、目標?」

「うーん、言い方が違うだけのような気がするけど…。でも、ロイスが悩んでたのってそれだったんだね」

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