第5話 新居と魔法と剣
スウェーガルニに新設された騎士団の分団が正式に業務を開始した。公爵領の騎士団の任務は領内の平和維持である。これは決して専守防衛などというものではない。必要があれば先制攻撃も辞さない軍事のスペシャリスト集団だ。想定している敵は外国と魔物。
リズはそんな騎士団分団の副団長の任に就いた。当人はいたって普通の意味での平和主義者であり争いごとは好きでは無いのだが、いざ戦いの場になるとアンデッドが相手でなければかなり強いというやっかいな性分だ。更には乗馬は師範クラスと言われている。
「分団がスタートしたら、少しは余裕が出来てフェルともう少し一緒に居られると思ってたのに…」
誰に言う訳でもなく発せられたその独り言は、同じくリズがもらした溜息によってかき消された。
ブラック企業臭がプンプンしていた分団準備室の仕事は多忙だった。しかし正式に稼働し始めれば本来の勤務形態に戻って休みもしっかり休めるはずだったのに、今度は副団長というポジションのせいで仕事が多い。
春には騎士の増員の予定もあり、そうなれば余裕が出来るはずだ。今はそう信じて頑張るしかない。リズは自分にそう言い聞かせている。
リズが自分とフェル(+1匹)が住む家を決めたのは、分団が正式スタートしてすぐのことだった。代官の口利きもあって不動産屋にかなりいい物件を優先的に紹介して貰えた。場所は学院や分団本部にも近く、拡張された街区の中ではメインストリートのようになっている大きな通りから少し入った所。乗合馬車の停留所が近い。
契約も済んで引き渡しも終えたリズは、早速、フェルの学院の休みの日に合わせて無理やり休暇を取ってフェルを新居に連れてきた。この日を二人(+1匹)の新居への引っ越しの日にしたのだ。
リズに連れられてオレンジ色の屋根のこじんまりとした家の玄関に近付いた時からフェルは少し興奮気味。
モルヴィも興味津々の様子。
「うわ~ いい家だね!」
「ここが一番良かったから、即決したよ。家具はほとんど無いけど」
「予想以上にイイ!」
玄関を入ったリズは家の中を案内するように先に進んで、居間を通って一つの部屋のドアを開ける。
「えっとね…。フェルの部屋は、ここでいいかな? 私はこっちにしようと思ってるから」
そう言ってもう一つの部屋のドアをリズは開けた。
両方の部屋の中を覗き込んだフェルはニッコリ笑って言う。
「いい感じ。モルヴィ、ここ私達の部屋だよ~!」
ミュー… とモルヴィも嬉しそうに鳴いた。
また居間に戻ったリズは振り向いてフェルの顔を見ると言う。
「という訳で、フェルと一緒に家具やその他諸々を買いに行こうと思うんだけど…。掃除もしないといけないのです」
「掃除はすぐ終わるよ。クリーンでいいでしょ」
「フフッ、その言葉を待ってました。お願いね、フェル」
「了解!」
フェルのクリーン魔法であっという間に掃除を終えると、今度は二人でどんな家具、物が必要か考え始める。二人は家の中をうろうろ歩いてイメージを膨らませていく。まずはダイニングと居間のテーブルや椅子など、それぞれのベッドと寝具はすぐにでも必要。あとは水回りの物、食器類、タオルなども…。
二人で思い付く物を言い合って、紙に書き出していく。
そして、それが出尽くした感が漂ってくるとリズが言う。
「こんなところかな。それじゃ行こうか。最初は家具屋さん」
リズがフェルを連れて行ったのは、騎士団の宿舎に備え付ける家具を大量に購入した家具屋である。そういう縁もあって、まずはこの家具屋の商品を見てみることにしていた。
フェルは家具屋に来るのは初めて。通りから少し覗いて見たりしたことはあるが、店の中に入って本格的に見るのは初めてである。
「なんか楽しいね、モルヴィ」
ミュー…
品揃えも結構しっかりした家具屋なので、商品を見ながら次々と二人で決めていった。配達は不要だ。全てマジックバッグで持ち帰りだから。
その後は雑貨屋を中心にいろいろと見て回り、最初に話し合った物以上に大量の物を買った。
家に戻ってまずは大きな物から配置してしまう。全ての家具を出し終えると家の中が急にもっと身近な物に感じられた。
そうして、二人と一匹の新居の準備が着々と進んで行った。
◇◇◇
フェルの寮住まいは変わりなしだ。学院のことに専念できる環境、そしてなるべく同年代の子や多くの人と関わること、それがいきなり14歳からスタートしたフェルには必要だと判断された。でも長い休みや週末に帰る家というものがフェルにもあった方がいい。
学院の寮に外泊の届けを出していたその予定通りに、フェルは新居で過ごした。家の中が片付いてからはモルヴィと小さな庭や家の中で転げ回って遊び、リズと一緒に料理をして風呂に入って真新しいベッドでぐっすり眠った。
「じゃあフェル、戸締りしてから出てね」
翌日、その日は仕事のリズは朝食を食べるとすぐにそう言って支度を始める。
「うん、ギルドに顔出して午後イチには騎士団に行くね」
「守衛には話しておくから、入ったら直接演習場に行っていいからね」
「解った、いってらっしゃい」
「いってきます」
フェルは朝食の後片付けをして、家中にクリーンを掛ける。シュンから貰っていた魔道具を昨日設置していて、空気清浄機能も付いたエアコンは作動中。なので風呂場などの水回りのところを重点的に。
そして、そろそろ出かける頃合いになってフェルは悩んだ。
「何着て行こうかな…」
ミュ…?
結局、新居に連れてこられた時と同じように学院の制服を着たフェルは、乗合馬車に乗って冒険者ギルドへ向かった。その馬車には学院生が二人乗っていた。フェルが知っている顔ではないが二人とも制服なので判り易い。学院生にとっては制服を着ていると乗合馬車が割引になって安くなるという理由もあるが、学院は休日でも制服を着用することを奨励している。
冒険者ギルドにはフレイヤに会うためにやって来たフェル。ギルドの中は朝の最も混雑する時間帯は過ぎていても冒険者達がまだかなり居た。ギルド酒場で早くも飲み始めている者達や、掲示板に貼られている依頼の情報を見ながら何やら話し合っているパーティー。
「おっ、学生だ」
「可愛いじゃねえか。お前あの子連れてこい」
「バカ野郎! あの子はアルヴィースだぞ。変なこと言うな」
いや、加入して無いんだけど。とフェルは思いながらも、こういう声が聞こえてくるのはいつものことなのでスルー。
「すみません。ギルドマスター、フレイヤさんに会いたいんですけど…」
「あら、フェルちゃん来たのね」
受付でそう言ったフェルの後ろから声がかかる。
フェルがその声に反応して振り返ると、少し離れた所からフレイヤがニコニコ微笑みながら見ているのが判った。
おいでおいでと手招きしているフレイヤに頷いて、ニッコリ微笑んでいる受付の職員に会釈をしたフェルはフレイヤの後を追って2階への階段を上がった。
その後、ギルドマスター室で少し話をしてから、フェルはフレイヤと共にギルドの演習場に来た。
魔法用の的を出したフレイヤに合図されてフェルは電撃を撃つ。幾度もシュンに見せてもらったスタンを撃っているのだ。
「見た感じ、シュン君のスタンとよく似てるわね」
そう言ったフレイヤにフェルは答える。
「それしか知らないですから」
「今度は連射してみて。あ、MPは大丈夫?」
「大丈夫です。…撃ちますね」
フレイヤは驚愕していた。フェルは魔力の隠蔽を含めた魔力操作はもう教えることが無いほど出来るようになっている。それにしても、このスタンの緻密な制御をシュンやエリーゼと同じようにサラリとやってしまうとは…。雷魔法が発現して1週間だと言う。
『光以外の属性が発現したらとんでもない魔法剣士になると思います』
フェルのことをそう言っていたシュンの言葉をフレイヤは思い出していた。
同時発動や強弱をつけた発動など、いくつかのパターンで撃たせてみてからフレイヤは言う。
「うん、もういいわよ。こんな感じで訓練をしていけばいいわ。本当は実戦で使い続けるのが良いとは思うんだけど、フェルちゃんは学業優先だからね」
「はい。休暇までそれは取っときます」
「じゃあ約束通りに、ここからは私が見せていくわよ」
そう言ってフレイヤは水魔法と風魔法を見せていく。水魔法はその派生の回復魔法ヒール。風魔法は風による障壁を。
普通は一つずつなんだけど。そんなことをフレイヤは思うが、フェルだったら問題ないような予感がある。この子なら必ずこの魔法を自分のものにしてしまうだろう。
「フェルちゃん、古代エルフ語の授業は取った?」
唐突な話にフェルは少し呆気にとられるが答える。
「えっ…? あ、古代エルフ語は2年生からなんです。取ろうと思ってますけど」
「そう。取った方がいいわよ。絶対役立つから。古代エルフの魔法の解説書は現代語に訳されていない物も多いの」
「そうですよね。この前図書館でそれ痛感しました」
昼までそうやってフレイヤと話をしながら魔法の発動を見せて貰い、フェルは騎士団分団本部へ向かう。昼食は冒険者ギルド近くの屋台でいろいろと買い食いをして済ませた。
リズから言われていた通りに入口の守衛に用件を伝えるとすぐに入構の許可が出て、本部の建物の裏手にある演習場へ行くと既に騎士達が数多く集まっているのが判った。
そこには分団の騎士達やリズと共にラルフが居た。
ラルフは第一騎士団の団長。スウェーガルニに出来た騎士団分団の母体は第一騎士団であり、指揮系統としてもそこに含まれる。ラルフは分団の正式なスタートに合わせて視察に来ていたということ。彼はフェルのことはその生い立ち含めてよく知っている。
「おっ、フェル。久しぶりだな」
「久しぶり。ラルフさん」
ニコニコ笑ってそんなことを言ったラルフだが、自分を品定めしているのがフェルには解った。
「フェル、訓練参加するでしょ。あそこ更衣室だから着替えて来なさい」
リズがそう言って指し示した演習場脇の小さな建物を、フェルも目で追って言う。
「うん。行ってくる」
ウォーミングアップに始まり基礎体力トレーニング、そして剣を持って型の訓練など。フェルが毎朝やっている事と同じようなものではあるが、やはり独自のやり方があるのでフェルは少し戸惑う。それでも次第にフェルも慣れてくる。
もう少し負荷を上げてもいいのに、とフェルは思ってしまう。でも、さすがにそれは口にしない。
二人一組となっての軽い撃ちあいをしばらく続けた後に模擬戦となる。広い演習場なので、同時に何組も試合形式で行う。
「フェルは俺が相手をしよう」
ラルフがそう言ってフェルを呼んだ。
様子見の撃ち合いを少し続けているうちに、フェルは何となくラルフのことが判って来た。シュン達といつも模擬戦をしてきたので、誰が相手でもそんなに驚くようなことは無い。ラルフについては、リズより少し強いのかなとフェルがそんなことを考えていたらラルフがペースを上げる。
ラルフの容赦ない剣戟が振るわれ始めて、周囲の騎士達が注目する。使っているのはお互いに木剣だがフェルもラルフもどちらも両手剣タイプなので重くて長い。それらが撃ち合わされるたびに大きな音が響く。
フェイントを交えたり変化を付けているが、撃ち込まれるラルフのその剣が出てくるポイントを正確にフェルは捌き続けた。全ての動きが見えている。
更に強さと速さを増したラルフ。
しかしフェルは全く動じない。全てをあっさりと受けて、逸らして、躱し続けた。
「フェル、遠慮しなくていいぞ」
そう言ってきたラルフだが驚きの表情は隠せていない。
「じゃあ、行きます」
フェルはそう言って、テンポをひと段階上げてラルフを打ち据え始めた。
あっという間に追い詰められたラルフ。防戦一方でどんどん下がっていくしか無くなってしまう。
そしてフェルの連撃が振るわれると、ラルフの握っていた剣が大きく弾け飛んだ。
「参った。降参だ」
おおっ、と騎士達のどよめき。
勝っちゃってよかったのかな、とフェルが今更ながら心配になってしまって見るとリズがニコニコ微笑んでいた。
「フェル、これからもここで騎士達と訓練してくれるか?」
「いいの?」
「バカだな。お願いしてるのはこっちだよ」
そう言ってラルフは大きな声で笑った。
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